二人の行方(5) / もう1冊の本(1)
「ドンッ!!」
物凄い衝撃と共に飛び出してきたエアバックが発動した時の火薬の臭いや車から発生した異臭が立ち込める車内で身動きの取れない状態のまま、俺は意識を失っていった。
隣に座る藤岡さんの無事を願ってはいたが、それを確認する事は出来なかった。
俺の目の前は真っ赤に染まった血で何も見えないし、耳も変で何も聞こえない。薄れゆく意識の中、彼女の名前を口にしていた・・・。
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14. もう1冊の本
「戸田君、大丈夫か?」
高崎が亡くなったかもしれないという事実に呆然としかけていた僕を心配した益子さんに声をかけられた。
「あ、すいません、大丈夫です。」
色々と質問に答えてくれていた県警担当の記者の人にも何時の間にか心配そうな顔で見られていた。
「このような事を聞くのは失礼にあたるかも知れませんが、もしかして、この事故の被害者の方は・・・」
「はい・・・友人達だと思います。」
「そうでしたか・・・。まだ正式に決まったとは言えませんが、ショックを受けるのはわからないでもないです。まさかとは思いますが、地すべり事故の被害者も・・・。」
僕は頷いた。ここまで続くと言葉にする事が出来なくなっていた。
「やはりでしたか。2件とも同じ大学の生徒と聞いてましたので。このような質問をしてしまい申し訳ありません。」
記者さんは深々と頭を下げ謝っている。
「いえ、そんな謝られる事ではないので。ただ、僕自身としても何故彼らがあのような事になってしまったか知りたいだけですし。」
「そういっていただけるとこちらとしても助かります。あと、もう少しすれば、また新しい情報が発表されると思いますので、何か分かり次第、益子さんに連絡を差し上げるようにしますので。」
「ありがとうございます。色々とすいません。」
少しばかり気不味い雰囲気にもなりかけたが、こればかりは仕方がない。こうたて続けに友人が亡くなる事が続けば相手も気を使ってしまうのは致し方ない事だ。
僕達は県警担当の記者にお礼を言い、社に向かう事にした。
県警本部のある県庁から社はそれほど離れておらず、ものの数分で着いた。
日曜といっても毎日発行される新聞を作っているだけあり、平日よりは少ないもののそこそこの数の人達が忙しそうに働いている。
そのような人達の邪魔にならないように自分の席に荷物を置き、益子さんと今後の事を話すために休憩所へ行く事になった。
ミーティングルームが空いていればそちらを利用すべきなのだろうが、あいにく利用中のようだし、応接室も利用中のようで、ちょうどいい場所がなかったのも理由ではあるが。
休憩所に着くなり、僕は大きくため息をついた。
「高崎に藤岡さんまでもか・・・。」
「戸田君、まだ確実に判明したわけじゃないんだ。そう落ち込まなくても。まだ彼らは何処かに無事にいる可能性だってあるのだから。」
「まぁそうなんですけどね。ただ、高崎と連絡が取れない今、例の本の翻訳をどうするかですよ。」
「それもあったか・・・。」
益子さんも本の翻訳となると頭を抱えるしかないのかも知れない。教授の所で発見した本を少しだけ目を通したが、最初の本とは違いかなり難しい表現を交えて書いてありそうな気がした。
あんなのを辞書片手に翻訳するとなるとどれぐらい時間がかかるか分からない。
そうなると、やはり専門家であるあの人を巻き込むしかないのだろう。
「やはり教授を巻き込むしかないんですかね・・・」
ポツリと本音が口から洩れた。ここは無理を言ってでも教授に手伝ってもらった方が早いだろう。もし、高崎や藤岡さんまであの廃墟に行った事による謎の事故に巻き込まれていたとすれば次は絵里の命に係わるかも知れないし、僕達の身に何かが起こる可能性だって否定は出来ない。時間は有限。それを身に染みて感じている。
「~♪」
益子さんのスマートフォンからメールの着信音が鳴っている。益子さんは誰からだ?と顔をしながらポケットからスマートフォンを取り出しメールの中身を確認し始めた。
「・・・戸田君、悪い知らせだがどうするか?」
「すいません、内容を教えてもらっていいですか?」
「ああ、君が思っているとうりだよ。昨日の事故の遺体の身元が確定したようだ。」
わかってはいた事だが、確定となるとショックは計り知れないほど大きかった。大泉と太田さんに続いて高崎と藤岡さんまでも。
あの廃墟に関わった人が次々と事故死していく現実に、何故、なにも出来なかったのかと自らを責めたてる事しかできない。
「益子さん、何故、彼らはこんな目に遭わないとならなかったのでしょうか・・・。僕は彼らになにもしてあげられていない・・・無力だ・・・。」
「気持ちはわからんでもないが、君が落ち込んでも彼らの為にはならないよ。私達は今出来る事をするしかないのだから。」
「そうですね・・・。」
頭の中では分かっているのだが、それ以上に心が追いついていない。ぽっかりと穴が開いたままの心をどうにか埋めるかのように今すべき事を考え始めている。
「やはり、ここは教授に頼るべきなのかもしれません。すいません、ちょっと電話してみます。」
「・・・わかった。今は戸田君のやりたいようにしてみるのがいいかも知れない。何かあればすぐに言ってくれ。」
ポケットからスマートフォンを取り出し、教授に電話をかける。今回は急ぎだ。教授の私物のスマートフォンに繋がる電話番号に直接電話をかけさせてもらった。
数回のコール音がした後、教授は何事か?という感じで電話にでた。
「どうしたんだい?こっちに電話してくるなんて余程の事でもあったのかい?」
「教授、すいません。実はあの本の事でお願いが。」
「ああ、翻訳の事かい?けど、その様子だとそれ以外にもなにかあっただろ?隠さずに話してくれないと協力は難しいなー。」
僕は「わかりました・・・」と答え、少し間を開けてしまったが、高崎達が亡くなった話などを包み隠さず話した。
「そうか・・・。高崎君と藤岡君までもか・・・。そうなったなら急いでその本を翻訳するしかないな。その本はあの廃墟と関係があるのだろう?」
「関係あると思いますとしか答えられないのですが、多分、きっと答えにつながる何かがあるとは思います。」
「うむ。そういえば益子さんはそばにいるかい?そばにいるなら伝えて欲しいのだが、二人とも明日の朝イチで大学に来てもらえないだろうか。例の本を2冊とも持ってきてもらいたい。」
「わかりました。伝えておきます。教授、色々とすいません。ありがとうございます。」
お礼を伝えると、教授は電話中に何かを思い出したのか、「そう言う事で、では明日。」と話を締め、電話を切った。
電話の様子をみていた益子さんは、ある程度状況を察していてくれたようで、教授からの伝言を伝えると「真打の協力を得られたようで良かったな。ご苦労様。」と僕の肩を軽く叩いた。
これであの本についての調べは一気に進む事になるだろう。
この日は、益子さんの家にお世話になる事になり、朝イチで二人で大学のある大都市に向かう。
益子さんのご自宅では、急にまたお世話になる事になったのにも関わらず、色々と良くしてもらった。
前回は出せなかったからと、この地域の名物であるチャオズを振舞っていただけたのは嬉しかった。頻繁にこの地方に来ているのにも関わらず、名物を食べていなかったのもあっただけに、このようなカタチでいただけるとは思ってもいなかったからだ。
ただ、お店に行かないと食べられないと思っていたのもあって、無理を言ってテイクアウトしてもらったのかと思い、益子さんの奥さんにお礼を伝えると面白い話を教えてくれた。
僕は知らなかったのだが、地元の人達は、お店で買ってきて自宅で食べるのが昔から普通のようで、持ち帰り専門のお店もあるらしく、そうやって食べる人達が多いからこの国でのチャオズ消費量トップになったらしい。
地域によって食文化ひとつをとっても歴史ありだと感じさせられた。
何事にも歴史があるからこそ、今がある。それはあの廃墟に関わる事も同様なのかもしれない。
お読みいただきありがとうございます。
この続きは2020/07/24 23:00頃に公開します。
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