Beginnig (3)
車の着いた場所は言うまでもない。あの廃墟がある場所。
昼間は近くまで近寄ってなかったから分からなかったのだけれど、近寄れる所まで来ると異様な雰囲気を漂わせている。
ここまで来るのに通ってきた道も、林道と呼べるかわからないぐらいに細く、対向車が来たら(来る事は無いと思うけど)離合は難しい広さで、舗装もされておらずに砂利道が続いていたし、道は所々藪と化しつつあって人の来るような場所ではない。
そんな場所にひっそりとある廃墟。廃墟のある敷地に入る為にはくぐらないとならない門も頑なに閉ざされていた。
門の前には大きな鉄板が打ちつけられ、周囲には有刺鉄線が張り巡らされている高い壁があって、容易に入る事は出来ないようになっている。
そこまではなんとか車で来る事が出来た。ただ、そこから中には車では行けない。
車から降りた赤城君は一人スマホのライトをつけてそそくさと入れそうな所を探し始めた。
他の人達があまりの異様な雰囲気に戸惑いを感じながらいると、勝手に一人捜索をはじめた赤城君が誰も手伝っていない事に気がついて気分が悪くなったのか大声をあげる。
「おい!そこのヘタレ共。なんで手伝わないんだよ!それでも男か?俺のように勇気はないのか?!」
この状況でも好き勝手言って身勝手に行動する赤城君が勇気があるとは私には思えなかった。これじゃまるで暴君でしかない。
ただ、この暴君がいないとキャンプ場へ戻れないから、仕方なく高山君と大泉君は手伝い始めた。車のインテリジェントキーを持っているのはこの暴君だから、機嫌を損ねればここに置いてきぼりにされるだろうから。
「おい、そっちは入れそうなトコないのか?!」
赤城君の怒鳴るような声に高山君と大泉君が反応する。
「「ありそうもない!」」
二人は大声で返答してきた。
二人には念のため、太田さんがついて行っている。
「よく探せ!!」
「赤城くーん、本当になさそうだよー。」
二人について行った太田さんもイラつきながら怒鳴る赤城君に気がつき、戻ってきてから二人に危害が加わらないように大声で答えていた。
「しょうがない、別のところを探すか・・・」
赤城君は門の前を探すのを諦めようとしたその時、何かに気がついたようだ。
「お、ここ鉄板じゃなくてただの木の板じゃん。簡単に壊せそうじゃん。」
門の左下に打ちつけられていた板を蹴り破る。比較的新しい板だったようでバキッと音をたてて2枚に割れた。
割れた板をどかすと、そこには鉄板が朽ち果てて開いた穴を誰かがこじ開けたのか人が通れるぐらいの大きさの穴が開いている。
「おーい!見つかったぞ!!戻ってこいー!」
声を聴いた3人が急いで戻ってきた。それほど遠くまで行っていなかったようで声をかけられてからそんなに時間はかかっていなかったとは思う。
3人は息を切らしながら赤城君に聞く。
「「「見つかったって何が?」」」
「これをみろ」
赤城君はどや顔で3人に向かって穴を指さした。
「ここから中に入れるようだぞ。」
そう言うと我先にと穴をくぐって中に入っていってしまった。
残された5人は一斉にため息をついた。もう、行くしかないのかと覚悟を決めるためにも。
「はやくこいよ!!」
苛立った声で赤城君が急かす。まずは安全を確認するからと、高山君が入り、大丈夫そうだと合図を送ってくれたのを皮切りに大泉君、太田さんの順番で入っていった。
「・・・嫌な予感がするから行きたくない・・・。」
ポツリと私が漏らすと、藤岡さんに肩を叩かれた。
「私だって怖いよ。怖い話は好きだけど、実際に行くのはちょっと・・・。けど、みんな行っちゃったから行かないと・・・。」
藤岡さんも本当は嫌なのだろうけど、この状況で取り残されるわけにいかないからと仕方なく行く覚悟を決めている。
こんな時に戸田君が居れば・・・と思ったのだけれど、彼は今は居ない。今頃は教授に首縄をつけられて必死に書籍や資料の山と格闘しているか疲れて寝ているかも知れない。
もし、戸田君がいたなら、私はここに来ないで済んだと思う。彼ならこんな事になる前にやんわりと行かないで済む方法を考えて実行しただろう。
彼は、本当の危険な場所には飛び込まない感覚を持っているようで何度もそういうピンチを回避してきた過去があった。今回も教授を引き合いに出してキャンプ場のコテージに居残る方法を実行したに違いない。私も彼が居残るなら手伝うからと言って来ないで済んだと思う。今回ばかりは、私自身の運のなさを恨むしかない。
気がつくと藤岡さんも何時の間にか中に入っていた。
「絵里ーおいてくぞ!ついてきたくないなら一人でそこで待ってろ!!」
赤城君が門の反対側から大声で叫んだ。赤城君に呼び捨てにされるのは癪だけれど、一人でここに残されるのも辛いものがあったので仕方なく私も穴を潜り抜け中に入った。
門の中に入ると、目の前に広がったのは荒れ果てた山のすそ野。
あの見えていた廃墟は山の中腹ぐらいにあるようで、ここから数十分は歩かないと辿り着けそうもない。
ちょうど下弦の月で月が出てくるのが遅かったのもあって、月明かりと山の中のお陰で余計な街の灯りがないのもあって何とか状況が分かった。
月明かりのない夜だったら真っ暗でここまでは分からなかったと思う。
スマートフォンのライト機能を使いながら歩ける場所はないか探していると、門からほど近い場所に誰かが通ったのか踏みならされた獣道のようなものがあった。
赤城君が勝手に一人で進んでいくものだから、他の人達は迷子にならないようについて行くので精一杯になっている。その為か、みんな言葉数は少ない。
ましてや周囲は雑草や倒木などが散乱していて、気を抜くと怪我をするかもしれないような状態なだけに気が抜けないのも大きい。
門を潜り抜けて20分ぐらいした頃、やっと廃墟の全貌が見えてきた。
その時だった。
誰かに声をかけられたような気がした。
「ここに来たらダメ・・・これ以上近寄ったらダメ・・・」
「えっ??」
思わず振り向く。そこには誰もいない。ただあるのは今まで歩いてきた獣道と、風に吹かれてざわざわと音を立てる木々だけ。
私が呆然と立ち尽くしていると先に進んでいる他の人達から声がかかった。
「「「何している?おいてくぞ!!」」」
「ご、ごめん、誰かに声をかけられた気がして・・・」
そう答えると、心配そうに藤岡さんが私に駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「うん、誰かに『ここに来たらダメ、これ以上近寄ったらダメ』って言われた気がして」
「絵里の裏には誰もいないよね?多分、気のせいじゃないかな?」
「けど、なんか嫌な予感がして・・・正直、私はこれ以上行っちゃいけないと思うんだ・・・。」
そのやり取りをみていた赤城君が駆け寄ってきて、私の腕をつかみ力いっぱいに引っ張った。
「絵里、なにやってるんだ?いくぞ!!」
私は引きずられるかのようにそのまま廃墟の入り口まで連れてこられてしまった。
こんな時に、私に「嫌」とはっきり言える勇気があれば違かったのかもしれない。
ただただ、この時はこうなってしまった事を悔やむしか出来なかった。
お読みいただきありがとうございます。
この続きは2020/06/24 21:00頃に公開します。
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