本(1)
10. 本
翌朝、僕達はお世話になった旅館の人達にお礼と別れを告げ、社に戻り受け取った本の解析をはじめる事にした。
今回は岩爺のような無茶な飲まされ方をしなかった益子さんも清々しい朝を迎えられたようで、朝から機嫌がとても良かった。
「温泉は好きなんだが、あの爺さんのとこはなー。」
ぼやきたくなる気持ちも分からないでもない。何せ、前回それを見せられているだけに。真夜中には打ち切られたとはいえ、空になったお酒の量は尋常じゃないハズ。
今回は全くと言っていいほど飲んでないのだから、これだけの違いになるのも当然だと思う。
山の中という事もあり、夏の暑い時期の朝でも関わらずとても心地がいい。
木々や川や湖を渡り吹き注いでくる清々しい空気にあたりながら、車は県庁所在地の都市へ向かっていく。
朝食をいただいてからの出発だった事もあり、社に着くのは10:30時前後になりそうだ。
前回の岩爺の所からの帰りは色々とあり過ぎただけに今回は何もなく社へ帰れそうなのに内心ほっとしている。
あれは正直キツ過ぎた。運転した事のない電気自動車で慣れない坂道の運転をし続けるのもそうだけれど、それ以上に大都市に戻ってからが辛かった。
今回はそれをお見舞いされていないだけマシである。
その気の緩みもあってか、二人で他愛のない話をずっと続けているうちに社へ着いた。
社に着いてから受け取ってきた本をペラペラと捲って内容を確認し始めた。
最初の数ページは破り取られたような跡があり、その破られた跡を見る限りだとあの廃墟で発見した紙切れと一致しそうな感じがある。
もしやと思い破られた跡のページに同じ筆跡痕がないかと丹念に見てみたが、その様子は見られなかった。
複数のページを破った跡があるとなると、最初のうちの数ページは何らかの理由で破り捨てたのだろう。
白紙ページが数ページ続いた後に、僕達が絶望する状況が訪れた。
そこに書かれていた文字を見た瞬間、思わず読めねぇよ!!と大声を上げたくなった程だ。
そう、そこから後のページは色々と書かれているがどこからどうみても外国語で書かれていたからだ。
考えられる言語は恐らくこれを書いたのは医師という事を考えると独語だろう。
困った事に僕も益子さんもドイツ語は全く読めない。今社内にいる人で独語が読めそうな人がいるかを確認してもらったのだが、今の状況では誰も居ない事が判明してしまった。
一応、読める人が社にはいるようなのだが、その人は基本的に社に戻ってくるのは一時的な事が多く忙しく飛び回っている事が多いらしくこのような作業に付き合わせるのは難しいらしい。
こうなると辞書を片手に翻訳するしかないのだろうか?
二人で頭を抱えていた時だ。ふとある人物の事が思い浮かんだ。
まずは羽生教授なのだが、教授の事だから忙しくて協力を依頼しても時間がかかる可能性が高かった。
そして、もう一人浮かんだのが、高崎だ。
そういえば高崎は帰国子女だった記憶がある。確か両親の仕事の都合でドイツに住んでいた時期があったハズだ。
幸い、アルバイト代は社から払われているし、それ以外にも教授から調査費として金銭面で支援も受けている。
高崎に社から払われるアルバイト代を翻訳を手伝わせている間分はそのまま渡してもいいだろう。
本来なら色々と問題がありそうだが、今回ばかりは背に腹は代えられない。益子さんにそれとなく提案してみる事にした。
但し、アルバイト代を払う事は秘密ではあるが。
「益子さん、独語解りそうな奴が僕の周りに1人いるの忘れてました。」
「本当か?!是非とも協力してもらいたいものだが、アルバイトを追加で雇うのは難しそうだしな・・・。現に戸田君を雇うのに色々とやらかしてるだけに。」
「その心配ならいらないですよ。僕の方で何とかしますので。」
その答えに益子さんはほっとした様子であった。それよりも、僕を雇うのに色々とやらかしているという方が正直気になったのだが。
下手に聞いて墓穴を掘るぐらいなら今回はスルーした方が良さそうかもしれない。
「ええ、友達の高崎が独国からの帰国子女なので読めると思うんですよ。ただ、こっちに来てもらうと何かと大変だと思うので大学の方で協力してもらうと思うのですが。」
「そうか。それは助かる。大学の方で協力してもらうとなると先生のとこかい?」
「ええ、教授に言えば場所は確保できますし。それにオンライン会議システムを使えば益子さんも状況把握できるのでは?」
「そうだな。幸い社専用のオンライン会議システムはあるから、それを使わせてもらうか。」
こうして強制的に高崎を巻き込む事が秘密裏に決まった。いうまでもなく、高崎本人はこの時点でこんな事になっているなんていうのは知らない。
この悪辣非道な話し合いが終わった直後、教授にこの事を伝える。
「いやぁ、戸田君もあくどい事思いつくねぇ。私からしたら高崎君の反応が面白そうだから見てみたいものなんだけど。場所を使うのは問題ないよ。」と有難い?!返答を貰う事が出来た。
ただ、問題は高崎本人だ。いきなり電話しても面白いかと思ったのだが、それは可哀想と思い前もってLINEを入れておいた。
『楽しいバイトしない?!』と書いた上にバイト代の金額を添えてだ。
提示した金額はかなりいい。多分、大都市でもこの金額のバイトはなかなかないだろう。もしあったとしても、厳しい条件があったり、かなりキツイ仕事の内容の可能性が高い。
一応それなりの金額を渡すのだから食いつかないわけがないよな・・・とは思っていたのだが、もしかすると断られる可能性もある。
翻訳の仕事とは伝えてないし、なにせ楽しいバイトとしか伝えてない。ある程度、お金に困ってなければ食いついてこない可能性も否定はできなかった。
ただ、そんなのは杞憂でしかなかった。なにせ、メッセージを送ったら速攻で食いついてきたのだから。
僕はそのまま悪い笑みを浮かべながら高崎に電話で説明すると二つ返事でOKを貰えた。
いうまでもなく、何を翻訳するかは伝えてはないのだけど。
僕はその日の午後イチで大学のある大都市に戻る事になった。
高崎に翻訳をさせるという使命を背負って。
大学に着くと、待ちわびたかのように高崎が待っていた。目を¥にして。
「戸田、待ってたぞ!!っていうかあの金額のバイトってマジか?!」
「マジだよ。今回のスポンサーは言えないけれど大きなところだからね。」
「ちょうどさ、バイトが減って暇してたから有難い!まさに、おお、心の友よーだよ!!」
一体彼は何のためにそこまでバイトのお金を欲しがるのかは分からないが、喜んでもらえるのなら良しという事でそのまま研究室に同行を願う。
研究室に着くなり、教授が悪そうな顔をして僕達をニヤニヤと見つめていた。
あの様子だからルンルン気分でやってきた高崎と、やっちまったか?と苦笑いをするしかない状態でやってきた僕をみて相当楽しんでいるのかもしれない。
教授に連絡した時に使っていいと言われた場所へ案内し、早速仕事をしてもらう事にする。
「で、何を訳せばいいんだ?」
「ああ、この本なんだけど。」
僕は老人から渡された本を取り出して見せた。
「なんか古めかしい本だな。どれどれ・・・。ふむふむ。内容をさらっと見た限りだと日記のようなものか。」
「高崎、読めるのか?」
「ああ、俺の拙い語学力でも問題なく読めるぞ。これ書いた人、ワザと読める人を減らすためにこの言語で書いたようだしな。けど読んで欲しい人には読みやすいように難しい表現は使わないようにしてるね。」
「そうか、良かった。」
「いや、良かったじゃないよ。戸田、お前だって辞書片手に頑張れば読めたんじゃないのか?これ。俺はバイト代貰えるなら構わんけどさ。」
いやいや、高崎よ、君はそういうけど、僕からしたらそれを辞書片手に翻訳してたらどれだけかかるかわからんのだよ?〇〇〇〇君。と思わずツッコミたくなったが、それを言っても仕方ないだろうし、ここはひとまず彼に任せる事にした。
お読みいただきありがとうございます。
この続きは2020/07/15 23:00頃に公開します。
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