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一人の医師 (2)

「この地に逃げてきた医師の石森はいるか?!」

軍人の一人が大声で軍用車の上から怒鳴り散らす。

その声を聴いた民衆は『何を言っているんだこいつは』という視線で軍人達をみていた。

あまりにもその視線を反抗的に感じた軍人の一人がいきなり銃を取り出すと、民衆の足元に打ち込み始める。

「ダダダダダッ―――」

脅しのつもりなのだろう。こんな事をされてもこの地に住まう人達は、逆らう事を辞めなかった。

この地に逃げてきた医師は皆にとって仲間であり、戦況が激化しているというそれだけ理由で、このような地への配給すら行わない軍部の人達とは違い、民衆と一緒に働き、共に暮らす大切な人である。

あまりの大騒ぎに奥から長老が出てきて責任者と思われる軍人と話し合いを持つことになった。

「軍人さん達は、どのような人物をお探しなのかは知りませぬが、そのような者はこの地にはおりませぬ。」

長老がそう答えると責任者と思われる大声で医師の名前を呼んでいた軍人がニヤリと笑い、腰から軍刀を引き抜く。

「ほほぉ、そんな嘘をついてまで、あの者を庇うというのか。」

引き抜かれた軍刀を軍人のそばにいた、一人の少年の首元に近づけるとまるで人質をとるかのように少年を拘束する。

「あの者を庇うというのなら、皆殺しにされてもいいというわけだな。まずはこのガキから血祭りにあげてやろうか。」

少年の首元を捕えた軍刀がじわりじわりと首に傷をつけその傷跡からは薄っすらと血が滲み出ている。

その時だった。何処からか一人の男性の声が聞こえた。

「辞めてくれ!この地の民には責任は一切ない。私はここにいる。」

その声の主は名指しされていた石森医師であった。

民衆を掻き分け、医師は責任者の前まで行くと少年を離すように掛け合った。

「ふん、やはりいたじゃないか。ならば、何故でてこなかったのだ?」

責任者の男は嫌味ったらしい笑みを浮かべながら医師を尋問し続ける。

「そ、それは・・・。」

「そうか、答えられないのか。仕方あるまい。あとはお前の回答次第でこの少年は解放してやろう。」

まるで何かの取引を持ち掛けるかのように、答え次第では分かっているだろうなと言いたそうに責任者の男は医師の襟首をつかみ睨みつけていた。

「・・・わかった。それで何を答えればいいのだ?」

「わかっているだろう、お前は知り過ぎたんだ。お前が知っている事は話してないだろうな。」

「ああ・・・。」

医師がそう答えた瞬間、医師の襟首にかかっていた責任者の男の手が離れるのと同じタイミングで少年は解放されたのだが、解放されるとともに物凄い銃声が一帯に鳴り響いた。

「ダダダダダッ―――」

それは石森医師に向かって放たれた銃弾の数々の音。

銃弾は医師の身体をきっちりと捉えていたのだろう。無数に銃弾を身体に撃ち込まれた事もあり、力なく地べたに倒れた。そして、石森医師の周囲は真っ赤な血だまりの海になっていった。

「引き上げるぞ!」

そう言うと軍人達は物凄い速度でこの場を去っていった―――。


☆★☆★☆★☆★


「それで、その後、石森医師は・・・。」

益子さんが相槌を打つかのように老人に聞いた。

「あぁ、駆け寄った時には息も耐え耐えでな。儂に預けた本を必ず必要とするものに渡せと言い残して息絶えた・・・」

老人の目には涙が溢れていた。

「あの時、儂があんな連中に捕まらなければ・・・。石森先生は・・・。」

悔やんでも悔やみきれないだろう。老人にとって医師はそれだけの存在だったのだろうから。

言葉にできなかった。先の大戦でこの国の一部の連中が好き放題やっていたというのは歴史の教科書で習ってはいたが、まさか生き証人に会えた上、その口から聞くなんて経験はそれだけ衝撃的であった。

歴史的生き証人が減りつつある現代においては、先の大戦のこの国の軍部の対応は正しかったと主張し、ナチズムを良しとする風潮を流行らせようとする人達が増えてきているのもあり、このような証言が歴史や近代史の教科書から削除される事が増えつつある。

そんな時代にこのような証言を自ら直接聞ける事なんて滅多にない。

衝撃的な話にショックを受けていた僕に老人が声をかけてきた。

「若いの、老人の話を聞くのは辛かったろう。これが戦争というものじゃ。同じ民族であっても上が気に入らなければ殺される。上さえよければ民すら兵器として扱う。なにが人の命を守るための戦争じゃ。失うばかりじゃ。」

そういうと老人は目頭を持っていたハンカチで拭くと僕達についてくるように言い、席をたった。

後を追いかけるようについて行くと、建屋の外に出て、暫く山林の中を歩き続けると目的の場所についた。

そこにあったのは手作りの寂しいお墓。

「これは・・・。」

益子さんが老人に尋ねると俯きながら老人は答える。

「・・・ああ、石森先生の墓じゃよ。軍の連中が居なくなった後、この地に住む者達でここに埋葬したんじゃ。ただ、当時は物資もなく、先生の遺体を何時あの連中が回収しにくるかわからないのもあってこんな場所にこのように埋葬するしかなかったんじゃ・・・。」

悲しそうな老人の背中越しに、僕達はそっと墓に向かい手を合わせた。

「・・・先生、儂はこの者達にあの本を託そうと思う・・・。」

ポツリとそう老人は呟くと、僕達に呟いた。

「儂には読めなかった本じゃ。お主達なら読めるじゃろ。あの時代と違って今は色々な言語を理解できる者達おるからのう。」

何故、あの本を早く渡そうとしたのかもこれで分かった気がした。それだけの思いを今まで預かり続けてきたわけだから。


 本を受け取った僕達は老人にお礼を告げると、老人から1枚の地図を渡された。

そこには、資料館からほど近い場所にある旅館への道が書かれている。

「これは?」

「ああ、儂以外にも先生にお世話になった者がまだおるからの。良ければ寄って話を聞いてやってくれ。儂と同様に先生の話をしたがるじゃろ。儂の紹介と言えばわかると思う。」

言われたとうり、地図に書かれた場所にある旅館へ向かい、受付で資料館であった老人の紹介であることを伝えるとそのまま奥の部屋まで案内される。

そこに待っていたのは一人の老婆であった。

「良く来なさったね。私も先生には子供の頃、お世話になったので、色々と話したかったんじゃよ。まあ時間も時間じゃし、今宵はこの宿に泊まっていかれるとええじゃろ。」

老婆の言葉に甘え、僕達はこの日はこの旅館にお世話になる事にした。


 老婆が待っていた旅館は、この温泉街で古くからある旅館のひとつで、この地に伝わる落人の里の伝説をそのまま再現したような旅館であった。

夜には囲炉裏を囲む形で料理や飲み物が提供され、この地でどのような生活が営まれていたかを垣間見るできる趣向になっている。

僕として一番驚いたのは、お昼の鹿肉を使ったコロッケに続いて、宿で出された熊鍋だ。

いうまでもなくあの黒いヤバい危険生物のあの熊の肉を使った鍋である。それ以外にも一升べらや岩魚の姿作りなどこの地がどのような場所にあるかを実感させられる料理の数々。

そんな料理を肴に、老婆の思い出話を聞き続けていた。

あの資料館であった老人の話でも分かっていた事だが、老婆からも色々な証言を聞けた事で石森医師が短期間だったとはいえどれだけ慕われていたのかを知る事となった。

戦争はそんな人物も(の)意図も簡単に殺してしまう恐ろしい物であるという事も―――。

お読みいただきありがとうございます。

この続きは2020/07/14 23:00頃に公開します。

=-=-=-=-=-=-=-=-

投稿作品の宣伝をしないダメダメ筆者のTwitter -> @SekkaAsagiri

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