次なる手掛かりを求めて (2) / 一人の医師 (1)
車は有名な温泉街を抜け、山道を走り続けていた。
車窓から見える景色はこの国が鎖国していた時代に起きた大地震による土砂で堰き止められて出来た天然湖があったとされる場所に人工的に近年になって作られたダム湖の横を走っている。
歴史の教科書で習った事だが、過去の大地震で、この地に堰き止められた天然湖の影響によって、当時の主要な交通路だった街道が通行不能になった上、当時その街道に頼らざる終えなかった地方政府は洪水吐き工事を行ったが失敗をして新しく別の街道を作る羽目になったと言われるような所だ。
そんな所を過ぎてもっと奥深い山の中へ行くのだから、今のように交通手段が限られていた当時としては身を潜めるのにはちょうどいい場所だったのかもしれない。
今は国道に指定されているとはいえ、カーブの多い道な上に大型車両の交通量も多く、運転に自信がない僕にとっていきなり運転しろと言われたら困るような道でもある。
ちょうど湖の中間地点ぐらいの場所だろうか、そこに鉄道駅と道の駅が一緒になった施設があり、そこで一休憩する事になった。
「少し休憩するか。」
益子さんはそう言うと道の駅に併設されたEVスタンドに車を横づけし、念のためだとは思うけれど車の充電を開始させる。
「結構遠い所まで来てますよね。」
「そうだな。まあ、こっち出身じゃない戸田君にとっては地図でみたら狭いのにこう色々とあるこの県は珍しいかもしれないな。」
「ええ、大学に進学するまでは広大な土地のある所で生まれ育ちましたから、大都市からそれほど離れていない場所なのに南は平野、北は山岳地帯と言うのには驚いています。」
地理では習ってはいたが、世界有数の大都市がある地方に所属するのにここまで差があるのは知らなかった。この国はほぼ山林だらけというのも習ってはいたけれどそこまで実感がなかったのも事実だ。
また、休憩に立ち寄った道の駅には足湯や隣にあるダム湖を探検するツアーのバスの発着場があり、観光客も多い。
ちょうどお昼時だった事もあり、ここで昼食もとる事になった。
「せっかくだから、この辺に来ないと食べられない物でも食べてみるかい?」
益子さんにそう聞かれた僕は素直に「そうですね」と答え、注文もお任せした。
そして運ばれてきたのが鹿肉を使ったコロッケの入った『鹿コロ丼』なる丼ぶりセット。何故、このような物をチョイスしたのかを聞くとこれから向かう場所がどのような場所かをわかるにはちょうどいいだろうとの事だ。
益子さん曰く、「人里離れた場所で生活をするという事は、今はジビエとしてもてはやされているが野生動物を狩り、自然との相手をし続けて生き抜かねばならないような険しい場所だという事を知って欲しい」と食を通して感じて欲しいとの配慮からである。
今の時代を生きる僕にとっては想像できないような場所。昔はどれぐらい過酷な所だったのだろうか。
食事を終え、一息ついた僕達は充電の完了した車に乗り込み、目的地を目指す。
今は隠れ家的な温泉地として有名になっている事もあり、落人の里といっても温泉地までは道が整備されていて走りやすい。センターラインも存在し、路肩も広くとられている。
道の駅からはそれほど遠くなく、野山の景色やトンネルを抜ける度に代わる景色に見惚れているうちについてしまったという感じだ。
まずは、岩爺に紹介された人物に会う事にした。約束の時間にも近い事だし、いきなりこの地で何かを調査するとしても手掛かりがなさ過ぎる。
指定されている場所に向かうと、そこはこの地の歴史を学べる資料館。駐車場に車を停めて中に進むと、待ちかねていたとばかりに1人の老人に声をかけられた。
「岩爺から紹介されたのはあなた方かい?」
「はい、私、下毛野新聞 社会部の益子と申します。」
「僕は、益子さんの助手として××大学の羽生研究室から派遣されています戸田です。」
声をかけてきた老人に自己紹介を済ませると「そうかいそうかい」と納得した様子で、資料館内にある職員専用室に案内された。
「良く来なさったね。岩爺から簡単には話は聞いているよ。」
そういうと老人は一冊の本を差し出してきた。
「儂が子供の頃に預かったものなんじゃが、これを渡す相手が遂に現れる事になるとはの・・・」
ただ、急に本を差し出された僕達は一体何の事か分からず、戸惑っていた。
「ああ、すまぬ、急すぎたか。とりあえず、その本についての説明する前にあなた方が調べている事について岩爺から間接的に聞いたものではなく直接聞かせてもらってよいかの?」
とりあえず、一度冷静さを取り戻すためにも僕達は今調べている事を話していい範囲で説明した。
過去にあった大地震の事、県を超えた場所にある例の廃墟についても、そして、その廃墟に関わる事故や事件についても。
「―――そうか。あの場所へ行かれたのか・・・。」
老人は天を仰ぐように上を見つめたまま何やら考え込んでいるようだ。
暫し無言の時が過ぎる。老人は覚悟を決めたかのように話をはじめた。
「やはり、その本はあなた方が読んで知るべきであろう。その本を儂に託したあの医師のそれが願いじゃろうから。」
「すいません、医師の願いと言われても私にはまだピンとこないのですが。」
益子さんが頭を掻きながら老人に尋ねた。
「長くなるが、構わぬか?老人の思い出話でしかないから面白くはないぞ。」
僕も益子さんも「コクリ」と頷く。
「そうか。これは儂が子供の頃の話じゃよ。ちょうど先の大戦の頃じゃな。あの大地震から3週間ほど経った頃に1人の医師を名乗る青年がこの地に逃れてきたのじゃよ―――」
老人の回想話を分かりやすくまとめるとこんな感じだ。
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9. 一人の医師
大地震が発生し、戦争中の国からの援助も支援もない状態の中、1人の医師を名乗る青年がこの地にボロボロになりながら逃げてきた。
何処から逃げてきたのかは教えてはくれなかったのだが、湯元温泉郷でこっちの方が安全かもしれないという話を聞いて山道を数日間彷徨い続けて辿り着いたようである。
戦争中な事もあり、鉄道での移動は軍からの監視が難しく、また、車のような車両は戦争の為にと国に殆ど取り上げられてしまっていて移動手段が限られているのと訳ありの人物が逃げてくるとなるとこの方法しかなかったのだろう。
この地に住まう人達も元々戦で敗戦し逃げ伸びた人々の末裔という事もあり、医師は快く受け入れてもらえる事になった。
大地震の影響で人手も欲しかったのも大きいようだが、医師の人柄もこの地に受け入れてもらえる理由のひとつだったようだ。
物資の乏しい中、一緒に田畑を耕し、狩りを手伝い、時には子供達の勉強の世話をし、怪我人や病人が出れば診療もする。そんな人柄の持ち主だったから。
ただ、頑なとして語ろうとしなかったのは何故ここに逃げてきたかという事だけ。それ以外の生い立ちや面白かった事や楽しかった事などは教えてくれるのだが、ここに逃げてくるにあたり何をみてどんな目に遭ってどんな事が起きたのかは一切語ろうとしなかった。
そんなある日の事だった。この地に見慣れない1台の軍用車が現れた。
まるで誰かを探しているかのように何度も周囲を警戒するかのように走り回ると探している人物が居ないと判断したのか去っていく。
その様子を訝しげに子供心にみていた老人は医師にその事を聞いた。話を聞いた医師の顔色は見る見るうちに悪くなっていき、人目を常に気にするぐらいにまで追い込まれていった。
子供だった老人は医師がそうなってしまったのかを良くは理解できていなかったようだったが、自分が原因なのではと思い、足繁く医師の元へ通い続けた。
そしてある日の事。1冊の本を渡された。
ただ、子供だった老人には難しくて何が書いてあるか分からずにいたが、自分を可愛がってくれる先生から貰った本だからと大切に肌身離さず持ち続けていた。
そんな事があった数日後・・・。
また以前にやってきた軍用車が今度は複数台連なってこの地に現れた―――。
お読みいただきありがとうございます。
この続きは2020/07/13 23:00頃に公開します。
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