廃墟へ (2)
店を出て湖畔沿いを歩いて駐車場に急いで戻る。都会では蒸せるような暑さの時期なのに、この辺りの湖を渡って吹いてくる風はとても心地が良い。
車に乗り込み、時間を確認すると11:30。これから例の場所に行った後どうするかを二人で話し合った。
「この時間なら、例の場所に行ってから別のとこもよる事は出来ると思うんだが、そういえば先生への報告とかは大丈夫なのかい?」
「大丈夫です。それに、今の状況では分かる事は調べられる限り調べた方がいいと思いますし。」
僕の答えを聞いた益子さんは何か覚悟を決めたような顔をした。
「・・・わかった。例の場所に行った後、ちょっとこの先にある湯元温泉郷の長老のような人物にあって話を聞こうと思う。これからアポ電を入れておくから、今日は湯元温泉に泊まる事になると思ってくれ。あのじいさん、ちと面倒な性格でな・・・。」
胸ポケットからスマートフォンを取り出すと電話をかけはじめ、先方に面会できるかの確認をとる。これから向かう場所で何が起きるかわからないのと、どれぐらい時間がかかるかわからないのもあって確実な約束の時間は決めてはいないが、今日の夕方以降であれば大丈夫との返答があり、夕方以降に伺うとの約束を取り付けた。
車は湖畔にある駐車場を出発すると、山に向かって走っていく。
途中の有名な滝を通り過ぎ、有名な湿原地帯を抜け、しばし山道を走り続けていると、湯元温泉郷への手前の辺りで軽い渋滞に巻き込まれてしまった。
どうやらこの先で立ち往生した車があるようでそのレッカー作業待ちが原因のようだ。長い事待たされる可能性があるのかな?とも思ったが、現場で交通整理をしていた人の的確な裁きによって思ったよりも待たされずに通過する事が出来た。
「こんなとこで故障車とは珍しいな。」
益子さんがボソッと呟いた。僕が疑問符だらけの顔をしているとそれに答えるように話してくれた。
「いや、この辺は観光地で故障時に対応できるような自動車工場などはないんだよ。もし対応してもらおうと思ったらずっと下の市街地に行かなければならないからね。その辺を考慮してくるようにする人が多いはずなんだがな。・・・ま、時期が夏の観光シーズンだからその辺気にしてない人がきてやらかした可能性もあるのか。」
確かに運転に不慣れな人も来るような時期だ。何があってもおかしくはない。
ただ、今回行く場所が場所である。もしかして、何かの虫の知らせではなければいいのだけれどと思った。
渋滞を抜けしばらく行くと湯元温泉郷と峠道への分岐点に辿り着いた。ここからは冬季通行止めのバーがある峠道方面に進み、2000m近い標高まで登る事になる。
さぞかし険しい峠道なのかとも思っていたのだが、元有料道路だった事もあってかそれなりに道は広くて整備されていて快適に走れる道が続いている。このような件でなくてこの峠を訪れたのならさぞかし気分のいいドライブを楽しめることが出来るだろう。
峠にあるトンネルに向かっていくのに見える光景は天空から地上を臨むようだ。麓には湯元温泉郷の南にある湖に太陽の光が反射しきらきらと輝いていて、その先には山々が青々とした木々を湛えながら広がる。この国にこんな綺麗な景色を見ながら走れる道があるなんて僕は知らなかった。
もし、絵里がこの光景をみたらその美しさに息を呑み喜んだかもしれない。
そんな事を考えていると県境にあたるトンネルが見えてきた。このトンネルを抜けると例の場所がある村に入る。
「ここまでくれば、もうそろそろだな。」
「そうですね。」
僕は用意してきた荷物類の確認を車内ではじめる。何時、例の場所へ突入する事になっても大丈夫なように。充電式のフラッシュライトのバッテリー残量などをチェックしていると益子さんに笑われてしまった。
「戸田君は気が早いな。いきなり例の場所へいっても仕方ないだろう。」
「え?このまま行くんじゃないですか?」
「いや、その前に彼等が泊ったキャンプ場の管理人に話を聞くべきじゃないか?何か知っているかも知れないし。」
確かに言われるとおりだ。訳も分からずに行っても無駄足になるかも知れない事を考えれば当然の事だ。
「すいません、肝心な事見落としてました。確かにそうですね。」
「それじゃ、キャンプ場へ寄るぞ。っと、その前に少し遅くなったが昼めしでも何処かで食ってからにするか。」
トンネルを通り抜けると、今まで走ってきた道とは異なり木々に囲まれたカーブの多い山道に変わった。その道をひたすら下り続けると開けた場所に大きな駐車場と山小屋があったので、そこで少し遅めのお昼をとる事にした。
「ここまでくればもう少しでキャンプ場だな。」
食事をしながらそんな会話をしていると、店員が話しかけてきた。
「キャンプ場に行かれるんですか?」
「ええ、これから行こうかと。」
「そうでしたか。それならくれぐれもキャンプ場で注意される場所には行かないで下さいね。」
店員は意味深げにそう言うと立ち去って行った。
「・・・やはり何かあるんだろうな。」
「・・・だと思います。」
僕と益子さんはそう呟いた後、食事を早々と済ませて店を出てキャンプ場に向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
山小屋の店をでて、そんなに遠くない所にキャンプ場はあった。
時期も夏真っ盛りな事もあって利用客も多い。利用客に邪魔にならない場所に車を停め、管理人のいる小屋へ向かう。
小屋の中には数名のスタッフがいるが、お客さんの姿は見えない。
受付カウンタのそばまで行くと、若い女性スタッフが僕達に気がつき対応してくれることになった。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか?」
「いや、ちょっと先日来たお客さんの事で聞きたい事があって伺ったのだけど。」
「えっと、どのようなご用件でしょう?」
女性は訝し気にこちらをみる。
「ああ、申し遅れました。私は下毛野新聞で記者をしております益子と申します。」
益子さんはそういって名刺を差し出す。
「新聞社の方でしたか。内容次第では私でも答えられますが、私では分からない事については上の者に確認してみないと。」
女性はこちらの立場が分かった事もあって対応が柔らかくなり、話を聞いてもらえそうな気がした。
「ええ、実はですね、先日こちらに来たお客さんで行くなと言われた場所に行った後、不慮の事故に遭われた方がいらっしゃいまして、それでお話を伺えればと。」
遠回しに色々聞いても仕方ないと考えたのかストレートに質問をぶつけた。女性はその質問に困ったような顔をしながら少しだけ答えた。
「・・・行くなと言われた場所ですか・・・そうなるとあの廃墟かな・・・。立ち入り禁止区域なので入れないハズなのですが・・・。」
女性は何か思い当たる節があるようだけれども、それ以上は何も言わず、「上の者に確認してまいります」と言い残し、その場を去った。
それから数分後、年配の男性が一人、僕達の前にやってきた。
「例の立ち入り禁止区域について聞きたいって人達はあなた方ですか?」
「あ、はい。」
男性は先ほどの若い女性スタッフから僕達の事を事前に聞いているようで、わかる範囲でとの前置きをした上で話し始めた。
「私も詳しい事は知らないのですが、かなり前からあそこは立ち入り禁止区域に指定されているんですよ。ただ、遠巻きに廃墟があるというのは分かるのですが、昔からの言い伝えで『あそこには近寄るな』とだけは言われていまして。」
「そうでしたか・・・。そういえば、以前、フリーのジャーナリストがここを訪れた事がありませんでしたか?実は、この記事を書いた人が調べていたようなのですが。」
益子さんは僕に以前見せてくれた記事のコピーを男性に見せる。男性も興味深そうにその記事を読むと何やら思い出すかのように考え込み始めた。
「うぅ~ん、この記事を書いた人ねぇ・・・そういえば数年前にいたような気がするな。そういう人。ただ、その程度にしか思い出せないな。申し訳ない。」
やはり手掛かりはあまり得られないようだ。僕達が困り果てた顔をしていると男性はポツリと漏らす。
「もしかすると、山小屋の店に住んでいるご老人なら何か知っているかも知れませんね。確か、あの人は戦前生まれだったような。」
そう言うと、僕達の前に地図を持ってきて立ち入り禁止区域の場所と山小屋の店の場所を教えてくれた。
教えられた山小屋の店の場所・・・それはさっき昼食をとった店だった。
管理人小屋の人達にお礼をいい、この場を後にし、例の場所へ向かう事にした。ここからそう離れていない場所にある例の廃墟へ―――。
お読みいただきありがとうございます。
この続きは2020/07/03 21:00頃に公開します。
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