峠越え:渓谷
翌週の始めには、商隊の準備が終わり出発する日となった。
行商人の幌馬車が3台、冒険者の馬車が2台、護衛冒険者が3パーティ15人。同行者3人と行商人が4人。合計22人の大商隊だ。
先頭を行く馬車はDランクの地元冒険者“ロドン警備隊”。ラナルルリアの近くのロドン村の出身者で組まれた、地域特化のパーティだそうだ。
隊列の真ん中は、“白蛇の鱗”。後方はDランクパーティ“北風の峰”が対応する。
どこのパーティにも所属していない同行者は、真ん中に集められた。とはいっても、自分以外に2人いる同行者は戦えない2人で、ナロスが御する馬車の荷台に乗っている。お金を払って同行しているそうだ。
「頼りにしてるぜ、司祭さん」
そう言って肩を叩いたのは、白蛇の鱗の斥侯でグナット。切れ長の目が細く、深緑色の髪とそれと同じ色の犬耳としっぽが印象的な獣人だ。
「ああ、できるだけの事はやるよ」
とはいえ、同行を認めてもらっただけで、護衛依頼を受注したわけではない。なので、協力して戦ったとしても、どこからも報酬は出ない。それは、こちらの目的が移動で、冒険者の目的が護衛だからだ。
目的は違っても、次の街“ラナロンワア”まで無事に辿り着く目標は一緒だから、協力するわけだ。移動そのものが、こちらへの報酬といえる。
移動初日は、峠のふもとまで川沿いに進む街道だ。川の反対側は森になっていて、魔物の気配はある。
だが、さすがにこれだけの人数で移動すると、襲撃される事はほとんどない。
たまに森の中から、ダガーウルフやゴブリンが顔を出しても、矢が放たれて追い払われてしまう。
護衛の冒険者の多くは、弓を装備していた。やはりハーピーへの備えなのだろう。標高の低いうちは、滅多に降りてこないと聞いてはいるが。
山が近い地域だからなのか、横を流れる川は流れが速く、水は青く澄み切っていた。
「泳いだら気持ち良さそうだな」
つぶやいた言葉を、御者席のナロスが聞きつけて応えた。
「やめときなよ。フラット・イーターに残った足も食べられちゃうよ」
「何それ、怖い」
説明を聞くと、清流の水底に潜むトカゲの様な魔物らしい。川で遊ぶ子供がよく被害に遭うそうだ。
「ピィーー!」
のんびり気分を、魔物出現の合図の笛が引き裂く。
「ファングボアだ!」
「フゴーッ!」
隊列から声が上がり、森からファングボアが飛び出してきた。矢が飛んで刺さるがその肉は厚く、怯まずに突っ込んでくる。
狙いは中央の行商人の馬車か、この位置が一番近いな。
「やっ!」
ムルゼの横腹を蹴って、ファングボアに向かって行く。
「お、おい!」
グナットの声がかかるが、今更止まれない。
駆けながら両手を手綱から放し、剣を抜いて担ぐように構える。あぶみでファングボアの進路に合わせると、ムルゼはよく応えてくれた。
「せぁっ!」
少し遠めの間合いから、すれ違いざまに担いだ剣を横薙ぎに払い、ファングボアの横腹を切り裂いた。
「ブガァーー!」
その一撃によろめいて、進路をずらし倒れ込むファングボア。
そこをジロットが止めを刺した。
騎乗戦闘も少し慣れてきた気がする。馬首を返して、ファングボアの解体を始めた隊列へと戻る。そこでグナットが尻尾を逆立てながら詰め寄ってくる。
「な・ん・で、司祭が真っ先に騎馬突撃してるんだ!?」
「世話になった教会の、神父様の教えなんだ」
「あ? どんな教えだ? 言ってみろよ」
ゼンリマ神父、あなたの教えを世に広める時が来ました。
「『味方が怪我をする前に敵を倒すのも、回復術だ』ってな」
「言い方変えても、それは回復じゃねぇ! 攻撃だ!」
ゼンリマ神父、あなたの教えは世に受け入れられませんでした。
個人的には気に入ってる教えなんだがなぁ。
結局、その日の襲撃らしい襲撃はそれっきりで、早めの時間にパマル峠のふもとの野営地へと辿り着いた。
ファングボアは早速焼かれて、夕食は賑やかになった。22人で分けても十分な量だったが、あまりお腹いっぱいにしても動けなくなってしまう。残りは翌日以降の食料として取っておくことになった。
渓谷の日没は早い。周囲はあっという間に暗くなり、野営地に焚かれた大きな火が闇を照らし出す。
これだけの人数がいれば、隠れるよりもこちらの存在を見せつけたほうが、魔物に対して効果的だ。
火を囲んで翌日の峠越えの打ち合わせを行う。
「皆、いいか、これだけの商隊なら確かに魔物には襲われ難い。だが、逆に言えばそれだけ目立つって事でもある。他の魔物の襲撃も油断はできないし、ハーピーどもの襲撃は、高い確率であると思ってくれ」
商隊をまとめる白蛇の鱗のリーダー、ロドズが語る。
「バラバラに来れば、なんとでもなる。危険なのは、群れがまとまっている時だ。その時は統率個体がいる可能性が高い。姿が見えなくても隊列を崩すんじゃねぇぞ!」
焚火が照らす、皆の顔が頷いた。作戦の確認が続き、夜は更けていく。
「この辺りの冒険者で、仲間がハーピーにやられていない奴はいねぇ」
見張りをしながらグナットが口にする。
「定期的に獲物が通るパマル峠は、奴らにとって美味しい狩場なのさ。だから、峠を縄張りにするのは、ラナズ山脈の群れの中でも強い群れなんだ」
「つまり、ハーピーの精鋭を相手にしなきゃならないわけか」
「そういう事だ。明日は必ず怪我人が出る。今日みたいに飛び出すんじゃねぇぞ」
鎧の肩を<コツン>と叩かれた。
「わかってるさ」
そう返事はしたが、冒険者生活でもパーティ戦を越える人数の集団戦は、数えるほどしか経験していない。しかも、回復職としてこれだけの規模に参加するのは初めてだ。
多少の不安はある、様子見から入るべきだろう。
暗視スキルを凝らして夜の闇を覗くが、魔物の気配はない。初日の夜は襲撃もなく過ぎていった。




