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飛竜(前)



「今日の搬出は中止だ! 鉄鉱石を倉庫に戻せ!」


 門から中に入った鉱山エリアでは、未だ鉄丸虫降る中領兵が鉱夫に告げて回っていた。

鉱夫たちは慌てて荷車の向きを変えて戻っていく。降ってきた鉄丸虫を冒険者たちが叩き潰していくのを横目にルットマを探した。


荷車が岩盤をくり抜かれた倉庫に戻るほどに鉄丸虫の襲撃は減っていくようだった。


この調子ならもうすぐ鉱山側は収まりそうだ。


「ルットマどこだー!」


声を出して探していると


「はーい!」


 遠くで返事をするのが聞こえた。声の方向を頼りに周囲を見渡すと、いた!

円形の階段状になった露天掘り穴の下段の辺りに、こちらを見つけて手を振るルットマとそのパーティを見つけた。そんなところにいたのか


通路を降りながら声をかけた。


「今日の搬出は中止だ! 教会に戻るぞー!」


「なんですかー!?」


 もう少し近寄らないと聞き取れないか。

向こうからもこちらに近寄ろうと、冒険者パーティを離れこちらに駆け寄ってきた。


もう少しで会話できる距離、そんな時に上のほうで騒ぎが聞こえ、空が“さっ”と陰った。


 何が? そんなことを考えるヒマは無かった。

ルットマの前にそれは<バサッ>っと風を巻き上げ飛来したんだ。


 こちらからは背中しか見えないが、ルットマの姿がすっぽり隠れてしまうほどの大きさ、被膜の生えた大きな両腕、灰色の肌、長い首と尻尾。ドラゴンを思い起こさせるその姿。聞いたことがある。ワイバーン! Cランクの亜竜種か!

 ルットマは大きな声と身振りで目立ってしまったのか、仲間(パーティ)から離れたところを狙われたのか、そして


 “なぜこんな所にワイバーンが?” そんなのは後だ!


 幸いにも階段状の穴の地形は横からの襲撃を許さなかった。驚いて後ろに倒れてしまったルットマに対し、上空からかぎ爪のついた足をのばし一瞬ホバリングをするように羽ばたいた。


 その一息の間が救いだった。義足になってから、ついついやらずにはいられなかったのがこんな所で役に立つとは。

 抜いた剣を片手持ちで背中にかつぎ、階段状に掘られている穴の上段から助走をつけて、走り幅跳びのように義足側の足で踏み切った。


 一段につき2mはあろうかという段差を飛び降り、その高低差で跳んだ本人の想像以上の滞空時間を経て。かぎ爪でルットマを掴み飛び上がろうとする背中に剣を振り降ろし、勢いそのままに背中に激突した。


「ギギャャルゥォァー!!」


 背中に一撃を受けたワイバーンの悲鳴が響き渡り、ルットマを放し地面に落ちる。


「ぐぅぅっ」


 激突し、地面に落下して転がったこちらも当然ただでは済まない。鎖骨と脇腹が痛い、折れたか? だが寝転んではいられない。

 義足で片膝をついてヒールを唱える。


“ズキリ”と痛みが走ったあと、全身の痛みがかなり和らいだ。よし、行ける。

周囲を見渡せば近くに落ちていた剣を拾い、ルットマとワイバーンを確認する。


マズイな。腰が抜けたのかルットマは尻もちをついたままだ。


「ギギャャァァー!!」


 そして身を起こし怒り、咆哮を上げたワイバーンはルットマを挟んだ反対側。向こうの方がルットマにやや近い。


「こっちだ!!」


 ワイバーンの気を引くべく大声を上げて剣を振り上げて足を進める……が……


 でかい! 上からはわからなかったが、同じ高さに降りれば近づかなくてもわかる。両腕を地面についているにもかかわらず、その高さだけでも2m以上はあるだろう。


 いや、ちょっとこれ無理じゃないの?


 そんな思いが頭をよぎるが、こんな所でルットマを死なせる訳にはいかない!


 タイミングは向こうの方がやや早かったか。しかし剣を振りかざすこちらを脅威と見たのか、ワイバーンはこちらに向きを変えて


「キギャァー!!」


 口を開けて威嚇してきた。

ブレスとか吐かないだろうな?この世界のワイバーンの情報なんて調べた事はない。こんな所に現れるなんて聞いた事もなかった。


 剣を振るって牽制すれば、その度に長い首を戻す。

ジリッと、一瞬の間が空いたそこに


「アジフさん!」


 ルットマの声が飛び、それを合図にした様にワイバーンの首が口を開けて襲ってくる、と同時にこちらも横に跳びながら剣を上から円を描く様に振り降ろした。


 僅かな手応えと共に素早く首が引き戻された。

剣先がかすった首には、わずかな傷が入り血が一筋流れた。どうやら皮膚はそれほど硬くないようだ。


 一瞬、ワイバーンが上体を起こそうとした。釣られたようにそれに合わせて前に出よう、とした時にはすぐ首が降りてきた。

 ん? 今、ひょっとして飛ぼうとしたのか?

そうか、いきなりは飛べないのか。前動作が必要なんだな。飛ばれるのはマズイ。ルットマが退けなくなってしまう。そうはさせない。

 

 隙を与えまいと再び牽制の間が始まる。

生活魔法<ライト>を使うか? いや、身体が大きすぎて首を引かれては剣が届かないし、下手に間合いを空けて飛ばれたくない。ちょっと相性が悪いな。

 剣を振り、ワイバーンの首が伸びる。お互いが隙を探すその背後で声がした。


「ルットマ! 引くぞ!」

「でも、アジフさんが!」

「俺たちじゃ無理だ応援を呼ぼう!」

「でも!」


 振り向く余裕はないが、どうやらルットマのパーティが助けに来たらしい。

そうだ、行って応援を呼んできてくれ、でもその前に一回くらいヒールしてくれてもいいぞ。

 だが、そんなおしゃべりしてる余裕はない。剣を振って牽制を入れつつ、一言


「行け!」


 とだけ言った。


「そんな!」


 声が聞こえた気がしたが、再び襲い掛かる鋭い牙がならんだ口にそれどころではない。さっきと同じだ! 今度は深く切り裂いてやる!

 先ほどよりも大きく踏み込み、剣を振りかざした時に見えたのは、既に引かれた首と、視界の隅から襲ってくる翼のついた腕だった。


 <バキィッ>


 視界が反転し、身体が吹き飛ばされる。一回転して地面を滑り、止まった。

どうやらあの腕にはそれほどのパワーは無いようだ。翼ついてるしな。


 すぐに顔を上げ、前を見るとワイバーンは翼を広げ飛び立とうとしていた。くそっ!

立ち上がり、ワイバーンに向かって走るが、その身体が“フワッ”と浮いた。間に合わないっ。


「ギャウァッ!」


 ワイバーンが一声上げて空中へ飛び立った。

こうなってはルットマたちと離れて狙われてしまうかもしれない。諦めて飛び去ってくれればいいが、そう甘くはないだろう。


「ルットマ! 離れるな、壁に寄れ!」


 上空のワイバーンを警戒しながら声をかける。幸いと言っていいのか、ルットマはそう離れてはいなかった。


「アジフさん! 大丈夫ですか!」


「ヒールを頼む」


「わ、わかりました。 メー・レイ・モート・セイ! ヒール!」


 身体の痛みが和らいでいく。だが、上空で獲物を狙うように円を描くワイバーンの動きが変わって落下軌道に変わった。来るか。もう一回ヒールは無理だな。


「来るぞ! 壁沿いにいればそのまま突っ込んではこれない。減速したら俺が突っ込むからその間に逃げろ」


 ルットマのパーティメンバーが真剣な顔でうなずいた。確かFランクのはずだが、いいパーティだな。


「アジフさん! どうしてそこまでしてくれるんですか!」


もう来るって言ってるだろ! 土壇場でそんな質問するな!


「お前に死なれちゃ困るんだよ!」


 生きて教会の戦力になってくれ! リバースエイジを使うためにはお前が必要なんだ! 俺の足と若さのために!!


 ワイバーンはナナメ上からの軌道に入った。クルリと足を下にして突っ込んでくる。翼を広げて減速したが、気休め程度にしか思えない。そのまま潰す気か!


「逃げろー!!」


 これに突っ込むとか無理だろー!!

壁沿いに走って逃げるがワイバーンは翼をひるがえし、横向きに滑るように向きを変えた。だが、それによって速度が落ちた! 今なら!


「おおりゃあぁぁー!!」


 迫る足のかぎ爪に、全力で剣を振ることだけを考えて叩きつけた。

そんな無茶をすればただで済むはずがない。蹴り飛ばされるように吹き飛び、一瞬意識が飛び、視界がグルグル転がってる最中に意識が戻った。


「ぐあぁぁぁ」


 全身バラバラになりそうだ。

だが、横目にワイバーンも一段下の地面に落ちているのが見えた。やってやったぜ。


「アジフさん! メー・レイ・モート・セイ! ヒール!」


身体が幾分か楽になった。しゃべるくらいはできそうだ。


「もう一度行けるか?」


「これが最後です! メー・レイ・モート・セイ! ヒール!」


身体を起こして立ち上がる、なんとか動けるか。



 自分でももう一度ヒールを唱えると、かなり楽になった。よし、いける。

立ち上がり、ルットマのパーティメンバーが拾ってくれた剣を受け取ってワイバーンへ足を向けた。


「もう十分です! 一緒に逃げましょう!」


 涙目でルットマが訴える。理由を説明する時間はない、あっても説明はできない。でもな


「俺にはお前を守る理由がある。行ってくれ」


 背を向けてそう言った。もう飛ばせねぇぞ! ワイバーン!



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― 新着の感想 ―
[良い点] こんなとこ言われたら勘違いして惚れちゃいますよ!!! アジフさんとても主人公してますね〜( ˆωˆ )
[一言] モブ男A「戦闘中にあんなセリフ聞いたらほれてまうやろ!!」 モブ女性A「私もあんなセリフ言われてみたい♪」 モブ男B「これからは、アニキって呼ばなきゃいけねぇなぁ~」
[良い点] 自分自身のためにすごくがんばるおっさんが 大好きです。
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