光魔法の習得
 
 
魔力を声に乗せる修行は、普通は魔力操作の練習をしながら徐々にするらしい。
 
だが、そんな過程を経ずに始めた修行は、ゼンリマ神父の予想を超えて難航した。ステータスに「祈祷」のスキルが現れないまま3ヶ月が経過していた。
 
目の前にあるメムリキア様の神像に片膝をつき、両手を組んで頭を下げ、目を閉じた。ここで光の聖句を魔力を込めて唱えれば「祈祷」スキルが獲得できるという。
この3ヶ月で何度も挑戦してきた。聖句も、もう夢でうなされる程度には諳んじられる。
 
ゼンリマ神父が隣で太く短い腕をギリギリで組んでうなずいた。
 
「大いなるメムリキア様へ信徒たる身が捧げます。我が身に許された恩恵によりて、その偉大なる奇跡の片隅にこの身を浸すお許しを願い奉ります」
 
……しかし、何も起こらなかった!
 
「今日も失敗か……」
 
ため息をつけば、肩が“ポンッ”と叩かれた。このやり取りも何度目だろう。
 
立ち上がり<パンッ>っと手を打って
 
「仕事に戻ります」
 
と、ゼンリマ神父に頭を下げた。
 
いつもの事だからって、悔しくない訳じゃない。「今日こそはきっと」って思わない日はないんだ。悔しいのがいつもの事ってだけだ。
 
 
気を取り直してハタキで礼拝堂のホコリをパタパタしていると、礼拝堂の入り口の柱の陰に、獣人の子供がこちらをジッと見ているのに気が付いた。
 
ピンときて、その子に向けてハタキをかざしてフリフリした。すると、予想通り、尻尾がピンっと伸びた。左右に振ると、目線と尻尾が追いかけてうずうずしているのがわかる。
下に下げたり上に上げたりすれば尻尾が揺れて“もうたまらんっ”という気配が伝わってくる。
ふふふ……そろそろ来るぞ……
 
<ガンッ>
いきなり脳天を殴られて目の前がチカチカした。
 
「いつつ……」
 
たまらず頭を押さえると、
 
「ウチの子で遊んでるんじゃないよ!」
 
ペメリさんに怒られた。
 
「おかあさーん!」
 
獣人の子供がペメリさんに抱き着いた。
この子はたまに教会に遊びにくるペメリさんの子供でネメラちゃん(4歳)だ。ネコ科の獣人だからと思って遊びすぎたか。
そう、ペメリさんは既婚者で、結婚を機に冒険者を引退して生まれ育った街でシスターになったそうだ。
 
シスターも他の聖職者も、結婚できないなんて決まりは特になかった。そもそもの宗教の成り立ちが違うので、こういった違いは結構ある。
教会のシスターは忙しいので心配になるが、毎日夕飯時には帰っているし旦那さんが主夫業をしているのだとか。
 
「あんた、そんなことしてていいのかい? 今日義足の修理に行くって言ってたじゃないか」
 
「あ、そうでした」
 
祈祷スキルの失敗で忘れていた。鉱山といい、砂漠といい義足の負荷が激しすぎて、壊れてしまったんだ。今つけているのは予備パーツで組んだスペアだ。旅の身と違い、荷物に余裕が持てるのは助かる。
 
 
教会の皆に断わりを入れて、向かったのはロクイドル唯一の鍛冶屋だ。何しろ街のまわりに木が少なく、薪がないので多量の炭もない。街の資金を使って建てられた鍛冶屋には大型の魔道炉が設置され、数人の職人で共有している。
 
「こんにちはー。親方いますか?」
 
普通の鍛冶屋に比べればはるかに大きい建屋の入り口をくぐり、声をかけると
 
「おう、ちょっと待っとれ」
 
作業をしながらそう返事をしたのは、ドワーフの鍛冶職人だ。
邪魔にならないように作業場のすみっこで鍛冶作業を眺める。
 
<カン>親方が打ち、<キン><コン>と、お弟子さんが打つ。
 
息の合った槌さばきが心地よいリズムを刻む。なんだかいつまででも見ていられる気がする。
何も考えず、ぼ~っと見ていると、親方の打つ<カン>の槌の音だけが妙に耳に残る気がしてきた。
 
<カン>……<キン><コン> <カン>……<キン><コン>
 
気のせいじゃ……ない……か? う~ん、もう少し
 
 
「待たせたな」
 
残念ながら、鍛冶の作業は一段落したようで、槌の音は止まり親方が話しかけてきた。
「頼まれていた品だ。使ってみて調子悪かったら言ってくれ」
 
親方から手渡されたのは、鉄板で作る義足のバネ部分。砂漠の砂地での戦闘で、義足側の足を前に踏み出すために足りなかったものに気付かされた。“ひねり”と“ふみしめる”だ。
ひねりを作るべく、接地する底面の端にゆるやかな丸みをもたせた。さらに少しでも踏みしめるために、“し”の形に丸い踵部分に角度を付けた実験作だ。
普段の歩く動作よりも少しだけ大きな歩幅にあわせて、戦闘を優先させた造りにしてみた。
 
「ありがとうございます。それとちょっと聞いてもいいですか?」
 
「なんじゃ、手短にな」
 
「親方の槌の音だけが違って聞こえたのです。何か理由があるのでしょうか?」
 
「叩く角度、強さ、タイミングで違うのは当然だ。それに」
 
親方はもったいつけて“ニヤッ”と笑って、槌を掲げた。
 
「ワシのこのハンマーは特別製でな、魔力が込められとるんじゃ」
 
そ・れ・だ!!
 
「親方! 作業を見させて……いや、聞かせてください!」
 
「作業を聞く?おかしな事を言う奴だ。邪魔せんならかまわんぞ」
 
<カン>……<キン><コン> <カン>……<カン>……
 
目を閉じて親方の槌の音だけに集中する。
 
<カン>……<カン>……
 
槌の音のリズムにあわせて光の聖句を唱える。言葉の一つ一つと槌の音を比べながら。
いつの間にか槌の音は止まっていたが、それにも気づかず耳に残る槌の音だけを追いかけていた。
 
「おい……おいっ!」
 
肩を揺らされて“はっ”と気が付いた。
 
「もう夕方だ「親方! ありがとうございます!」」
 
夕焼けに赤く染まった街を教会へと走った。
 
「義足の部品忘れとるぞー!」
 
親方が何か言っていたが耳に入らない。
 
教会に駆け込むと、礼拝堂には夕方の礼拝だろう、みんながそろっていた。
 
 
「アジフ! てめぇ! どこをほっつき歩いてたんだ!」
 
「ペメリさん、みなさん、すいませんでした。でもお願いします! ゼンリマ神父、祈祷の聖句、もう一度挑戦させてください」
 
ペメリさんは怒っているが、ゼンリマ神父をまっすぐに見つめた。
 
「む、わかったやってみろ」
  
そう言って神像の前のスペースを空けてくれた。
片膝をついて両手を組んで頭を下げ、目を閉じる。
 
「ちっ! やるからにはきっちり決めてみせろよ!」
「アジフさん、がんばって!」
 
みんな後ろで応援してくれている。夕方まで教会を抜けて迷惑をかけてしまったのに。ここで決めなきゃならないと、その気持ちを込める。
 
「リラックスして集中ですよ」
 
キフメ司祭の声が聞こえた。そうだ、張り切りすぎて力んでもいけない。目を閉じたまま息を吐いて、体中をすっかりスムーズに流れるようになった魔力を確認した。
 
行くぞ!
 
「大いなる メムリキア様へ 信徒たる 身が 捧げます。 我が身に 許された 恩恵に よりて、 その 偉大なる 奇跡の 片隅に この身 を浸す お許しを 願い 奉ります」
 
聖句が魔力によって変換された! 来た! ついに成功だ!
すると、メムリキア様の神像が光を放ち、広がった光が身体を包んだ。光はしばらく身体を光らせると、徐々に弱くなって消えていった。
 
「「「「おおー!!」」」」
「やったな!」
「「おめでとうございます!」」
「うむ、ようやった」
 
歓声が上がり、みんなが祝福してくれた。ステータスを見ればそこには「祈祷」のスキルが。やった! ついにやったぞ!
 
「ありがとう、みなさんありがとうございます!」
 
手を握り、抱き合って喜んでいると、ペメリさんがおもむろにナイフを取り出した。
そのナイフで指先を切りつけると、そこから小さく血が流れた。その指をこちらにさし出し
 
「さぁ、やってみてくれ。できるだろ?」
 
ニヤッとした。
 
「もちろんです」
 
王都の教会でもらった聖書は、何度も何度も読み返した。わざわざ見なくたって回復の聖句は覚えている。
キフメ司祭から杖を借り受け、指先の傷口に向けて掲げ唱えた。
 
「御光の 癒しの 奇跡を ここに! ヒール!」
 
聖句が魔力によって変換されるとペメリさんの指先が小さく光り、軽く血の跡をこすり落とすと傷跡は少しも残っていなかった。光魔法の発動だ!
 
「よっし!」
 
強くガッツポーズした。
 
その腹筋には3ヶ月前に比べ、しっかりとした筋が入っていた。
遠い昔、神界にて
 
メムリキア :困りました。声に魔力を乗せるだけだと回復職が攻撃魔術を使い放題です。
イビッドレイム:ジョブシステムがないですからねぇ
メムリキア :人の選択へ神の干渉は最低限にしたいです。スキルの恩恵だけにしたいですね。
イビッドレイム:では、それぞれに修行が必要な前提スキルを置いてはどうでしょう?
メムリキア :それ、採用




