表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/165

鉱山都市



 “鉱山都市ロクイドル”。そう呼ばれるこの街は、まさにその名の通りの街だった。


 平地で発見された鉄鉱石の鉱脈を露天掘りで掘り進めていたら水が湧いて、そこに街ができたのが始まりらしい。

 鉱山といっても山はなく、城壁に囲まれた中にあったんだ。ただ、市街と鉱山は別々の城壁で囲われており、その間が回廊で繋がれて結果としてひょうたんのような全体像となっていた。


 そのひょうたんのクビレ部分の城壁の上を、リネル君と一緒に走っていた。


<ドンッ>


 周囲の荒山から転がってきた鉄丸虫が、回転の勢いそのままに城壁を駆け上り、頭上を飛び越えて城壁の内部へと落下した。

 街の中でも聞こえていたのはこの音だったのか。鉄鉱石を運ぶ鉱夫の近くへ落ちた鉄丸虫は城壁の内側の冒険者に潰されていたが、落下の際の衝撃で怪我人が出たようだ。

 キフメ司祭の残りMPは少ない。急がなくては。


「アジフさん、早く!」


 城壁の上から下の様子を見ていたので、リネル君にせかされてしまった。


 朝から治療を続けていたキフメ司祭だったが、いつもより多い患者にまだ昼前にもかかわらずMPは危険域まで減っていた。

 今は貴重なMPポーションで持たせているが、それも時間の問題だ。冒険者ギルドの依頼で、城壁の上で冒険者の援護にあたっているペメリさんに交代を告げに走っているんだ。


 義足で走る全速力で、なんとかリネル君についていく。ひょうたんのクビレ部分を抜けると、城壁の内部に露天掘りの鉱山が見えてきた。


「おおっ!」


 円形の階段状に掘られた穴のスケールの大きさに思わず声が出てしまう。こんな状況でなければしばらく見ていたいほどだ。


 だが、こうしている間にも城壁を駆け上った、あるいは()ねて跳び越えた鉄丸虫が鉱山に降り注ぎ、鉱山の中では鉱夫と冒険者が逃げ惑いながらも鉱石を運んでいる。そりゃ怪我人もでる訳だ。


 城壁の外では鉄丸虫の匂いに誘われた魔物と冒険者が戦いを繰り広げている。内側も外側も戦場だ。

 倒された魔物は街の兵士と思われる人の手で城壁の上から降ろされるゴンドラの様な物で引き上げられ、引き換えに冒険者に何かの札を渡していた。



「キラースコーピオンが来るぞ!」


 城壁の上から下の冒険者に声がかかり、動揺が走った。

キラースコーピオンは砂漠で最も恐れられている魔物の一つで、今着ている鎧の素材にもなっている。サンドスコーピオンは1.5mほどなのに対して、キラースコーピオンは4mほどもある。

 当然、その分力は強く、それでいてスピードは衰えず、甲殻はさらに硬い。その強さはシンプルでありながら驚異的だ。討伐難易度は圧巻のB。


<バキンッ>


 その、キラースコーピオンの尻尾が消し飛んだ。


「ビビってんじゃねぇぞてめぇら!」


 城壁の上で声を上げていたのは修道服姿のペメリさんだった。

下にいる冒険者から「おお!」と歓声が上がる。


「ペメリさん、キフメ司祭が、MP切れです」


 息を切らしながらも連絡を伝えた。


「そうか、こっちの矢も残り1本だ。最後にあいつを仕留めるから待ってな」


 ちらっとこっちを見てそう言うと、その手にした長大な弓に小さな槍かと思うような矢をつがえた。


<ギリギリ>


 弓が悲鳴のような音をたてて引き絞られる。だが、それはまるで修道服の上からでもわかる、張りつめ盛り上がった背筋が発しているように聞こえた。

 “ピン”とナナメに伸びた尻尾の根本の毛が逆立ち、それが徐々に先のほうへ移動し先端に達した時


<ヒュゴンッ>


 矢とは思えない発射音を発し、その軌道は一切の曲線を描く事なく、直線的に

 

<ドパンッ>


 キラースコーピオンに着弾した。


 キラースコーピオンは両腕を振りかざし、吹き飛び転がりながらもなんとかその一撃を生き延びた、が、代償として両腕を吹き飛ばされてしまった。尻尾と両手のハサミを失った4mの巨体が哀れですらある。


「ちっ、仕留めそこなったか。お前ら! あとは任せたぞ!」


 ペメリさんが下の冒険者に声をかける。


「シスター・ペメリ! ありがとうございます!」


「そう呼ぶな! あと感謝は神にしろっていつも言ってんだろ!」


「ペメリさんとメムリキア様に感謝を! お前ら、行くぞ!」

「「「「おおっ!」」」」


 冒険者たちが気勢を上げてキラースコーピオンに突っ込んでいく。



 確かに、ペメリさんは城壁の上で冒険者の援護にあたるとは聞いていた。

しかし、“シスターの援護”という言葉からは想像できそうにもない光景に絶句していた。どこのアーチャーさんですか?


「先に行ってるぞ、お前らもぼさっとしてんなよ」


 ペメリさんはそう言い残すと、城壁の上を走って行ってしまった。


 残されたリネル君と二人、ハサミと尻尾を失いながらも冒険者たちを苦しめるキラースコーピオンを眺めていた。



「ペメリさんはAランク冒険者だったんです」


 我に返り、城壁の上を戻りながらリネル君はポツリとそんな事を言った。


「Aランク冒険者!? 英雄レベルじゃないか! それがなんでシスターをしてるんだ?」


 Aランク冒険者と言えば、特別枠のSランクを除けば冒険者の頂点と言ってもいい。収入だって相当な金額になるはずだ。


 だが、リネル君はそれ以上は話さなかった。他人の事情をペラペラしゃべるものでもないってことだろう。こちらとしてもそれ以上は聞かなかった。



 幸いにも鉄鉱石の運び出しが終わる頃には、魔物の襲撃はいつもよりも少ない程になった。ペメリさんのMPも尽きそうになった夕方には、キフメ司祭が仮眠から復帰しなんとか一日を乗り越える事ができた。


「これを毎月ですか、大変ですね」


 思わずこぼした言葉に対するキフメ司祭の反応に


「いえ、月3回です。10の日と20の日と30の日です。ここの鉄鉱石はドワーフの王国へ運ばれ、隣のラバハスク神聖帝国にとっても重要な資源なんですよ」


 少しだけ膝を折りそうになった。



 その夜は街では魔物肉が配られ、お祭り騒ぎだった。魔物を呼ぶ鉄丸虫の肉も火を通せば匂いは出ないらしく、教会にも焼かれた物が配られた。

 夜間は酔っ払いの怪我人に悩まされたが、翌日からは何事もなかったかのように日常へ戻って行った。



 しかし、そんな日常を過ごしているうちにも、わずかな変化があった。


「あ゛~~~」


「む!? 少し声に魔力が乗ってきたか?」


 発声……ではなく、祈祷スキルの修行を始めてから2週間ほど経った頃、少しだけ成長が見られたんだ。


「うむ、そろそろ次の段階に移ってもよかろう。ただし、基礎は自分でも修行しておくのだ」


「はい、神父様」


「次はいよいよ言葉に魔力を乗せる修行だ。これができるようになれば次は聖句への挑戦となるが、難易度はさらに上がる。気を抜くでないぞ」


 目の前にエサをぶら下げて誘っているのですな。その挑発、乗ってやりますとも!


 次の修行は指示された文言に魔力を込めるように、というものだった。


「あかゴブリンあおゴブリンきゴブリン」


「隣のウルフはよくホーンラビット食べて大好きだ」


 滑舌の練習じゃないよね? 違うって信じてますよ?


「もっと胸筋を張れ! 腹と背中に手を当てて魔力の回転を意識しろ!」


 並列思考のスキルで発声と魔力操作を行うと、どうも声に魔力の気配が感じられないようなのだ。別々にやらずに、声と魔力を混ぜないといけないようだ。


 

 少しずつだが、成長の実感に修行にも身が入る。

鉱山での依頼も加わり過酷さを増した教会の仕事も、教会のメンバーと助け合いながらもこなしていく。



 そんな日々を過ごすうちに、わかりにくい砂漠の季節も少しずつ進んでいった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 転生・転移モノにありがちな、派手なチート頼りではない異世界生活。 [気になる点] 鉱山の湧水が街の水源との事ですが、それだと鉱毒とか大丈夫なのかと。魔法とかで解決出来るのかも知れませんが。…
[良い点] 地に足の着いた冒険者の成長具合が良いです。 [気になる点] 主要産業なら”怪我人多くて回復者が足りない”なんて綱渡りの運営せずに 本腰入れた改善案くらい出すかな?と。 走って伝えに行く位な…
[一言] 少なくとも足を生やす頃には回復のスペシャリストになってるしステータスのMPやINTの数値も伸びてるだろうから、本格的な攻撃魔法にも手を伸ばすのかも。 いつまでも生活魔法剣士じゃ締まらないです…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ