初戦闘(前)
※主人公は紳士ではありません。
いやいやいや !
無理無理!
向こうは数的優位に立った武装強盗殺人集団。
こっちは作業着姿の非武装で魔法も使えない一般人(46歳おっさん)。
窮地を覆す頭脳もなければ、実は現代日本で古流武術を……なんて事もない。
ほんとに! ただの! 一般人だから!
逆転要素なんてこれっぽっっちもないから!
“なんかゲームみたいだ”なんて気分はあっという間に吹き飛んでしまい、息を殺して岩陰で成り行きをながめていると、最初に落馬した盗賊が仲間に支えられながら戻ってきた。かなりの怪我をしているものの、生きているようだ。
御者・剣士・弓持ちの死体はみぐるみはがされ、街道脇の森へ放りこまれた。けが人と縛られた少年は荷台に乗せられ、盗賊に奪われた馬車は方向を変え、元来た方向へ戻っていった。
盗賊が見えなくなってからも十分に時間を取ってから、きょろきょろと周囲を確認し、岩陰から這い出した。
森に放られた死体のもとまで行くと、損傷のひどさにしばし吐いてしまった。胃が空になってもしばらくえずいた後、覚悟を決めて遺体と向き合い、しばし合掌、黙とうした。そして、死者への冒涜を感じつつも、遺体から服をはぎ取ったのだ。
この世界で今着ている青い作業着はあまりにも目立ちすぎる――
自分に言い聞かせながら、3人の服から血のりの付着の少ない物をえらび着替えた。
幸い?な事に、荷台で戦った2人のズボンの裏打ちに硬貨が縫い込まれており、それぞれ2枚ずつの金貨と思われるそれを故人の手に、我ながらひどい偽善を感じつつも、一枚ずつ握らせ残った2枚をいただくことにした。
御者の遺体からは小さなナイフをいただき、本来であれば埋葬や火葬したいところだったが、その手段もないため、並べた遺体にもう一度合掌、黙とうしその場を離れた。
ぬいだ作業着は事件現場からしばらく離れた森の中へ廃棄し、証拠隠滅完了。罪悪感に身を浸しつつ、盗賊が戻って行った反対方向の街道へと歩を進めた。
少し傾いてきたようにも感じる陽差しに背を押されつつも、緊張の連続でからからになってしまった喉が渇く。どこかに水場はないだろうか……祈るような気持ちで歩き続ける。
その最中も頭から離れないのは先ほどの凄惨な光景だ。安全安心な日本から命の軽い世界へ来たのだ、と否が応にも思いしらされる。
馬車が襲われても何もできなかった。
少年がさらわれても何もできなかった。
命乞いを目の当たりにしても何もできなかった。
まさに無力である。
異世界から来たと自分だけが特別なような気になっても、颯爽と現れ、盗賊を片手間であしらい、少年から憧憬の眼差しをむけられる。”お前は”そんな特別な存在ではない、と世界に突きつけられたようだ。
しかし、しかしではあるが、何もできなかったからといって何もわからなかった訳ではない。重い足取りのなかで頭の中を整理する。
まず、あの剣士は取り押さえられて「命だけは」と、確かにそう言ったのが聞こえた。それはスキル” エラルト語Lv1”が効力を発揮した、と言える。
あの時自分ではスキル” エラルト語Lv1”を発動しようなんてまったく考えてなかった。息を殺すだけで精一杯だった。にもかかわらず、エラルト語Lv1が効力を発揮したという事は、このスキルがいわゆる常時発動タイプ――パッシブスキルだと言える。
命乞いの対価としてはあまりにもささやかすぎる成果ではあるが、これからこの道の先にあるはずの、どこだかわからない場所に向かうには一つの安心材料だ。
さらにもう一つ。あの盗賊は命乞いする剣士を容赦なく首を落とした。
それはつまり、HPがあろうがなかろうが首を落とされたら死ぬって事でもある。じゃあ一体、HPってのは何を示す数字なのか?それを確認しなければならない。ちょっとナイフで傷をつけて確認、と行きたいところだが治療手段のない現状では危険を冒すべきではないと思う。
ナイフは刃渡り7cmほどで、武器と言うよりも日用品って感じだ。特になんの装飾もない素朴な物だが、使い勝手はよさそうで、今はポケットに入れている。こんな物でも何もないよりはマシで、持ってるだけでちょっと強くなったような気さえしてくる。
相変わらずに水場が見つからないまま歩き続けていると、空の色がほんの少し色づいてきたころに、周囲の森が少しずつ開けてきた気がしてきた。
まばらになってきた木々を抜けていくと、どこからかわずかにさらさらと音が聞こえた気がした。
「水だ!」
たまらずそちらに走っていくと、幅50cmほどの小さな小川が流れていた。「生水だから」などと考える余裕はなく、水面に顔を突っ込んでごくごくと喉を潤した。空っぽの胃と身体に水が染み込むよう。
「ぷはぁっ」
と、顔を上げるとほっとして座り込んでしまった。
「助かった~」
思わずそう声をあげたとき、ちょっと離れた対岸にいるそいつと目が合ったのだ。
そいつは中型犬程もあるサイズでつぶらな瞳、突き出た耳、その外見はまさにウサギだった。額から飛び出た角さえなければ。
自然のなかで動物と出会うってのはただでさえ驚くものだ。しばらく目を合わせたまま、刺激しないように低い体勢のまま腰をあげる。そっと後ずさりながらポケットからナイフを取り出し、鞘を外した。
めったにないことだが、日本でウサギにあえばウサギは「あっ」という間に逃げ出すだろう。脱兎のごとくってやつだ。
しかし、こいつはじっとこちらを見つめたまま動かない。イヤな予感がした。お約束を外さないのであれば、こいつは序盤ザコの代表格「ホーンラビット」ってヤツではないだろうか? 正式名称は知らないが。
序盤のザコ敵……そのはずなのに、微動だにしないその貫禄はどうなのだ。ジリッジリッと後ろにさがる度に、こちらの方が格下なのだ、そう迫られるような気がした。
だが、基本はウサギなのだ。進化の形態に必然性があるなら、こいつは草食なのではないか?だとすれば、身を守る為に反撃する事はあっても、刺激しなければ襲ってはこないのではないか……
祈るようなこちらの想いとはうらはらに、もう少しで安全圏に離れられそうな距離になりそうだ、という頃にソイツは首をちょこっとかしげ鳴き声を発した。
「キュ?」
とても可愛いそのしぐさと鳴き声は、自分の脳内変換ではこう言っているように聞こえた。
『逃げられるとでも思ってんの?』
と、
まぁウサギがそんな事言うはずがないんだが、事実ソイツは溜めるように身を屈めるとこちらに角を突き出して跳躍してきた。
<ドンッ>と発射音さえ聞こえてきそうなその跳躍は、正確に身体の正中を狙ってきた。
こんな距離でも届くのか! 驚愕とともに、それでも取っていた距離が幸いしてかろうじて横にかわせた。
ザッと向きを変え、ふたたび正対する。
ドッドッドッと心臓の音がうるさい
正中を狙われた反省をもとに今度は半身にかまえ、低い相手にあわせるように少し姿勢を下げ、右手に持ったナイフをけん制するように突き出す。
そんなこちらをあざ笑うかのように、ホーンラビットは再び跳躍してくる。
今度はさっきより距離が近い――
さっきよりも低く狙われた突撃はかわす間もないかに思われたが、半身のかまえが幸いしてかかろうじて避けられた。しかし、その角が太ももをかすめ鋭い痛みがはしる。
「ぐっ」
ダメージを確認する間もなく、ホーンラビットは向きを変え再び跳躍してくる。
しかし、今度はしっかり体勢が整えられなかったのか、狙いが上ずっているしスピードもない。右腕を角でかすめられつつも、“チャンスだ!”そう思いクルっと横に半転しながら握りしめた左のコブシを叩き込む。
渾身の力を込めたその一撃からは”モフっ”そんな手ごたえがした。
ホーンラビットは向きを変えると、こんどは突撃して来ずに首を上げると
「キュイ?」
と、鳴き声をあげた。
それは脳内変換によると。
『てめぇ、なかなかやるじゃねえか』
そんな風に言っている気がしたのだ。