イクスの意外な特技
「また、お姉さまのヴァイオリンが聴きたいです」
ディアナが、姉であるイクスにねだる。
「随分と、懐かしいお話をなさるのですね。ディアナ」
「昔、コーデリア様に演奏会で負けちゃったけど、わたしはイクス姉さまの方が上手だと思っていました」
ディアナの意見に、コデロも同感する。
「ごめんなさい、コデロ様。ご親戚のコーデリア様を悪く言うつもりは」
「いいえ。当時は私も同席していましたが、あなたのおっしゃるとおりでした」
頭を下げるディアナを、コデロは特に責めたりはしない。
「わた……義姉コーデリアより、イクス様の演奏は清々しさを感じました」
自分の名を言いかけて、コデロは慌てて言い直していた。
『楽器ができたのか。キミに、そんな一面があるなんてな』
コデロがヴァイオリンを引けるなんて初耳だったリュートは、パートナーの意外な一面に驚く。
「かじった程度です。練習熱心だったイクスに比べれば、私の演奏など児戯に等しいものでした」
コデロも、当時のイクスを振り返る。
イクスは当時から、女性らしい趣味なんぞカケラも持ち合わせていなかったとか。
「編み物や歌などより、馬とともに走るのが好きな子でしたね」
そんな彼女が唯一持っていたインドア的な特技が、ヴァイオリンだった。学生時代に行った演奏会の時、「イクスのワンサイドゲーム」と陰口を叩かれていたほど。主催がレプレスタだったからである。
コデロは悪口の輪なんかに混ざらなかった。大した腕もないくせに、悪口を言う人間の気が知れない。
ところが、イクスはわざとマニアックな曲に挑戦した。おかげで、票が割れてしまったのだ。
「結果、無難で聴き馴染みのあるものを選曲した私が、優秀賞に選ばれたのです」
コーデリアからすれば、「短時間で練習できる曲」を選んだに過ぎない。
そんな適当な理由で入賞しても、うれしいはずもなく。
「わたし、お姉さまの演奏が大好きです」
「そうなんですの、ディアナ。うれしいですわ」
妹を溺愛しているのか、イクスはおとなしくなった。
ラキアスも、笑いが止まらない。
「はい。練習しておきますわ」
ディアナがパチパチと手を叩く。
「さすがのエスパーダも、かたなしですね」
「おだまりなさいっ」
小声で、コデロとイクスが口論する。
「お姉さま、お祭りの当日、わたしと合奏なさいませんか?」
「あなたも、ヴァイオリンを?」
「ピアノです。お姉さまに負けないくらい、たくさん練習いたしましたの。お姉さまに聞いてもらいたくて」
遠い西南のアファガイン楽団より、家庭教師を招いてレッスンをしているという。
「まあ。アファガイン出身の方にご指導をいただいているとは、すごい」
コデロが、ため息をつく。
『そんなにスゴイ楽団なのか?』
「アファガインは、『楽団大国』とのあだ名を持つ名門です」
国が総力を上げて、優秀な音楽家を育成しているそうだ。これまでも、多くの音楽家を輩出してきた。
落ちぶれたとしても、名前の知れた吟遊詩人となったエルフは数しれない。
「レンゲの故郷でもありますわ」
「そうなんですね」
「彼女も歌のセンスがあったのですが、剣を握ったほうが性に合うと、わたくしの家庭教師兼ボディガードになりましたの」
音を使った攻撃は、幼少期に培われたものらしい。
だから、音波攻撃が得意だったのか。
リュートは納得する。
「ディアナは後々、アファガイン楽団に正式入団させようと思っておる」
「お父様、このお話、本当ですの?」
「うむ。ディアナの腕は、当時のお前も凌ぐほどだぞ。先方も、ぜひにとおっしゃっている」
しかし、当のディアナはあまりうれしくなさそうだ。身内ではないコデロ、人間ではないリュートですらわかるほどに。
「すばらしいことです。おめでとうございます。姫様」
コデロが、ディアナを称賛した。
「あ、ありがとうございます。コデロ様」
照れくさそうに、ディアナも頭を下げる。
「時期尚早ではございませんこと?」
「何を言うか。我が国に一流音楽家が生まれるんだぞ。喜ばしいことだ。ディアナは身体が弱い。子どもを産めるかどうか」
この場にいたくないという表情を、ディアナが見せた。
「お父様、少々お口が過ぎるのではありませんこと⁉」
我慢の限界か。イクスがテーブルに手を叩きつけて、席を立つ。
「悪かった。ディアナ、許しておくれ」
国王が詫びると、ディアナは小さくうなずいた。
「それにしても、今日は家庭教師の方がお見えになっていなかったな?」
「言われてみれば、そうですわね?」
イクスと国王が、不審がる。
「大変です!」
兵士が青ざめた顔で、飛び出した。ドアの向こうをしきりに指差している。
「何事だ! 王子の御前であるぞ」
「これは失礼を! ですが、西方付近に魔物が多数出現の報告が! アファガイン楽団も足止めを食らっているとのこと!」
調査に手間取り、報告が遅れたとのことだ。
「イクス、西と言えば」
「アロガント跡地、ですわね」
なぜだろう。無関係とは思えない。ヒーローの勘が言っている。アロガントには何かがあると。
「急いで兵を集結させよ。それと、冒険者も」




