第一関門
「ん……ぐぬぬぅ」
そんな、なんとも乙女らしからぬ声を漏らすのはフェスティアだ。けれど、手の平の上に置いた葉はうんともすんとも言わない。
修行を始めてからもう三日が過ぎていた。
やることは『葉を真っ二つにする』というただそれだけのこと。剣でも使えればこんなに簡単なことはないだろう。
しかし、この修行……条件として剣どころか手も使ってはいけない。この条件が厳しかった。
一度だけシュノムに手本を見せてもらっているが、『葉を真っ二つにする』ことができるということしかわかっていない。あの手本には、どうやって?という大事な過程がさっぱりなのだ。結果を見ただけで即実践できるほどフェスティアは天才ではない。
そろそろ一人でやるには限界が来ていた。
「素直に聞いた方がいいのかな……ううん、やっぱりそれはダメよね。せっかくシュノムが自分の技を教えようって言うのに、すぐ甘えてたらまた馬鹿にされちゃう。もう少し自分で頑張らないと!」
「いや……そこは素直に聞けよ。お前はバカなのか」
「て、えっ⁉シュノム⁉」
一体いつからそこにいたのか。
シュノムは倉庫の入り口に背をもたれつつ立っていた。
驚きのあまりどうしたものかと震えるフェスティアを差し置いて、シュノムはずかずかと中に入ってくる。
そして、フェスティアの目の前まで歩いてくると、そのままピーンと額を指ではじいた。
「いったぁ⁉いきなりなにすんのよ!」
「まったく、分からないことをいつまでも一人でやっていたってしょうがないだろ。そういうときはさっさと聞きにくるもんなの。わかったか?」
「で、でも……ふつうはこういうの自分で見つけるものじゃないの?」
フェスティアがイメージする修業とはそういうものだったはずだ。
壁にぶつかっても自分の力で解決していく。それこそが修業の醍醐味だ。ヒントをもらうことこそすれ、簡単にやり方を教えてもらうなんてそれこそ聞いたこと無い。
自分の力で解決しようとする過程、そこで色んなことを学ぶのが修行だとフェスティアは思っていた。
しかし、フェスティアの幻想はシュノムによって真っ向から否定された。
「そんなことは知らん」
「えぇー」
「そもそもだ。自分の力でなんとかなるなら俺いらないだろ」
「いや、そこは修行を何個か紹介するんでしょ?」
「面倒。それに、自分でなんとかなるのは天才だけだ。フェスティアはそういう類の人間なのか?」
言われてフェスティアは考えてみる。……が、短い人生の中で天才的なエピソードなど一つも無かった。
悲しいかな、フェスティアは素直に首を横に振った。
「だったら、聞くのが一番だ。分からないことは教えてもらえ。できることをできる分だけ頑張る。今はそれで十分だ」
「そ、そう……?だったら聞きたいんだけど、シュノムはどうやって何も使わずに葉を真っ二つにしたの?」
「そうだな……一つだけ確認だが、お前は本当に何も使わずあんなことをできると思っているのか?」
「え……?」
「その顔は本気で信じていやがったな」
フェスティアの顔を見たシュノムはそう言って嘆息する。
それを見て、フェスティアはようやく何かに気づいた。
「ちょ、ちょっとまって!それってつまり……シュノムは〝何も使わず〟には葉っぱを真っ二つに出来ないってこと⁉」
「当たり前だ。これは俺の技の基礎なんだぞ?〝何か〟使っているに決まってるだろ」
「ほんとう……私、バカみたい。そんなことにも気づかず、三日も頑張ってたなんて……」
項垂れるフェスティアの肩にシュノムがポンと手を置いた。
さすがのシュノムも情けの言葉をかけるつもりみたいだった。
「この三日も無駄じゃない。フェスティアがバカだってことが分かっただけでも今後のことを考えれば大きな収穫だ」
……情けの言葉などではなかった。
その言葉はただのトドメだった。
「それだったら、あんなややこしい言い方しなければいいのに」
「うーん……普段考えていない力に着目してもらおうと思ったんだが……フェスティアには難しかったみたいだな」
「もう……私がバカってことは分かったから。早く教えてよ。そのやりかたってやつ」
「ああ。一つ質問だが、フェスティアは羽を生やすときどうしている」
「うーん……こう、ぼわぁーていうの?シュッてなるときがあるからそこで、ばばばばーんみたいな?」
「うん、わかった。考えたこと無いんだな」
シュノムの言う通りだった。
フェスティアのアレは物心ついたころには勝手に生えていたものだ。
元から在るものをどうやって生やしたのかなど、フェスティアは考えたことなかった。
「そうだけど……それと修行に何の関係があるの?」
「それが大有りなんだよ。フェスティアはオーラって言葉聞いたことあるか?別に、オーラだけじゃない。魔力でも生命エネルギーでもチャクラでも……名前なんてなんでもいいんだが、そう言った目には見えにくい力のこと」
「ま、まあ……聞いたことくらいは」
「それは良かった。説明が省けるから助かる。大雑把に言うと、俺の技はそういった類のエネルギーを使っているんだ。フェスティアも無意識だろうが、似たようなものを普段から使っているぞ」
「え、そうなの?」
「ああ、多かれ少なかれ生命エネルギーというものはみんな持っているし、使っている。有名な言い方はオーラか魔力だな。モノはほとんど同じだから流派や少し用途が違うくらいの認識で構わない」
フェスティアは頭の中でシュノムの言葉を整理していく。
生き物は、みんな目に見えにくい力を持っている。
そして、それは生命エネルギーやオーラ、魔力などと呼ばれるものだということ。
シュノムの技は、その力を使っていたということ……。
「うーん、なんとなくわかった……たぶん」
「今はそれでいい。〈錬魂術〉を教えるときに、嫌でも理解しなくちゃいけないからな。そのときにでも覚えたらいいさ」
「うん、わかった」
「よし、それじゃあようやく本題だ。俺たち……と言っても俺とカレンくらいなんだが、俺たちはその力のことを特に〈剣気〉と呼んでいる。そして、俺の技はその〈剣気〉をコントロールできないと使えない」
「……うん」
「そうだな。フェスティアもこれくらいは、わかるだろ?」
シュノムがそう言った瞬間。
フェスティアの背筋にゾッとするものが流れた。
それは殺気と言われるものだろう。何もしていないのに、勝手に指先が震えていた。
目には視えなくても、感じることはできる。……なんとなくだが、フェスティアはフードの女と目が合った時と似た感覚だと思った。
「わかる……これが〈剣気〉?」
「今のはかなり弱いやつだけどな。生き物っていうやつは不思議でさ、例え五感で感じ取れなくても〈剣気〉を理解することができる。そして、強すぎる〈剣気〉を浴びた生き物はそのコントロールを完全に失ってしまう。……あとは簡単だ。イメージするだけでいい。葉が真っ二つになるのをイメージすれば〈剣気〉によって葉が勝手に真っ二つになる」
「……じゃあ、シュノムが私の攻撃を防いだのは?」
「ああ、アレは〈剣気〉で壁を作ったんだ」
フェスティアはシュノムの言っていることを完璧とまではいかずとも理解していた。
シュノムの技は〈剣気〉そのものを武器として使うのだ。
強烈な強さで放たれる〈剣気〉は、ときに見えない壁となり、ときに見えない剣となる。
イメージを伴った強い〈剣気〉は、イメージした結果を対象に導くのだ。
『葉を真っ二つにする』……この場合、二つの方法を取ることができる。一つは強い〈剣気〉を葉に浴びせることで、『葉を真っ二つにする』というイメージを葉にぶつけるのだ。そうすれば、〈剣気〉に飲まれた葉も生きているのだから叩きつけられたイメージのままに勝手に真っ二つになる。シュノムが手本としてみせたのはこれだろう。
もう一つは〈剣気〉そのものを剣として斬る方法だ。これは、先の方法よりも強いイメージとコントロールが必要になるだろう。
「分かった。じゃあ、私は『葉を真っ二つにする』っていう強いイメージを葉にぶつければいいのね」
「そういうこと。初めは言葉にするといい……それが第一段階。まずはイメージをできるようにがんばれ」
「うん、頑張ってみる」
フェスティアの言葉を聞いたシュノムは、もう用が済んだのだろう。
入り口に向かって歩き始める。
その背に向かってフェスティアは小さく呟く。
「ありがと……少し早いかもだけど、あなたの弟子になれてよかったわ」
「たしかにそれは少し早いな」
「き、聞いてたの……?」
「いや……ふつうこの距離なら聞こえるだろ。やっぱりバカなのか?」
「バカはシュノムの方よ!少しは空気を読めバカー!!!」