旅立ち
年齢の記述をすっかり忘れていたので訂正しています。
フェスティアは17歳、シュノムは厳密には触れていませんが24歳です。
フェスティア=ヴァシレークス=クオル。
彼女はクオル王国の第三王女でありながら、国民のほとんどがその名を知らない。
彼女はとある理由により、生まれてから十七年もの間その存在をひた隠しにされてきたのだ。おそらく、本当の彼女を知る人物は家族含めて数人といったところだろう。
だから、彼女の一日は誰に知られることなく過ぎる庶民のそれと同じ。
そして、今日もそうなるはずだった────。
「おうっ!フェスティアちゃん!おめかししてどこかお出かけかい?」
お昼過ぎ、フェスティアが商店街を歩いていると、いつも買い物をしている店の主人から声を掛けられた。
店主から言われた通り、フェスティアは普段よりいいものを着ていた。パンツスタイルの彼女にしては珍しくひらひらのフリルがついたドレスに、足元は革製のブーツ。本当はちょいと高めのヒールを履きたかったが、家にあるまともな靴がこれだけだったのだから仕方ない。底が擦り切れる寸前のいつものやつに比べたら何倍もマシだ。
自身の生活水準に若干の疑問を抱きながらも、フェスティアは笑顔で店主に応えた。
「こんにちわ。今日はアレですよ、ア・レ」
言って、フェスティアは鞄から取り出した封筒を店主に見せる。
「んー、招待状……?ああ、そういやあフェスティアちゃん当たったんだっけか?」
「そうなのー!一年ぶりの当選だから張りきっちゃった!」
クオル王国は、毎月行われる定例の食事会に一般枠というものを設けており、応募者の中から抽選で選ばれた数名を招待しているのだ。初めの方こそ、王族や貴族の食事を体験できるということで応募が殺到したが、交通費こそ支給されども自分で飛空艇や馬車などの交通手段を手配しないといけないし、食事会の内容は真面目な政治の話がほとんどでつまらないし……と、今では応募する人なんて、せいぜいコアな王族ファンか真面目に国のことを考えている若人くらいだろう。もちろん、食事会なんていうのは表向きの理由で、実際のところはフェスティアが家族と会うための場に過ぎないのだが……。
────と、本当の理由を言うわけにもいかず、毎回食事会に応募した結果、フェスティアは十九番島で一番の王族オタクとして有名になっていた。王女なのに王族オタクと言われたり、怪しまれない為とはいえ当選が年に一度くらいのペースだったりと、なんとも言えない状況である。
フェスティアは、改めていつか父親に愚痴を言ってやると決意した。
「そう言うことならちょいと待ちな。とっておきのを持ってきてやるよ」
店主はニカッと笑顔を見せてから店の奥に引っ込んでいく。
しばらく待っていると、小さな箱を手にした店主が持ってきた。
「なにこれ?」
「せっかくのドレスだ。装飾品の一つでもつけないとだろー」
箱を受け取り開けてみると、中にはペンダントが入っていた。
店主に言われるままつければ、蒼く輝く宝石が赤いドレスによく映えた。
宝石などに興味が無い……というか、そもそもそんなお金のないフェスティアだったが、それでもペンダントがかなり高価なものだということはすぐにわかった。
いくらなんでもこんなのを簡単には受け取れない。
「おじさん……流石にこれは、受け取れないよ」
「いや、いいんだ。せっかくだし受け取ってくれ」
「でも……」
「そのーなに?妻にあげようと思ってたんだが逃げられちゃってなあー!使い道ないしフェスティアちゃん受け取ってくれや」
「ああー、最近奥さん見ないと思ったらそういう……って、余計に受け取れないんだけど⁉」
それから十往復分くらい。受け取る受け取らないのやり取りをしたが、店主の勢いに勝てず結局ペンダントを受け取ることになった。
店主と別れたあとも、フェスティアは不思議と色んな人からせっかくだからと色んなものを受け取ることになり、飛空艇乗り場に着くころには両手いっぱいの荷物になっていた。
「ほんと、みんな世話好きよね……今度お礼しなくちゃ」
なんて、フェスティアが呟いた時だった。
飛空艇の手前に〈飛翼〉が見えた。
〈飛翼〉とは、一人から二人乗り用の小さな飛空艇のことで、十九番島でなんて滅多に見られないそれに、フェスティアの視線は流れていく。
武骨な黒い船体は巨大な生き物の胴体みたいで、乗り場は跨れるようにそこだけ細くなっている。船体の後ろには大きなエンジンが搭載されており、いくつもの機械らしきものが補強するように継ぎ接ぎに組み合わさっていた。そして、フェスティアの目を奪ったのは、船体の横から生えるガラスみたいに透明な四本の翼だ。遠目に見るそれは鳥の翼のようにも虫の羽のようにも見えた。
その、不思議な翼をもっとよく見ようと〈飛翼〉に近づいていくと、機体の下に黒髪の青年が倒れていた。フェスティアよりも見た目年上で、23、4歳といったところだろうか。
「……すいた」
フェスティアに気付いた青年の声は小さすぎて上手く言葉を聞き取れない。
「え?」
「……おなか空いた」
青年は行き倒れていた。
髪は寝ぐせでボサボサだし、見たところ中肉中背のやや筋肉質といったところだろうか。島では見たことのない人だった。
行き倒れなんて初めて見た……。
それも、自分よりは少し年上とは思うが同年代の青年だ。
なんだか可笑しくて、フェスティアは青年を助けるよりも先に笑ってしまった。
「笑ってないで……助けてくれよ」
「あ、ごめんなさい。機体の下敷きになって潰れてるのかと思ったから、行き倒れてるだけってなんか可笑しくって」
「下敷きになるより空腹の方が大問題だ……」
青年の危機管理感覚はよくわからないが、もらった荷物の中にちょうどリンゴがあったのを思い出した。
ゴソゴソと紙袋の中身を漁り、リンゴを一つ取り出す。
「これでよければどうぞ」
「……それ、毒とか入ってないよな」
「どこのおとぎ話よ……そんなこと言うならあげないけど?」
「────────」
「────────」
「たぶん耐性もあるし……それでいいや」
本気で疑っていたのか、数秒の沈黙の後に青年はそんなことを言った。というかガッツリ疑っていた。
けれど、よほどお腹が空いていたのだろう。青年はリンゴを受け取るとあっという間に平らげしまった。
芯まで食べようとしたので、一応それは止めてからもう一つリンゴを渡した。
しばらくして、リンゴを食べ終えた青年は立ち上がる。
「ありがとな。えっと……」
「あ……私は、フェスティア=ラスフォードよ。あなたは?」
青年は、フェスティアの偽名に一瞬だけ訝しむような仕草を見せたが、結局は流すことにしたのだろう。
少しだけ恥ずかしそうにしながら名のり始めた。
「俺はシュノム=ノース。見ての通り貧乏な運び屋だ」
「よろしくシュノム。貧乏は余計じゃないの?」
「ん、ああそうか。いっつも相方に言われてるから癖になってた……」
とほほ……と、おじいさんみたいにため息をつくシュノム。
フェスティアは、それを不思議な気持ちで眺めていた。
初対面だというのに、彼を見ているとなんだか無性に懐かしい気がしてしまうのだ。
「ねえ、私たち初めましてだよね?」
「うーん、俺にはそんなドレスを着る知り合いなんていないし、そうだと思うぞ」
「そ、そうだよね」
「なんだ?もしかしてフェスティアは新手のナンパなのか?」
「ち、違うし!!ナンパするにしても行き倒れてるような男にするわけないでしょ!」
あまりに見当違いなことを言うシュノムに突っ込んだ時だ。
飛空艇乗り場に出発の合図の汽笛が鳴り響いた。
「やばっ⁉急がないと!えーっと、シュノム……これもなにかの縁だし、郵便物があるときはあなたにお願いすることにするから!そ、それじゃあ!!」
なんでそんなことを言い出したのか自分でもよくわからなかったが、自然と言葉にしていた。
約束とも言えない一方的な捨て台詞を放ってからフェスティアは飛空艇へと急ぐ。
「俺は落とし物専門だから、何か落としたら言ってくれ!」
そんな言葉を背中に聞きながら、フェスティアは飛空艇に乗り込む。
すると、フェスティアが乗るのを待ってくれていたようで、出発の船内放送が終わると飛空艇はすぐに離陸の準備を始めた。
しばらくして、ウォンウォンと不思議な駆動音を響かせながら飛空艇は上昇した。
部屋に荷物を置いてから甲板に出る。
すると、風と共にシュノムの声が聞こえてきた。
身を乗り出すようにして飛空艇から島を見下ろすと、シュノムが手を振っている。
「リンゴ二つ分はちゃんとまけておくからー!」
「うん、ありがとー」
シュノムが何と言ったかはハッキリと聞こえなかった。
けど、ニュアンス的にはたぶんそんなことを言ったのだろう。
フェスティアもシュノムに向かって手を振った。
そうして、フェスティアはおよそ一年ぶりに十九番島を旅立ったのだった。
けれど、フェスティアはまだ知らない。
もうこの島に戻ることは二度とないことを────。
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「ラスフォード、ね……師匠に親戚なんていなかったはずなんだが……ま、そんなこと引退した俺には関係のない話か」
すっかり小さくなってしまった飛空艇を見ながら、シュノムは呟いた。