⑦ドブネズミちゃんの放浪
「ここよ、私の家。入り口、オートロックだからちゃんとついてきなさい」
「うわぁ…、おっきいね。今までで1番大きいかも」
「今まで?」
「うん。私を泊めてくれた人たち」
「…」
この子は、私は思ったよりもずっと大きな理由があって、見ず知らずの他人の家を転々としているのかもしれない。
エレベーターに乗り、解錠して自分の部屋に入る。
その間、ドブネズミちゃんはずっとキョロキョロしていた。
「シオリちゃんは1人で住んでるの?」
「ええ。お恥ずかしながら、ね」
「1人暮らしって恥ずかしいの?」
「いいえ。でも、いい歳になって女で1人暮らしって、なかなか言い辛いの」
「そうかなぁ…、私は羨ましいけど」
「そう。で…、どうしてあなたは泊まる家を探しているの?」
「やっぱさぁ…、話さなきゃだめ?」
「もちろん。宿泊費よ」
「結構シビアなんだね…、はぁ……、お酒頂戴」
「馬鹿言わないで。絶対ダメよ」
「ケチー」
「14歳が何言ってるの」
「ちぇっ…、シオリちゃん、先生みたい」
「コーヒーかお茶なら出せるけど?」
「緑茶ハイ」
「ないわよ。私、家では飲まないの」
「えー…」
「で、うちで何軒目なの?」
「…、いちいち数えてないよ。たぶん、10軒目くらい?」
「自分の家は?ないの?」
「あるよ」
「家には帰らないの?」
「絶対嫌。野宿のほうがマシ」
「泊めてくれる人のところには、大体何泊してるの?」
「バラバラだよ?1日で変えることもあるし、2ヶ月以上滞在したところもある」
「ふーん。つまり、追い出されたら家を出るってこと?」
「まあ、そうだけど…、追い出される前に自分から出て行くほうが多いかな」
「どうして?せっかく泊めてくれる人がいるのに、自分から出て行くの?」
「うーんとね…、私って、何も持ってないでしょ?お金とか」
「そうね。手ぶらね」
「ずっといるとさ、やっぱりみんな、お礼が欲しいって言い出すんだよね」
「それは困ったわね」
「そうなの。何も持ってないから。そしたらね、ちょっと体で奉仕するだけでいいからって言ってくるの」
「…あなた、男性にも泊めてくれって言ったわけ?」
「そりゃ、泊めてくれるなら老若男女選んだりしないよ」
「馬鹿なの?世の中にはね、怖い大人が…」
「もう!分かってるってば~。だから、怖いなって思ったら家を出るようにしているの」
「そう簡単に逃げられるわけないでしょう」
「うん。でもね、今までは逃げられたの。でも、今回は相手が激昂しちゃって…」
「それで?」
「ちょこっと殴られて、ごみの山にぶん投げられた」
「なるほどね。だからあんな所にいたのね」
「なんていうか…、かなり野生的な生き方でしょ?」
「まあ…、ちょっと常軌を逸してるわね」
「だから、シオリちゃんにドブネズミって言われたとき、ちょっと嬉しかったの。しっくりきたから」
「…気に入ってもらえたなら良かったわ」
「みんな、可愛い名前付けるんだもん。私、そんな可愛い名前、似合わないのにね」
「…」
だって、ごみの山にいた汚らしい女の子に、可愛い名前なんて付ける気にならないでしょ…
「あ!シオリちゃん、お腹空いた!」
「はいはい」
私は溜息をついてキッチンに立った。