⑥ワタシのナマエ
深夜まで空いている雑貨店で安っぽい服と靴を買った。
本当だったら、こんなの着せたくはないけれど、この時間に営業している服屋がないから仕方がない。
銭湯に戻ると、彼女はバスタオルを巻いた状態でコーヒー牛乳を飲んでいた。
「全く、暢気なものね」
「あ、お帰りなさい」
「はい。安物だけど我慢して頂戴」
「ええ!?一式買ってきてくれたの!?」
「私も曲がりなりに女だから、泊まるときに必要なものくらいは理解してる」
「お姉さん、優しいね」
「それで…、そのコーヒー牛乳、どうしたの?」
「えっとね、涼んでたら、おばちゃんがくれた」
「なんですって?その人、どこにいるの?お金、払わないと」
「もう帰ったよ。あげるって言ってたし、お金は要らないでしょ」
「そういうわけには…」
「お姉さんは、これ、私にお金請求するの?」
買ってきたものが入ったビニール袋を彼女が掲げる。
こんな子供に請求するわけがない。
「いいえ。これは、プレゼントよ」
「じゃあ、このコーヒー牛乳だってプレゼントよ」
私の口調を真似て、ドブネズミちゃんが言った。
「はあ…、なんか頭痛くなってきた。早く着替えて、家に帰りましょう」
「はーい」
先ほどまでの酔いと、久々に走ったことの疲れと、彼女との価値観の相違で、そうとう精神が磨耗しているようだ。
右のこめかみがズキズキする。
Tシャツにスウェット、ゴムのサンダルをはいた彼女は、先ほどよりかは人間らしくなったけど、かなり無防備に見える。
1人で夜の街を歩こうものなら、たちまち誘拐されそう。
「はー、すっきりした。久々に大きいお風呂に入った」
「そう。それは良かったわ」
隣からペタペタという足音が聞こえる。
誰かと並んで歩くなんて、かなり久しぶりな気がする。
ビンに入ったコーヒー牛乳をチビチビと飲んでいる。
彼女の手が小さいせいで、ビンが大きく見える。
「お姉さんも飲みたい?」
「…、いらない」
「遠慮しなくていいのに」
「甘いコーヒーって苦手なのよ」
「そう?あ、そうだ!お姉さんの名前、教えて?」
「名前…」
ふと、白い手紙に書かれた名前を思い出した。
「シオリよ」
「しおり?」
「そう、シオリ」
「そっかぁ…、じゃあ、シオリちゃんって呼ぶね」
「…、勝手にして」
私が入られなかったポジションに滑り込んだ女。
私が10年以上守り抜いてきた関係を一瞬で超えた女。
きっと酔っていたのだ。
よりによって、アイツの嫁の名前を使うなんて…