④ドブネズミちゃん
一時間ほど滞在して外に出ると、先ほどよりも柄の悪い人たちで賑わっていた。
ちょうど1軒目が終わった時間帯なのだろう。
そういえば、最近、2次会というものに言った記憶がない。
そもそも、会社の飲み会か友人の結婚式くらいしか呑む機会がないけれど。
友達とは疎遠だから、大して話も盛り上がらないし、会社のほうも…、チーフになってから異性の同僚からは一線引かれるし、仲の良かった同性の子は退社していった。
自分というキャラクターを作り上げて、ボロを出さないように呑むことは、どうも神経をすり減らしてしまって…、二次会という気持ちにはなれなかった。
だから、2軒目を探し回る酔っ払いたちが少し羨ましく感じる。
好きに呑んで、好きに話すのだろう。
知らない人になんかどう思われたっていいけど、社内の人や旧友の前では作り上げた私の像を壊す勇気はない。
6月頭なのに、もう夜も暑い。
むしむしするし、すれ違う人たちのアルコールや揚げ物の臭いに気分が悪くなる。
外で飲まなきゃよかった。
カクテルは高いし、飲みなれないお酒はなんか悪酔いする。
「オネーサン」
いかにも夜の仕事してますって風貌の若い男に顔を覗き込まれる。
「あ、やっぱダイジョウブでーす」
目が合った瞬間、去っていく。
「振られた?」
「いや、ババアだった」
「なーんだ」
悪かったですね、風俗店ではもう働けないような歳で。
でも私、そんなとこで働かなくても充分貰ってますから。
なんて、吐き捨てられるわけもなく、ただ岐路を急ぐ。
すれ違うサラリーマン風のおじさんと肩がぶつかった。
舌打ちされた。
なんだよ、マジで。
クソ腹が立つ。
手近にあった大きいゴミ箱を蹴る。
ガンッという大げさな音がして、足先に衝撃が来る。
「キャッ…」
「…え?」
微かだが、女の子の悲鳴が聞こえた気がした。
「ねぇ、誰かいるの?」
薄汚い路地裏のゴミ箱の陰なんて…、猫かねずみ…、あるいはゴキブリくらいしかいないはず。
気のせいかも、と踵を返すと、今度はハッキリと声がした。
「あのっ、ま、待ってくださっ…」
ドシャーっと、女の子が転んで、ゴミの山にダイブした。
うわ…、私だったら吐くかも。
「えっと…、大丈夫?」
「あのっ、泊めてください」
「え、嫌ですけど」
「えっ…、ええ…、お願いします!そこをなんとか!!」
泣きながらこちらに突進して来る汚い女の子をかわす。
ゴミまみれの子なんて、正直触りたくないし、家に上げるなんてもっと無理。
「嫌っていってるでしょ!汚いし…」
「ごめんなさい…」
「…、そもそも、なんでこんなところにいるのよ。危ないでしょ?」
「それはっ…、う、うぅ…」
「ちょっと、泣かないでよ。私が泣かせたみたいじゃない…、はあ…、仕方ないからうちに来れば?」
「いいんですか!?」
「…」
手で顔を覆っていた少女が、パッと顔を上げた。
涙を流していた痕跡はない。
嵌められた…
この子の常套な手口なのかもしれない。