②それでも朝は来た
けたたましいアラームの音で我に返る。
もう、朝なのか…
自分が寝ていたのか、起きていたのかも思い出せない。
それでも、会社には行かなくてはいけない。
せっかく昇進が決まったのだ。
あいつが別の人と結婚したのならば、私は職を手放すわけにはいかない。
仕事場に入ると、すぐに後輩の男の子が駆け寄ってきた。
「チーフ!昇進したって彼女から聞きました!おめでとうございます!」
「ちょ、ちょっと…、それ、まだ秘密のやつだから!あなた、また人事課の子のコネ使ったのね…」
「すみません。俺、うれしくて、つい…」
「ついって…」
後輩くんは、同じ会社の人事課の若い子と付き合ってるらしい。
その子から、色々と人事の内情を聞いて、私に報告して来る。
立派な職権乱用なんだけど…
「俺、チーフのこと、マジですげぇ人だと思ってます!だから、そのチーフが相応の立場に立つことが嬉しいんです!次は俺がチーフになるんですかね?」
「…、そうかもね」
私に権限があるなら、絶対に彼をチーフにはしない。
もちろん、仕事はちゃんとするけど…、どうも口が軽すぎる。
それに、役職なんて、今はどうでもいい。
とりあえず、心にぽっかりと穴が開いてしまったような…、この虚無感をなんとかしたい。
来月でもう、29歳になる。
あいつと結婚する、と信じて4年の間、女性らしいことは何もしていない。
いわゆる喪女のまま、アラサーだ。
とはいえ、29歳にもなって、私情で仕事の質を下げるわけにはいかない。
ただでさえ濃いエスプレッソをさらに濃い目にして飲み下す。
胃がキリキリしたけど、意識はハッキリしてきた。
嫌なことを忘れるために仕事に没頭した。
こういう現実逃避が得意だから、昇進したのかもしれない。
とはいえ、仕事が終わるとすごく疲れる。
重い体を引きずるようにして退社した。
チーフという名ばかりの役職を命じられてから、帰る時間はグッと遅くなった。
でも、給料に手当ては付かない。
それが、マネージャーなんて役職を与えられるんだから…、残業に責任に色々と追加される。
結婚という小目標が見えなくなった今、仕事に専念できるんだから有難く思わないと!
そうやって自分を鼓舞していないと、心が折れそうだった。