⑪紫陽花
「はぁ~…、疲れた…」
「アイスっ、アイスっ」
チョコレートの棒アイスを嬉々として食べるドブネズミを呆れ顔で見下ろす。
なんていうか…、子供と買い物に来て精神をすり減らす母親の気持ちが分かったかも…
アイスコーナーやお菓子コーナーの前を通るたびに「あれが欲しい、これが食べたい」と喚き始める。
根負けして、アイスとお菓子を2袋だけ買ってあげた。
まったく、アイスもお菓子も食べなくたって生きられるのに、子供はどうしてあんなものに執着するのだろう。
「シオリちゃん、ありがと!おいしい!」
「それはよかった」
「シオリちゃんも食べる?」
「要らない」
「ふーん?こんなに美味しいのに」
「…」
「あ!帰りは別の道通りたい」
「いいけど、ちょっと遠くなるわよ?」
「いいの。遠回りしたい気分!」
「はいはい」
普段は最短ルートしか通らないから、いつもと違う道を通るのはどれくらいぶりだろう。
「わぁ!紫陽花が咲いてる」
「本当ね。今まで気づかなかった」
「大きい。これだけ大きいってことは、植えられてからもう何年も経ってるんだね」
「そうなの?」
「うん。紫陽花って、毎年花をつけるんだけどちょっとずつ大きくなるの。ここの土、ちょっと酸性なんだね、綺麗な紫!」
「酸性なの?」
「うん。土が酸性だと花が赤くなって、アルカリ性だと青くなるの」
「へー、詳しいんだね、ドブネズミちゃん」
「お婆ちゃんがガーデニング好きだから、私、ちょっと詳しいよ」
「そうなの。女の子らしくて良いと思うわ」
私なんて、花を育てたことも、もらったことも、買ったことも…、家に飾ったことすらない。
「わ!カエルがいる。あと、かたつむりも!」
「ちょ、ちょっと、捕まえなくていいから」
カエルやかたつむりでテンションが上がるなんて…、小学生男子じゃないんだから…
私は哺乳類以外の動物は見るのも嫌だ。
「あら、こんにちは」
「あ、え、えっと、こんにちは。すみません、ジロジロ見てしまって」
紫陽花が咲いている庭の主と思われる女性が声をかけてきた。
どうしよう…、不振に思われたかもしれない。
「いえいえ。よろしければ、1枝差し上げましょうか?」
「ええ!?そ、そんな、大丈夫です」
「旬がすぎたら、どうせ全部切り落としちゃうので」
「紫陽花って、切った古い枝から新芽が出るんですよね」
「あら、お嬢ちゃん物知りね」
「うん。だからね、1本欲しいな」
「ええ、もちろんよ。ちょっとはさみ持ってくるわね」
庭の主はパタパタと家に戻っていった。
それを見送ってから、私はドブネズミちゃんを小突く。
「ちょっと、あなた少しは遠慮しなさいよ」
「だって、もらえるものは貰いたいじゃん?しかも、この紫陽花、すごく立派だし。お家も華やぐよ」
「そんなこと言ったって…、うち、花瓶なんてないし」
「グラスで代用すれば良いって」
「もう…」
それから、パタパタと戻ってきた女性が、より一層大きな紫陽花を1本切ってくれた。
さらに、新聞紙にくるみ、輪ゴムで留めてくれた。
「すみません、お手数お掛けして…」
「いいのよ。いまどき、花を見て足を止めてくれる若い子なんてそうそう居ないから、嬉しかったわ」
もう一度お礼をして帰路に着く。
だんだんと雨は小降りになり、家につく頃には止んでいた。




