逃げ道を探せ!
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あれ!? あたし今ね、レンガの壁で囲まれた十字路の中心にいるの! 綺麗な正方形。
それにしても高い壁。あたしのジャンプじゃ届きっこなさそ……。あとねあとね、狭いの! あたしが右手と左手をいーっぱいに広げてぴったりくらいの道なの! しかも天井は真っ黒……あたしを不安にしゃしぇたいの!? 地面は硬くて足踏みすると、コツコツカツカツ。
音はあるの、さっきからずーっとね! 音っていうか音楽! あたしこれ知ってるの、フランツ・リストの「ら かんぱねら」よ。ママがよく弾いてくれるんだ! えへへ。おピアノの弾むようなリズムが大好きなの! なんだかちょっとだけ違うみたいだけど、まぁいいや。
あたしはね、どこかわかんないけどここから逃げたいの。孤独って嫌なものよ? いつからここにいるのか分からないんだけど、ここにいたらあたしの命って無いも同然だもの。ママ! パパ!
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目の前の道を仮にAとするわ。他の道も時計回りにBCDね。どの道も地面にペイントがしてある。
Aは手前から交互に黄黒黄黒黄黒。まるで蜂みたいね。ここを進んだら毒針でも飛び出しゅのかしら……。あんまり見ていたくないわ。
Bは縦に三分割されて、右から赤・白・緑にペイントされてるわ。う~ん? イタリア? 「ヴェネツィアに死す」、はは、あたし見たことないわ。「あたし、ヴェネツィアに死す」、ふふ、言ってみたかっただけ。でもこれが真っ先に浮かぶなんて、縁起が悪いわぁ。あ、でもレンガの壁にベル? みたいなのが点々とついてるのよ。ちょっとだけおしゃれね。
くるっと回ってC。手前から横に区切られて緑・白・赤、緑・白・赤……。Bと気持ち似てるわね。ナニコレ? あたしの知識は貧困で、これが何かを導けないわ! この模様、どこまで続いてるのかしら? この先に行ったら何か食べ物がある気がする。いや、なんとなくだけど。でも、あたしの直感って当たらないのよねぇ。
D、Dの床はどうなの!? 天井と同じで真っ黒。あ、待って。下に何か置いてある。小っちゃいわぁ、しゃがまないと見えない。白い紙になんか書いてある、え~っと?
「悪魔に魂を売っただなんて、そんなのあるわけがない。私の――も無視して、全くやつらこそ悪魔に違いないのだ」
???
あたし、これで何が言いたいのか全く分からない。このかすれて読めない一部が読めたら分かるのかな?
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どうしようかしら。私が進むべき道が見えない。相変わらず「La Campanella」は流れ続けてるわ。流石に耳が拒絶し始めてるわね……。
この道って、行って帰ってこれるかしら? 行ってみようかな? だって、行かなきゃ始まらないじゃない?
ええっと、A……はなんだか一番安心感がないわね。よし! Cにしよう。数字に示せばCって3でしょ? 少なくとも私にとってはそうよ。だってCはアルファベットで3番目だも~ん。2は嫌。一番の次って感じが、なんだか悔しいの。だからこそ、3よ!
行くわよ、緑・白・赤模様のC道にレッツGOだぜ!
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あの路で私は何度「Holy Shit!」と叫んだだろう。まるで寿命が縮んでようだ。あの路は……
突然体中が痙攣したかと思えば、川の濁流のごとく水が押し寄せ私をさらうのだ。その次には熱波、灼かれるかと思った。その熱波で良かったのはずぶ濡れだった私の髪や衣服が乾いた、ということ。ある意味新手の風呂だわ。……う~む、どうにも洗濯機というほうが近しいと、思える。
これは荒手すぎて私の心はむしろ汚れを増したと、ぁあ、だれかこの心を洗ってください……
でもそれより、ささやきの方が辛かったのよ。知らない言語でね、それも一つじゃない、多種の言語があった。それがずーーっと私の耳元で何かを囁くの。私は堪らず走った。耳を塞いでわき目もふらず。とにかく走った。でもそれは止むことはなかった。路も終わらない。眼下で緑と白と赤色がひたすら繰り返すあの無常。
やがてその囁きは悲痛な嘆きに変わった。お札を投げて遊んでいる子供が見えたわ。あぁ、お嬢ちゃん! それはね、チリ紙じゃないの。なんでそんなことをしたのかしら? 目の前で見てて、なぜ父親は止めないの?
それでもね、とうとう終わりが来たと思った。どこまでも続いてた路の先に何か見えたから。カーテンみたいだった。それはとっても鈍い銀色で――。私は期待を込めてそれを開けようとした。この先に光があって、人がいて、私の孤独と理不尽な時間は終わるんだって!
……でも、そうはならなかった。フフフ、私の指先が触れるとカーテンはサラサラと崩れていった。途端に歓喜の声が聞えてきた。笑顔、嗚咽。私の気持ちが分かる? その崩れたカーテンの先は、……元居たこじんまりした十字路だったのよ? 私の、…………私の絶望が………………そんなに嬉しいの?
私が十字路が交差する中心に戻ると、その声は止んだわ。完全に止んだ。相変わらずここには「La Campanella」が流れてるのね。大好きな曲なのに、今はもう――――嫌い。
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わしの心は、もう折れていた。まだCの道しか、試していないのに、怖くて、他の道に踏み出せない。現実とは、これのことだ。
普通なら、わしはこの状況の趣旨を、知るはずだろう。
普通なら、行くべき道へのヒントが、示されるはずだろう。
普通なら、わしはここにいないだろう。
ヒントはDの白い紙のメモ。それとこの音楽。そう、こんな単純なことに、ようやく気付いたのは、Cの道から戻ってからだ。不意にこの十字路にいたあの時から、まだ2時間も経っていないはずなのに、どうしてこうも体が重いのだろう。答えが分かっているからこそ、わしは気付かない振りをした。
もう時間がない。悪あがきの一つくらいしないと、ただの老いぼれのまま終わってしまうな。折れた心を再接合。踏ん張るんじゃ、希望を捨ててはいかんのじゃ。そこらのヘタレ野郎とは一線を画す、
そんな私でありたいじゃない!
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ヒントはDのメモ、音楽、道のペイント。Cは外れだ。私が身を以て証明した。音楽「La Campanella」。これはフランツ・リストの曲。彼の国籍はハンガリー、少なくとも心はハンガリーだ。ここに来てすぐはそんなこと間違いなく知らなかった。ヒントは、自分の知識は! 時間と共にノロノロ更新されている……! けれど驚くのは後だ。
そしてCの床はハンガリー国旗を意識したものに違いない。しかし、ここは外れだった。なぜか?
よく曲に耳を傾けた。これは、これは確かに「La Campanella」だ。しかし最初からあった漠然とした違和感。それはこれがピアノではないということ。私はこの曲を元からピアノ曲として知っていたのだ。だから弦楽器で奏でられるこれに違和感があったのだ。曲としても結構違うというのに、幼い私から老いぼれの私になってしまうまでの間、ずっと聞き続けたせいで、これがリストの曲ではないと気づけなかった。
これはニコロ・パガニーニの「La Campanella」だ。
あのメモは死んだパガニーニのメモだろうか? 分からない。私はパガニーニをほとんど名前しか知っていない。
なんでもいい、そういうことにしておく。今ならなんでもこじつけてやる。整合性など知ったことか。この空間で物の合理化がとれないことは、むしろ合理的だ。
で、あるならば。あのメモの先に、Dの道に行ったら? そこは死者の国? 精神を囚われる? パガニーニの世界? どうにしろ悪い予感がする。私の直感、今なら当たるはずだ。生命を賭けて直感を働かせているのだから。
Aの道はどうだ? ないだろう。あの蜂のような警告色は、議論にすら値しない。
Bだ。Bに違いない。「Campanella」とは鐘のことだ。何語かは……知っていない。レンガ壁のベルは鐘をイメージしている、きっとそうなのだ。あとは地面のイタリアンカラー。パガニーニがイタリア人かどうか知っていたら確信が得られるが、知らないものは仕方ない。「ヴェネツィアに死す」、そんな良いタイトルが思い浮かんでいたじゃない。少なくともヴェネツィアに行けるんだったら、それは私の勝利。
賭けに出る決心は付いた。懸命に足を前に。力がかなり弱っている。しかし歩いた。今度は何も妨害してくるものはない。
突然、レンガ壁のベルが一斉に鳴り響いた!
「な、何!?」
もう、勘弁してくれという表情を私は浮かべて、力尽きるように地面に倒れこんだ。
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「リーナ! リーナ!!」
むぅ~、なぁにお母さん。あたしが目をこすりながら目を開けると、お母さんが私を優しく抱きかかえていました。潮の香りがします、シャワーンって波の音も。ここは海なのね?
「あぁ……リーナ! 良かった、心配したんだから!」
お母さんも目をこすったほうがいいよ。そんなに泣いちゃ、前が見えないよ? あ、お父さんも泣いてる。一体みんなしてどうしたのかな?
「リーナ、どうしてこんなところに……いや2日間もどこにいたんだい?」
「えぇ? む~ん、あたし分かんない。でもね、ずーっと『かんぱねら』聴いてた気がするよ」
お父さんは涙を流しながら首を傾げました。泣きながら困るの? 変なの。思わず笑っちゃった!
「あなた、そんなことはいいでしょ。ほら見て、リーナが笑ってる!」
「あぁ、私たちの天使がまた笑ってる。本当に……良かった……」
また泣いちゃった。お父さんは泣き虫さんね。
「最近、頻発してる神隠しに、リーナも攫われたんじゃないかって……。私心配で! 怖くて! もうあなたを離さないからね、リーナ!」
お母さん、そんなに強く抱きしめたら苦しいよ! でも、ちょっと嬉しいな!
史実と異なっていたとしても、この世界ではそれが正解である。私は整合性を取らない。この少女は私が思っていたよりも、希望に貪欲であった。少女の未来に幸多からんことを願う。




