龍笛の調べ
その日は散々だった。
電車を乗り過ごすわ、塾の時間に遅れるわ、授業中、集中することが
できないわ、先生に叱られるわ、いつもの僕ではなかったよ。
これも、すべてアイツらのせいだ。本人らは、デビルドラゴンを
名乗っているが、高校の大三元、大惨龍と呼ばれるヤンキーのお姉さま方の
せいだ。
『厄介ごとに巻き込まれるのは、お前に隙があるからだ。』
祖父にそう叱られるだろうけど、そもそも何故、僕が助っ人として眼を
付けられたのか甚だ不思議なんだよね。
僕が大東流合気柔術を修行していることは、祖父以外、知らないはず。
僕は見た目、モロ、がり勉タイプ。これでも、脱いだら細マッチョで
凄いんだけど、誰も僕が強いだなんて絶対に思わないはず。
これは、きっと神の気まぐれか、悪魔の仕業に違いない。
お祓いをしなければと思い、帰り道、漁港の市場に立ち寄った。
夜遅く、誰もいないので、遠慮なく海に向かって演奏ができる。
肌身離さず持ち歩いている龍笛である。
龍笛は竹の管で作られ、表側に「歌口」と7つの「指孔」を
持つ横笛で、能管、篠笛など和楽器の横笛全般の原型・先祖であると
伝えられている。
龍笛はシルクロードを伝わって、ヨーロッパでフルートになったとも
言われている。 現在では入門用にプラスチックでできた物も存在するが、
僕のは正真正銘、本物。
煤竹製で、上部に鉛を入れ、外側を樺や籐で
巻いたりするなど意匠が凝らされている高級品なんだよね。
内部に漆を塗り重ねるなどの工程で、豊かな倍音と音量が得られる逸品。
指孔が龍の背中、背びれを思わせるほどカッコいい。
これも、祖父から与えられたものだ。
雅楽の楽器の中では広い2オクターブの音域(E5~D7)をもち、低い音から
高い音の間を縦横無尽に駆け抜けるその音色は「舞い立ち昇る龍の鳴き声」と
例えられる。
そう、それが名前の由来となっている。
同じ運指(指使い)であっても、息の吹き方によって、低音である和と
高音である責とに吹き分ける事ができるのが、妙である。
龍笛は古くから貴族や武将に好まれ、堀河天皇や源義経、源博雅などの、
龍笛にまつわるエピソードはいくつも伝えられている。
また、清少納言も『枕草子』の中で、「楽器の中では、笛がとても良い」と
書いている。
こんな話も、幼い頃から祖父に聞かされ、龍笛の修行もさせられた。
悪いことには悪いことが重なるものだ。
僕が、何もかも忘れ、一心不乱に、龍神・倶利伽羅龍の真言をイメージした曲を
演奏していると、秘かに静かに近づく影があった。