神の舞
「え~、嘘~。」「マジかよ。」「何考えてるんだろう。」
誰しも、森 星明が一人では現れるとは思っていなかった。
舞台に森 星明が白の稽古着に黒の袴を着て現れた時、
みんな眼が点になった。顔に疑問符もついている。
最近、新しい彼女が出来たらしい林崎 武にいたっても、
元カノだけに心配で落ち着きがない様子だった。
もしかして、未練タラタラだったりして。
驚きはそれだけではない。森 星明は能面をつけている。
折角の美しい顔が見えないではないか。
これから何が起こるのか期待感が隠された静けさの中、
音楽は何と龍笛一つで始まった。しかも、生演奏で、かなりの
名手である。でも、どこかで聞いたことがあるような・・・。
それは、ダンスではなく、舞。しかも、台詞のない物語だった。
森 星明が大東流合気柔術の達人であることは、みんなには
知られていないが、みんな、華麗で優雅でしかも力強く迫力の
ある舞にうっとりしてしまう。
一人の美しい娘が、一人の若者と出会う。
最初は激しく反発するもの、お互い魅かれ合い、恋に堕ちる。
能面で顔が見えないものだから、女性は自分の顔を思い浮かべ、
男性は初恋の女性の面影を求める。
能面で表情が見えないものだから、よけい表情を想像し、
感情移入してしまう。胸が震えるほどの自らのもどかしく
甘酸っぱい初恋を思い出してしまう。
まあ、僕には関係ないけどね。
会場がシ~ンと静まりかえる中、物語は進んだ。
上手くゆく恋は、恋じゃない。障害は、恋のスパイスと、
誰かが言ってたけど、そんな甘いもんじゃない。
恋人たちは、お互いの家の事情で、別れざるをえなくなる。
それまでと打って変わって、舞が、突然、嵐の如く、
荒海の如く、狂ったかのように激しくなる。
娘の魂の慟哭が聞こえるような気になってしまう。
引き裂かれた悲しみ、辛さ、親への恨み、この世への憎しみ、
相手への思慕が娘の小さな胸からあふれ出し、見る者すべては
切なくて切なくてたまらない。体の底から湧き上がる感情を
抑えきれない。
そして、舞は突然、終わる。娘は、舞台に両膝を着き、
虚空に恋人の面影を求め、両腕を伸ばしながら、静かに
力尽きるところで、舞は終わった。
ピ~
龍笛の余韻が、会場にこだまする。
会場内は、暫し静けさに包まれていたが、歓声と拍手が
超新星の爆発のように沸き上がり、会場内のみんなが総立ちで
森 星明を称える。
立ち上がり、能面をはずし、観客に応じる森 星明の姿は、
もはや神であった。
会場のみんなに応えるために、森 星明の横に龍笛の演奏者も
姿を見せた。予想通り、祖母の奏絵であった。
立ち上がって拍手をしていた僕は、脳裏に閃くことがあった。
ヤバいぞ、ヤバイ。超ヤバイ。
この曲の前半の部分は、祖父が機嫌のよい時に歌う曲だ。
この前、僕が演奏して、奏絵が涙を流した曲じゃないか。
謎が、謎を呼ぶ。誰か、教えてくれ~。




