首筋に噛み付かれる
「ちょっと待て。タンマだ。」
祖父から見えないところまで来た途端、龍美は
座り込んだ。今頃になって腰が抜けたのだろう。
わからんでもないけど、ややこしや~だな。
「やれ、やれ。」
「何だ、その言い草は。うちの御蔭で、命拾いしたのが
わかんねえのか。この馬鹿野郎、変態、助べえ。」
す、助べえって、そこまで言うか。
僕にこんな変装をさせたのは、おまえだろう。
超ムカつく。
「違うだろうが。僕に、お気に入りの武様が、
ぶっ倒されるのを見るのが、嫌だったからだろう。」
「このわからずや。」
僕がそう言った途端、龍美は立ち上がり、思いっきり
僕の足の向う脛に蹴りを入れて来た。
「残念、当たらないよ。」
僕は、余裕でかわす。
「この野郎。」
ムキになった龍美は、これ以上ないエゲツナイ攻撃を
雨あられと僕に仕掛けたが、こんなもの屁のカッパだ。
どれここれも、当たらない。かすりもしない。
疲れ果てた龍美は、とうとう地面に座り込んだ。
女の子特有の両足を逆八の字に開いたやつ。
それだけでない。顔を両手で覆い、肩を震わし、
泣き始めるではないか。
「えっ、えっ、どうしたの。」
心配になって、慌てて屈み込み、肩に手を掛けた途端、
龍美は僕の頭を両手で固定し、キスをしようとする。
今度ばかりは、絶対に嫌だ。
折角、星のビーナスと唇が重なったんだから、このまま、
感触を残しておきたい、今晩、歯磨きは歯だけにすると
心に固く誓っているだけに、必死に顔を捻った。
「痛い。」
龍美は、あろうことか、僕の首筋に攻撃を変えてきた。
喰いちぎられると思ったら、甘く噛むではないか。
「へへ~ん、私が先に手を付けたんだからね。」
誰に向かって言ってんだよ。この馬鹿悪魔は。
「はっきり言う。僕は、君たちの玩具じゃないから。」
「そう、照れるなって。」
「照れてない。」
まったく、腹が立つ。
祖父の言いつけがなかったら、こんな女、ここに
置き去りにして、とっとと帰るところだが、仕方ない。
気を取り直して、境内を出たところ、葵と紅子が
僕たちを待っていた。
「姉さん、無事ですかい。」
「どうなりなりましたか。」
「いやあ~、それがなあ。」
話が盛り上がる三人を尻目に、僕は、ウエンツ、
いやウイッシュ、何でもいいや、頭から取り外し、
女子用の制服を脱ぎすてた。胸の詰め物もね。
「やったあ~、ラッキー」
これで、僕はこの悪魔たちから解放される。
僕の制服を受け取り、素早く着ると、
「さようなら。」とだけ言って、走り出した。
スキップでもしたい気分だ。




