非情の精神にビビる
「元・講道館柔道 白木 龍美」
「大東流合気柔術 森 星明
お互い、名乗りを上げ、遂に闘いの火蓋は切って落とされた。
僕と、武は、今んとこ黙って見守るしかない。
二人は、遠間のまま自然体で立って、動かない。
龍美も、馬鹿ではない。相手が大東流合気柔術と知って、
先に仕掛けることはしない、いやできない。
こうやって向かい合うと、悔しいが相手の境地の高さを思い知る。
龍美は、脳内で、色々仕掛けてみるが、どれも瞬時に返され、
地面に這いつくばる自分の姿が浮かんだ。
背中に、冷や汗が滝のように流れ落ちるが、この緊張感がたまらなく、
嬉しい。現役時代の決勝の試合を思い出し、思わず笑みが浮かぶ。
一方、星明は、只の力自慢のヤンキー娘と思っていたが、
柔道をやっていて、しかもかなりの腕前と知って驚いた。
「私に決闘を申し込むだけのことはあるのがわかりますが、
所詮、私の敵ではありませんね。」
「だったら、証明してみせろよ。高慢ちきの高飛車女。」
これに腹を立てたのかどうかはわからないが、星明から
スタスタと歩いて間合いを詰める。
大東流合気柔術は、当身の稽古もする。
正中線が上下左右にぶれることなく、よどむことなく、
力むことなく、天と地を結ぶように、優雅に歩く。
まったく、隙がない。これは、スゴイじゃねえか。
僕と同じくらいのレベルに達しているぞ。ヤバイくらいだ。
これは、一瞬でも目が離せない。
星明の右手がどうぞ掴んでみなさいとばかりにスウ~と
伸びて来た。龍美が手を伸ばせば届くギリギリの間合いだ。
龍美、偉いぞ。相手の仕掛けに乗らず、じっと我慢している。
ニヤリと笑った星明は、右手で龍美の視界を塞ぐようにして、
左拳で水月、鳩尾を突いた。
大して力を入れてないように見えるが、脱力からの体重移動で
かなりの威力があり、当たれば、呼吸停止、気絶するだろう。
「甘いんだよ。」
龍美は半身をねじって、水月への突きをかわしながら、
右足でローキックを星明の左足にぶち込もうとした。
かなり実戦、喧嘩で鍛えこんでるな。
ローキックとはなかなかの選択だ。龍美も、色々対策を考えたと
思える。今は、ネットで動画とか見えるからな。
「そちらこそ。」
星明が正中線をまっすぐしたまま、ローキックが当たる前に、
神速で踏み込みながら、右手で龍美の顎を上に突き上げながら、
片足立ちで不安定になった龍美の後頭部を地面に投げ込んだ。
入り身投げか。
もろに決まると、気絶だけではすまないくらい危険な技だ。
龍美は、両腕で後頭部をカバーしながら、かろうじて
受け身をとったが、ダメージは大きい。目が虚ろだ。
僕は、正直、残心なんてもんじゃない、上から目線で
龍美を冷たく見下す星明が恐ろしくなった。
顔面に踵を蹴り込む気満々である。
品格の高さはいうまでもないが、技の多様性と合理性、
的確性がハンパない。何より、その美貌に似合わず、
非情の精神がメッチャ怖い。
ぶっちゃっけ、僕は小便ちびるほど、ビビった。
これは僕の祖父と同じくらいの達人に、死ぬほど
しごかれたな。