あの日、龍美と・・・
塾でたっぷりお勉強した後、腹が減っては戦ができぬと、
近くのコンビニで肉まんを買って、食べながら歩いていた。
「僕は争いごとを憎まん。」
ぼやいていても始まらない心寒いだけだ。
その時だった。晴天に煌めく稲妻のように、僕の記憶が
蘇った。
ちょうど、今から二年前。当時、僕は中学三年生。
今日と同じように、塾の帰り、近くのコンビニで肉まんを
買って、食べながら歩いていた。
「強盗、誰か捕まえて。」
後ろから、綺麗な声だが必死な叫びが聞こえてきた。
振り返ると、右腕を三角巾で釣った痛々しい姿の美少女が、
鞄を奪われ、泥棒を追いかけてくるのが見える。
帽子を深くかぶり、マスクをした強盗は、左手で鞄を抱え、
右手に握ったナイフを振り回しながら、こちらに走ってくる。
「どけ、どけ、どけ。」
眼が完全に、血走っている。たまたま居合わせた通行人は、
悲鳴をあげて、両脇に逃げるわな。
祖父の振り回す日本刀に比べたら、こんな強盗のナイフなんか
屁でもない、玩具だ。瞬殺できる。
しかし、祖父には、日頃から、人前では技つかうなと、固く
申しつけられていたので、困ってしまう。
どうする、僕。
強盗も、通行人すべての者には、僕が恐怖心で固まり、
肉まんを口にくわえて、棒立ちになっていると見えただろう。
「キャア~。」
そして、強盗が僕にぶつかり、あたり一面、血の海に・・。
血の海は、固い道路に顔から突っ込んだ強盗によるものであった。
両手がふさがっていて、受け身がとれなかったんだろうね。
可哀そうに、顔面血だらけで完全に気絶している。
ナイフで自分を刺さなかっただけ、マシじゃん。
僕は、とっさに、片膝をつき肉まんを握った左手で頭をカバーしながら、
右手で強盗の両膝を掬って投げたんだよね。
武術の心得がない者には、恐怖心でしゃがみこんだ僕に、強盗が
勝手にぶつかり、激しく転んだように見えただろう。
そう、それでいいなおすけ。
『お手柄、中学生。強盗を捕まえる』
警察に表彰され、新聞沙汰になったら、祖父にどやされるもんね。
鞄が無事、持ち主の美少女の元に戻ったんだから、それで良し。
「大丈夫ですか。怪我はない。」
美少女が、僕の所に駆け寄って来た。
「大丈夫です。肉まんも、無事です。」
「まあ、面白い。」
笑った顔が、すごく綺麗だった。
聞けば、その美少女は高校一年生で、柔道の試合で怪我をして、
その手術代、治療費を銀行から引き出したところを、強盗に襲われたと。
怪我をしなければお金を引き出すこともなかったし、たとえ襲われても
投げ飛ばしてやったのにと、顔に似合わず、強気発言だった。
誰かが通報してくれて、強盗はパトカーに乗せられた。
その美少女は、別のパトカーで送られていった。
そうか、あの時の美少女が白木龍美だったのか。
柔道の有段者の龍美だけは、僕が技をつかったことに気づいていて、
今でも覚えていたのか。
それで、今回の助っ人に眼を付けたのか。
やっぱり、祖父の言う通りだ。人前で、技をつかうんじゃなかった。
認めよう、若さゆえの過ちを。
つい、調子に乗って、美少女の前で、余裕を見せてしまった。
肉まんを落として、怯えたふりをすればよかったのに。
え~い、過去を振り返っても、後悔しても何も始まらない。
僕は、覚悟を決めて、決闘の場に向かった。