祖父は超女嫌い
「只今、帰りました。遅くなってすみません。」
夜、10時を過ぎ、帰宅したが、家の中は真っ暗だ。
人の気配が、微塵も感じられない。
シュッ
暗闇の中、白刃が一閃、背後から僕を襲ってきた。
僕は、前回り受け身を取り、かわしてから、素早く振り返った。
「御祖父様、遅くなったのには理由があるんです。
聞いてくれますか。」
了承の印に、電灯が着けられた。
まったく、僕の祖父は困ったものだ。
時折、修行と称し、こうやって僕を襲ってくる。
僕だからいいようなものの、いくら刃を研いでない日本刀とはいえ、
当たったら、鉄だもの、無事に済まない。打撲ですまない。
骨折か、下手をすれば内臓破裂、危険だ。時代錯誤も甚だしい。
教育委員会に、児童虐待で訴えてやりたくなる。
「おまえ、女の匂いがするな。そこに、座れ。成敗してくれるわ。」
龍美の匂いを感じ取られたのかと慌てた僕は、必死に、塾の帰り、
漁港で会った不思議なご婦人の話をして、話をそらそうとした。
「ほう、おまえの背後をとったとな。
おまけに、倶利伽羅龍の真言を知るとな。
極めつけは、ワシの口ずさむ曲に、肩を震わし涙したとな。
ふ~ん、面妖な。不可思議な話じゃ。」
良かった、喰らい付いてくれた。命拾いしたぞ。
結婚の約束もしていない嫁入り前の娘と接吻したなどと
知られたら、殺される。
まったくもって、祖父の女嫌いには困ったものだ。
町内会の敬老会にいくら誘われても、一度も行ったことがない。
理由は一言、「ワシは女は好かん。嫌いじゃ。」である。
よっぽど、昔、どこかの女に酷い目にあったんだろうな。
それにしても、よくそれで御祖母様と結婚して、子どもつくったよな。
「何か、言ったか。」
僕の祖父は時折、エスパーかと疑うくらい、人の心を読む。
「いいえ、何も。今日は、遅くなったので、もう寝ます。
お休みなさい。」
僕は逃げるように、自分の部屋に駆け込み、べッドの上にバタンと
文字通り倒れ込んだ。
今日は、色々なことがありすぎた。めっちゃ、疲れた~。
明日に備えて、早く寝ることにしよう。
僕は、その頃、祖父が仏壇の前で、祖母の位牌の前で、何やら
語りかけていることに、まったく気が付かなかったのである。