謎のご婦人
パチパチパチ
一曲終気分よく終わったと思ったら、いきなり背後で
拍手が起こった。
振り返ると、いつの間にか品の良い年配のご婦人が立っていた。
年齢は、僕の祖父と同じくらいかな。
それにしても、今だかって、この近距離まで背後を取られたことは
祖父以外ではいなかった。油断できない相手だ。
「お若いのに、とっても感心だわ。かなりの腕前ね。
倶利伽羅龍の真言なんて凄く素敵なんだけど、もうちょっと華やかな、
そうね、ムードある曲をリクエストしたいんだけど、いかがかしら。」
倶利伽羅龍の真言と見破るなんて、やはり只者じゃない。
でもそれ以上に、僕の龍笛の演奏を褒めてくれたので、少し嬉しくなった。
祖父なんか、ちっとも褒めてくれない。
僕は、目上の人への礼儀や敬老精神も、わきまえているつもり。
「ムードある曲ですか・・・・。それなら、こんなのどうでしょうか。」
僕は、祖父が機嫌が良い時や、お風呂に入っている時、口ずさむ曲を
演奏した。僕が秘かに気に入っている曲で、十分心を込めたつもり。
それなのに、ご婦人は拍手してくれなかった。
見ると、レースの刺繍が綺麗な白いハンカチで涙を拭いていた。
何か辛いことを思い出したのか、肩を震わし、とても見ていられない。
「すみません、何か失礼でも。」
「違うの。最近、歳のせいか、めっきり涙腺が弱くなってしまって。
あなたの演奏、胸にしみたわ。」
「そう言ってもらえて、安心しました。」
「ところで、その曲、誰に教わったのかしら。」
「祖父です。機嫌が良い時や、お風呂に入っている時、よく口ずさむんですよ。」
「まあ、ハイカラな方なんですね。一度、お会いしたいものだわ。」
「ありがとうございます。伝えておきます。」
僕は、社交辞令として受け取り、頭を下げた。
「そう、そう、素敵な曲を聞かせてもらったお礼に、一つ教えておいてあげる。
あなたの顔には白刃による危険が浮かんでいる。 十分、気を付けてね。」
「えっ、女難じゃないんですか。ふ~ん、変なの。
まあ、気を付けます。」
不思議がる僕を微笑みながら、ご婦人は遠く闇の中に消えて行った。
足音は、ほとんど聞こえなかった。
倶利伽羅龍の真言は唱えるだけで、龍が集まってくると言われているが、
今のご婦人、もしかして龍の化身なのかな。そんな馬鹿なことないよね。
白刃による危険って、何だろう。
え~えい、考えても、無理、無駄。今日は、早く寝ることにしよう。