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第八話



シェリーは夢見心地だった。


頬を染め潤んだ目で小さな頭を男の肩に預ける様は恋する乙女のそれに他ならない。


侍女らしからぬ煌びやかな髪飾りを身につけた美少女と、これまたどこの宗教画から抜け出してきたのかと思われそうな中性的な美少年……


街中に100人いれば100人が振り返ってしまう……そんな光景にいけないと思いつつも優越感を感じてしまう………


だから気付かなかった。


真人に甘えながら焼き菓子をつついている間に、露店の並びがとぎれ王都の裏路地にさしかかってしまったのを…………






「まだ何か買うものがあるんですか?」




真人の言葉にシェリーはようやく我にかえった。


いつの間にか市場通りからはずれた裏路地に入り込んでいる。


まだ、市の喧噪からそう離れてはいないが早く戻るにこしたことはない。最近の王都は一歩間違うと治安が極端に悪化しているのだ。






「………悪いが戻すわけにはいかねえなあ………」




男の野太いダミ声にシェリーはヒッと短い悲鳴をあげた。




ショートソードを腰に差した傭兵風の男が一人、二人……六人!?


いくらなんでも多すぎる…もしかして最初からつけられていた?




「私たちがハースバルド家縁のものと知っての狼藉ですか………?」




こいつらが無頼とはいえ傭兵ならハースバルド家の威光が効くだろう……




「上玉だと思って目をつけてはいたがよ。その髪飾りといい、そっちの兄さんといい一石三鳥とは旨すぎてこたえられんわなあ………」




シェリーの顔から血の気が引いた。




最悪だ………こいつらは…………






「奴隷狩り……………」




最近王都でささやかれている犯罪集団………


平民はおろか貴族でさえ躊躇なく誘拐し奴隷として売りさばくのだと、恐怖とともに語られていた噂の存在にまさか自分たちが出くわすとは!




「あんたぐらい別嬪ならきっとたっぷり可愛がってもらえるだろうさ。まああまり趣味のよくない金持ちに買われないことを祈るんだな!」




「………しかしもったいないな……オレたちで味見しておくか………?」




ゾワリと鳥肌が立つと共に、シェリーは思わず自分の身を抱きすくめた。


………言葉がでない


いつも冷静で、能弁で、勝気な自分が嘘のように、ただ、震えることしかできない。


奴隷の烙印を押されいずことも知れぬ国の貴族に慰み者にされる自分を想像してしまって力なく首を振る。


誰か助けて…………






ピシリ






世界が凍りつく音がした。




真人の様子の激変に傭兵たちもさすがに気づいたようで遠巻きに様子を窺いながら真人を囲む。




「あまり余計なことを考えるなよ兄ちゃん。生きてさえいれば富豪の色ボケ婆さんに大事に飼ってもらえるかもしれんからな」




「恩に報いるに恩をもってし、仇に報いるに仇をもってす。汝が剣に報いるに剣を受くる覚悟はありや?」




詩を詠うような独特の抑揚に男たちが訝しげに顔を顰める。


もしここに真人の気を見ることのできる人間がいたならば、真人の身体の中で膨大な気が凝縮され、精錬されようとしているのがわかっただろう。


古めかしい言い回しと独特の抑揚は真人の戦闘用のスイッチのようなものだった。




「何言ってやがんでえ………」




「力をもて人を制するは力もて制されるなり。剣もて命を奪うは剣もて命奪われるなり……めぐる因果の糸を恐れぬとあらば我が中御神の戦舞見せようぞ」




「殺れ!」




リーダー格らしい男の一言と同時に六人の男たちが真人に向って殺到した。


彼らも気づいていたのだ。


この男はヤバい。


根拠はない……およそ武の気配を纏った人間ではない……だけど恐ろしい、と。


その直感は正しい。ただし選択が決定的に間違っていた。彼らは感じた恐怖に忠実に逃げるべきであったのだ。




「火行を以って金気を克す、溶けよ」




真人の身体に触れる間もなく男たちのショートソードが溶けて消えた。




「魔術師か!」




驚愕に目を見開きつつもこんどは体術で真人の急所に狙いを定める。


彼らも数々の国の追手から逃げ切り、幾度もの死地をくぐり抜けた1流の傭兵であった。


予想外の事態に陥ってもその行動には澱みがない。


しかし……………




「中御神流陰陽道 戦舞 一番……参る」




それは妖しくも美しい舞だった。


どこから取り出したのか扇子を片手に真人が舞う。


くるりくるりと大小の円を描きながら、はらりと舞い落ちる花びらをすくうように扇子が振られる。




だが、扇子に掬いとられるのは花びらではなく……………首




「ば、化け物め!」




「剣に倒れる気概なくば最初から剣など振るわぬがよい」




再び首が宙を舞う。




それを見てたった一人残ったリーダー格の男は両手をあげて降参の意思を示した。




「あんたには参ったよ。そこでものは相談だが………オレたちが攫ってきた連中の居場所を教えるから見逃しちゃもらえんか?オレを殺したら……そいつらの場所がわからなく


なるぜ……?」




言われてみればそうだった。


大本の誘拐犯は奴隷商人だろうし、この男たちが戻らなければ商人はトラブルの発生を知って今日中にもこの国を去ろうとするだろう。




なんて汚い男………!




シェリーはくやしさのあまりに男を睨みつけるが真人は意外にもあっさりと男の条件を呑んだ。






「案内しろ…………」






ヒュー!と口笛を吹きながら男は雇い主のアジトに向って歩き出す。


そこに躊躇や罪悪感は微塵も感じられない。






………仕方ないのよシェリー。これで攫われた人たちが助かるのなら………!






真人はただ冷めた目で男を見ている。


戦舞は武術ではない………あれは一種の呪踊だ。古神道でいうところの反べいに似ている。


彼らは真人の武術によって首を打ち落されたのではない。己が犯した因果に従って自ら首を差し出したのである。


その呪にかけられた男が、今真人に見逃されたからといって無事に済むはずがなかった。




「ここだ」




奴隷市の中でもひと際大きな天幕を指さして男は目的地の到着を告げた。







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