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第七十三話


メイファンの王城では押しかけた十数人の貴族にシェラがたった一人で取り囲まれていた。

日ごろから思ったよりも自由に操れぬシェラに強い不満を募らせていた彼らだが、それでもこうした実力行使に及んだのにはある理由が存在した。


「殿下ご自身が戦に出られるなどとうてい承服できませんぞ!」


その理由の最たるものはシェラフィータが自らブリストルへ親征することを表明したためである。

首都の奪回から補給を整え、さらにメイファンの治安がある程度の落ち着きを取り戻すまでにすでに三ヶ月以上の時間が経過していた。

その間の国際情勢の変転はおそるべきものである。

一旦はオルパシア・メイファン連合軍に傾きかけた形勢は、ブリストルの精鋭が小国の連合軍を各個撃破してしまったために再び五分の形勢にもちこまれていた。

攻者三倍の法則に鑑みれば、不利なのはむしろ連合軍側とも言えるであろう。

それほどにブリストルの兵と指揮官の質は高く、その士気は天を衝かんばかりであったのだ。

そんな危険な戦場に新たなメイファンの支配者たるべきシェラフィータが参陣しようとしているのを、メイファンの支配層が承服できるはずがなかった。


「………貴殿たちはいつから私に命令できるようになったのか?」


シェラの抑揚のない冷たい声音は見た目の愛らしさからは想像もつかぬほどの圧迫感を与えずにはおかなかった。

彼らの無意識は己の生存本能のおもむくままに必死に主に対して危険を訴えていたのだが、残念なことにそれが彼らの意識の表層にのぼることはないようであった。


「殿下はもはや殿下一人のものにあらず、国家の柱石としての責任をどうかご自覚ください」


一見シェラの安否を気遣うように見えても彼らの真意は違う。

シェラは今後のメイファン支配には欠くべからざる御輿であり、しかも幼く国家を運営した経験のない非常に扱いやすい存在であるはずであった。

少なくとも彼らはそう受け取っていた。

しかも彼らにとって幸いなことにシェラは女性の身でありその夫には国王となるべき資格が与えられるのだ。


ここで真人がブリストルへ出征するのは彼らにとってまさに千載一遇の機会であった。

真人への一途な想いを隠そうともしないシェラではあるが、そこは所詮は幼い娘である。

流浪の生活を強いられ王族らしい贅沢もできなかった彼女たちに、いかにも貴族らしい洗練された楽しみを植えつけてやればいかに英雄といえど貴族としての気の利かない

朴念仁な真人などには見向きもしなくなるだろう。

それが彼らの都合のよい予想であった。


だがシェラが戦いの場に同向するとなれば彼らの計画は水泡に帰してしまう。

無論彼らの中にシェラとともにブリストルと戦おうなどという気概はなかったし、何よりメイファン王国の血脈が途絶えてしまうということは彼らにとって最大の恐怖であったのだ。

なんとなれば王族なきメイファンはオルパシア王国に併合されてしまう可能性が高いためであった。

仮にシェラを失ったとしても確かにプリムローゼが残されている。

しかし為政者として表舞台に立つシェラと役割を分担するように、プリムは神殿内で巫女としての役割に傾注していたために彼らにはひどく手を出しにくい状態にあった。

大貴族といえども神域への立ち入りは巫女の許可がないかぎり決して許されないからだ。

彼らが徒党を組んでシェラの出征を妨害するのはあまりにも当然のことと言えた。


「ストラトの神官に対抗できるものはカムナビの巫女たる私しかおらぬ。それよりともに出征してメイファンの勇を示そうというものはおらんのか?」


もちろんそんな無謀な勇気の持ち主が彼らの中にいるはずもなかった。

ブリストルの圧倒的な武力の前に恥も外聞もなく逃げ出して命ながらえた者たちである。

わざわざブリストルの矢面に立とうなど思いもよらない。


「戦いは武人に任せられませ。素人が戦に手を出すことは何もせぬより性質が悪いと申します」


確かに言っていることは事実であった。

かつてのメイファン軍は現場を知らぬ貴族指揮官によって十分な力を発揮できずに壊滅してしまったからだ。

もっともどの口でそれを言うのか、とはシェラでなくとも言いたくもなるだろう。


「………私はこれ以上議論をするつもりはないぞ」


「何と言われましても殿下が戦場に出られるのは必ずやお止めしてみせますぞ!」


すでにシェラの側近は締め出してある。

メイファンの宮廷内においてシェラの味方は実のところ驚くほどに少なかった。

やはり宮廷政治においては長年の縁故と賄賂がものをいうものなのだ。

非力な娘一人拘束することなど彼らには造作もないことであった。


だからこそこれがシェラの最後通牒であることに彼らが気づくことはなかった。

普段のシェラを見る限り彼女は決して暴君ではない。

建前だけでも彼らが忠臣を演じるかぎり無体な実力行使に出ることはあるまい、と彼らは高をくくっていたのである。

それが致命的な誤りであることにも気づかずに。


「………神意に背くものには天罰がある。私は何をされようと拒まぬ。私を止めることがカムナビの天意であると思うものは止めてみるがいい」


巫女としての法術が使えなければシェラは華奢で非力な少女にすぎない。


「ご無礼仕る………!」


好機と見て取った彼らは実力でシェラを拘束するべく手を伸ばした。

シェラが自ら容認している以上彼らにも遠慮する理由はない。

ここでシェラを半ば監禁して手中に収めることが出来れば彼らの王国支配は半ば成ったようなものであった。



「不実な者たちよ!余は巫女ほどに優しくはないぞ!」



彼らが気づいたときには遅かった。

よく考えれば実力的に巫女に手出しできる力が彼らにあろうはずかなかったのだ。

神の怒りに満ちた声が耳朶をうったと思うまもなく、彼らは時の牢獄で全身を焼けつくような苦痛に苛まれることになった。


糸が切れた人形のようにクタリと十人を超える貴族たちが崩れ落ちる。

それに要した時間はほんの数秒に過ぎなかったが、彼らの体感した苦痛の時間は実に半日を超えるものとして肉体に認識されていた。

あまりの苦痛に骨の髄まで恐怖を刷り込まれた彼らにはもはや満足にシェラと視線を合わせることすら出来ない。

ようやくにして彼らは理解していた。

無力な小娘に見えた巫女は、無力どころかとうの昔に彼らの死命をその掌中に弄んでいたということに。


「………もうよろしいでしょうね?私が真人様の傍にいってしまっても」


口の端だけを釣り上げて嫣然とシェラは嗤った。

倒れ伏したまま壊れた人形のようにコクコクと首を振る貴族たちを傲然と見下ろしながら。




遅れてシェラを救出するために衛兵を引き連れて現れたハイデルは涙と涎に醜く顔おを濡らす貴族たちを前に不覚にも同情の念を禁じえなかった。

彼の主は美しく儚げな見かけにもかかわらず、敵と定めた人間に全く情け容赦をしないことを彼は十分に知っていたのである。


「…………早まったかな………」


君主としてのシェラに不満などないが、上司とするには一抹の不安を禁じえないハイデルであった。







オルパシア・メイファンの連合軍は援軍を加えてもその総数は三万をやや超す程度にすぎない。

逆にブリストル帝国は軍事大国の名にふさわしく、各地で損害を重ねたにもかかわらずなお四万以上の兵力が健在であった。

それどころか年齢の制限なく最大限に動員することが許されれば、その兵力はたちまち十万を超えるであろう。

それをしないのは彼らが自らの武に対する自信を失っていないからだった。


しかし小国たちを蹴散らして安定しつつあるとはいえ国境の兵力を完全になくすわけにはいかない。

オルパシア・メイファン連合軍を迎え撃つべく首都に集結した兵力はおよそ三万余。

期せずして連合軍とブリストルの兵力はほぼ同数で拮抗していたのである。



「………さて、それでどう戦う気だい?真人」


ディアナは豊かな胸を真人の背中に押し付けながら甘えるような声で呟いた。

傍目からは甘えている以外には全く見えなくとも言っていることはおそろしく重大である。

なぜならディアナは現在の連合軍の戦力ではブリストルに勝てないことを知り尽くしているからだ。

ケルドランの城塞で使ったような天変地異を使用することは地形的にほとんど平野部であるブリストル中央部では不可能に近い。

しかも真人を精鋭をもって拘束することが不可能でないのはケルドランの戦いで実証済みであった。

同様の条件で戦えば連合軍は間違いなく敗れる。

ディアナはそのことを言っているのだ。


「ストラトの司祭はシェラとプリムがある程度抑えてくれる。それに同じ兵力なら彼らは野戦に打って出る………それが付け目さ」


ブリストルの強兵ぶりは主に野戦で発揮されてきたことを真人は知っている。

常に攻勢戦略をとってきたブリストル兵には城壁に拠って長期戦を戦ってきた経験がほとんどといっていいほどないのだ。

士気の維持が困難な長期戦を戦うことが出来るのは一部の精鋭たちだけであると言えた。

つまり、勝算さえ立つならばブリストル軍が野戦によって連合軍の撃滅を図るのは明らかなのである。


「野戦になったから勝ち目があがるってわけでもないと思うけどね………」


ディアナの見るところ野戦でブリストルと戦えばむしろ勝率は低下するように思われた。

メイファンの弱兵はいまだ解消されたわけではなく、オルパシア正規軍もブリストルと正面から争うには練度が不足していた。

さらには兵の質もさることながら野戦のダイナミズムに対応できる指揮官が連合軍には決定的に不足しているのをディアナは危惧していたのである。


「もちろんまともに戦う気はないよ。詐術に近い手だけど………やらなきゃ負けるんだからしょうがない」


個人としても戦士としても、真人が正々堂々たる漢であることは疑いない。

しかし指揮官としての真人は正々堂々とはほぼ対極に位置する人間であることもまた確かであった。

中御神の家で学んだ孫子に曰く、兵は詭道なりということを真人はその身に染みて叩き込まれていたのである。

万を越す兵を預かる以上、被害を極限するためには手段を選ぶ必要を真人は認めていなかった。


「………楽しいねえ………あたしは戦場に立つたびに真人に惚れ直しちまうよ…………」


傭兵であるディアナにも正々堂々などという言葉はない。

勝って生き残ることこそが傭兵にとっての正義であった。

だが傭兵としてのディアナではなく一人の女としてはまた別の意見がある。

強さ溺れず己を律するだけの掟を持った人間――――そんな人間をディアナは真人とフィリオ以外に知らなかった。


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