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第七十話



いかにオルパシア・メイファン連合軍が行動を急いだにせよ、メイファン王国の解放が軍の歩みを拘束することは避けられなかった。


王都バルバリアを解放しただけではメイファン王国を掌握したことにはならないのだ。


なによりブリストルの荒政はメイファンの地方行政組織を根幹から失わせようとしていただけに、困窮した外縁部の領民を救済し新たな行政機構がその場しのぎであっても


稼動するまではとうてい軍を動かすことはかなわないのであった。


軍というものはただ移動するだけで領民に負担を強いるものだからである。








「さて、どう出るのかね敵さんは………」




ディアナはケルドランで疲弊した傭兵部隊を再編し、新兵を合わせた教練に余念がない。


自国領内を決戦の場としたブリストル軍の強さは、これまでの数倍を優に上回ることは確実であった。


ただでさえ強兵をもってなるブリストル軍が地の利を得て、同胞を守るという士気に燃えれば苦戦はさすがのディアナをもってしても免れない。


それでなくともディアナと真人が率いる兵数は決して多勢というわけではないのだ。




しかし全く悪いことばかりではない。


北から南から同盟軍がブリストルに迫りつつあるからある程度はブリストル軍も疲弊を余儀なくされるであろうし、シェラのもとに降った共和国軍を戦力化する猶予も


与えられるからだ。


それに連戦で疲労した軍を休ませるにはちょうどいい機会であるとも言えた。




「ま、お嬢ちゃんはせいぜい苦労するがいいさ」




つかの間の平和は兵は英気を養うには十分だが、そうした休養とは正反対の立場にシェラがいることをディアナは正確に承知していた。














「………もう一度言ってみなさい」




凍気が室温を五度は引き下げたかに思われた。


いや、気配に敏感な者ならあまりの冷気に凍えそうなほどの震えを感じたであろう。


しかし残念なことにシェラの目前にいる男はそうした察知力をどこかに置き忘れてきたかのようであった。




「殿下が戦場に立つなどあってはならぬことですぞ!もはやメイファンの王家の血脈はシェラフィータ殿下とプリムローゼ殿下しか残されておらぬのです!


いや、そもそもわがメイファンの血脈にどこの馬の骨とも知れぬ男を入れること事態が………」




「ならばお前が戦ってメイファンの優位性を証明してみせなさい。もちろん最前線で」




メイファンという国家が仮にとはいえ自らの手に主権を取り戻したことで、諸外国や辺境に身を潜めていた貴族たちがこのところ大挙して帰国しつつあった。


さすがに王族が発見されたという報告はないが、もしも王族の生き残りがいたとすればそれはメイファンの勢力図に深刻な影を投げかけたであろう。


目の前の男もそうした貴族の一人でステーリア伯爵という。


親戚筋の商家に匿われていたらしく、偶然にも貴族狩りの追っ手にかからずに住んだのだ。


なんらメイファンの解放に功績のない彼らが異口同音に唱えるのはメイファン王国の自決と異国からの干渉の排除なのは当然である。


オルパシア王国とシェラに付き従った身分の低い亡命者達が体制の主軸となれば彼らは疎外される運命を免れない。


そうであるならばかつての栄光と長年の縁故を主張することだけが彼らに残された最後の手段なのは当然というべきだろう。


だがその発言が真人との婚約の事実にまで及んだのは取り返しのつかない失策であった。




「………な、何をおっしゃられる………?」




ステーリアはようやくシェラの纏う空気が一変していることに気づいた。


もっともそれは一変していることに気づいただけであり、そこで氷雪の女王が生贄をもとめて舌なめずりしていることにまではとうてい気づくことはできなかったのだが。




「貴方とほかの亡命貴族を中心に挺身連隊を設立いたしましょう。貴方がおっしゃるようなメイファンの誇りと優位性を戦場で証明してくださることを望みます」




「わ、わたしに一兵卒の真似事をしろとおっしゃるのか!?」




ステーリアは絶句した。


そんな勇気があるならばメイファンの解放まで逼塞していたりはしない。


メイファン貴族の重鎮たる自分が自ら槍をとって戦うなどステーリアの想像の埒外であったのである。




「オルパシア王国の英雄を馬の骨と断じる貴方のことです。きっと目を見張るほどの戦果をもたらしてくれるでしょう。期待していますよ」




もう用は済んだとばかりに軽やかにシェラは右手を打ち振るった。




「神殿に戻ります。今日の面会はこれまでとさせていただきましょう」












「よろしいので………?」




そう言いつつもハイデルはそう簡単にシェラの怒りが解けるはずがないことを確信していた。


真人との婚約を撤回させ、旧メイファン貴族の者とシャラを結婚させようとする勢力はこのところ大きくなるばかりであった。


その勢力のほとんどは旧貴族と現在の行政官僚たちによる。


軍部と民衆のなかでこそ真人の支持は絶対的であるが、だからこそ既得権益を狙う者たちにとって真人は排除しなくてはならない障害なのであった。


彼らにとって組織の枠組みに収まらない英雄は忌避すべき何かであるのだから。




「明日には体調を崩して引きこもるのが関の山です。戦場に立つ気概のあるわけがないでしょう」




いい加減にして欲しい。


シェラは嘆息せずにはいられなかった。


覚悟はしていたが、やはり為政者の座は決して安楽なものではありえなかった。


シェラの掌握している将兵には行政官が完全に不足していたために、行政組織を立て直すためには現行の行政官の協力が必須であったのだが、その多くは


ブリストルの暴虐を座視した者達であり、むしろブリストルから民を守ろうとした気骨の持ち主はすでにその多くが命を絶たれてしまっていたのである。


国のために命を投げ打つ気概もなく、ただ己の地位に恋々として既得権益にしがみつく魑魅魍魎との戦いからシェラは始めざるをえなかったのだ。


さらにそうした行政官と癒着していた旧貴族の帰還が混乱に拍車をかけていた。


直接的な武力をもたない彼らは互いに手を取り合い、まずメイファンの主体であるシェラとプリムを懐柔することで自らの権益を図ろうとしていた。


そんなことで真人とシェラたちの絆が裂けようはずもなかったが、彼らにとってシェラとプリムはまだまだ年端の行かぬ小娘という認識でしかなかったのである。




「早く真人様に会ってこの不快さを拭ってもらわなくては」




ところが実際のところシェラは彼らが思うような小娘どころか狡猾な女怪といってよい人物であった。


すでにシェラの頭の中で彼らをいずれ排除する青写真は出来ているのだ。


所詮安全なところから陰謀をめぐらすことしかできない彼らにシェラに対抗する実力はない。


そもそも神の加護を取り戻した巫女姫にはほぼ一切の実力行使が不可能と言える。


シェラが真人への愛情を失わぬ以上、これ以上の干渉はマイナスにしかならぬことを彼らは知るべきであった。


手遅れかもしれないが………。




「ウフフフフフフフ………」




サディスティックに微笑むシェラをハイデルは痛ましいものでも見るようにかぶりを振っていた。




…………あの純情可憐であったシェラフィータ様が…………




どうもこのところ黒い妖気をまといだしたシェラがおそろしくも哀れである。


少なくともシェラが望んで黒化しているわけではないことは、日頃シェラの副官を務めているハイデルが一番よく承知していた。




「今日はあの年増もいないしクーデレの副官もいない………プリムには悪いけれど今日こそは一線を超えて見せるわ!」




………いや、もしかするともともと黒かっただけかもしれない。




渇いた笑いを浮かべてハイデルはうなだれるしかなかった。














「ただいまっ!真人様!」




神殿の一室にあてがわれた真人の私室にシェラが飛び込むと、そこには予想外の光景が広がっていた。




「………ちっ……思ったより早かったわね………」




「ル、ルーシアさん!貴女がなぜここに…………!」




真人の肩に頭を乗せ完全に身を委ねきったルーシアが、最終的に真人とどのような行為に及ぼうとしたのかは明らかであった。


すなわち、シェラの隙をついての抜け駆け…………!




「ハースバルド家騎兵二百、これよりお世話になるわ、シェラ」




どうやらオルパシア王国の内乱がひと段落したことで送り出された援軍ということらしい。


もちろんルーシアが熱烈に志願したであろうことは想像に難くないのだが。




ギリリ……と歯を食いしばってシェラはかろうじて声を絞り出した。




「それは心強い援軍でございますわ。遠路はるばるご苦労様です。長旅の疲れを癒すために湯浴みと最上級の寝室の用意をさせましょう」




「悪いけど湯浴みは済ませたわ。あと、今日は真人と一緒に過ごすつもりだから」




ピシリ




空間に走る亀裂を真人は幻視した。


事態が最悪の方向に進みつつあることを承知しながらも、真人はそれを阻む有効な手段を考え付かずにいたのである。


げに恐ろしきは女の情念なのであった。




「………そのような振る舞いハースバルド伯爵がお許しになりましょうか」




シェラは切り札を切ったつもりであった。


堅物であるハースバルド伯爵は娘が真人を伴侶とすることを望んでいないフシがある。


オルパシア王国の軍事の要であるハースバルド家の一人娘が他国の王に嫁ぐということは国際政治上おおいに問題であることは確かなのだ。




「ああ、お父様から婚姻の了承はもらったから」




「なんですって!!」


「なんだって!」




「…………どうして真人まで驚くのよ」




…………ハースバルド伯爵………あなただけは常識人としての見識を持つお方と思っていましたのに!




もちろんルーシアが真人のもとに嫁ぐことに関しては多くの異論が存在した。


しかしよくも悪くも真人という存在はこのアヌビア世界であまりに大きくなりすぎていた。


戦後を見据えたうえで、真人と敵対関係に陥ることだけは絶対に避けなくてはならない。


このままメイファン国王の座についたとしても、オルパシア国内に真人の親派は数多いのである。


また巨大になりすぎたオルパシア王国への諸国の警戒を解くためにも、メイファン王国との強調は欠かせぬものであった。


アルハンブラ王の王女を嫁がせるという意見もないではなかったのだが、こればかりは国王と王女の双方が一致して反対した。




「ア、アリエノールにはまだ早すぎる!」


「どうして妾があんな女ったらしに嫁がねばならぬのじゃ!」




そして結局のところアナスタシアとルーシアが嫁ぐことが本人の希望どおりに了承されたのだ。


政治的状況が許すのであればハースバルド伯爵といえども娘の恋を適えるのにやぶさかではなかった。


何より真人はハースバルドが知るかぎり最上の武人であったからである。






「んん~~真人、これからはずっと私が傍にいるからねぇ!」




勝ち誇るようにルーシアはシェラに視線を送った。


武官であるルーシアは四六時中真人と行動をともにすることが可能だが、メイファンの実質的指導者であるシェラにはそれが出来ない。




「ハイデル………この泥棒猫をつまみ出しなさい、可及的速やかに」




抑揚のない声音にハイデルは不幸にも冷や汗をかきながら首を振ることしか出来なかった。




……………真人様何とかして下さい!


……………すまん、オレにはムリだ!




漢達の熱いアイコンタクトも悪化する状況には何の力にもならなかったのである。








「「真人様!!」」








………こうなることはわかっていた。


諦念とともに真人は運命を受け入れた。






「「今夜はどちらちと過ごすおつもりですか??」」






「あはははは…………」






渇いた嗤いとともに、真人は禁じられた術を解放することを決意していた。







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新作 元社畜が異世界でホワイトな生活を営むために四苦八苦。幸い土魔法のチートをもらったものの、人間不信な主人公松田毅は、絶対に裏切る心配のない人造人間に心惹かれていく……。 なにとぞご愛読のほどお願いいたします! エルフに転生した元社畜は人造人間を熱望するか?
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