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第六十九話



メイファン・オルパシア連合軍がメイファン王都バルバリアへと達するのにはさらに一週間近い時間を必要とした。


周辺住民のサボタージュが活発化してきたためである。


二万という大軍を擁する連合軍にとって、非協力的な住民のもとでの補給活動ほど労力の大きいものはない。


決して戦力的なダメージを受けたわけではないが、連合軍は物心両面から少なからぬ疲弊を余儀なくされていたのであった。




「全く………厄介なもんだよ………」




ディアナとしてはため息をつくより他はない。


出来うることならこんな土地は投げ出して、直接的な敵であるブリストルとの対決に備えたいところだ。


もちろんメイファンを再興するという政治的効果や、その後の戦力化を考えた場合、今メイファンを手中に置くという方針は変えられないのだが、


こうした国民全体を敵とするような戦はディアナのもっとも嫌うところなのだった。




おそらく戦って勝つことは難しくないだろう。


メイファン兵は自他ともに認める弱兵であり、バルバリアはケルドランほどに難攻不落の要塞と化しているわけではない。


城門を打ち破ればそれだけで決着がついてしまうこともありうる。


だがその後が問題であった。


バーデルベス率いるメイファン共和国軍は、数を大きく膨れ上がらせたとはいえ本質的には不正規兵の集まりである。


つまり戦いは王都を占領してからが本番になるのは明らかだ。


しかも不正規兵を相手にする場合に誤って無実の民を殺害してしまうという事件を確率的になくすことは不可能だった。


それによってメイファン国民の対オルパシア感情はさらに悪化することであろう。


泥沼の消耗が連合軍を待ち受けているといっても過言ではない。


シェラフィータという切り札が効果を発揮することなくば十中八九そうなる、と言ってもよかった。




「やはり………失った信頼というものを取り戻すのは難しいですわね…………」




顔色ひとつ変えてはいないが、ディアナにはシェラがひどく落ち込んでいることがわかっていた。


この娘にしては甘いことだが、どうやらいまだにバーデルベスと和解することをあきらめきれずにいるらしかった。




「人は誰にも譲れないものがあるのさ」




そう、自分たちが決して真人を譲れないのと同じように………。








わかっている。


バーデルベスの不信を解くにはシェラではあまりに実績が無さ過ぎるのだ。


これがカニンガムのようにブリストルとの抗戦やそれ以前からの国政に対する姿勢などが明らかであればまだ交渉の余地はあったかもしれない。


しかしシェラには奴隷の身分に落ちながら真人によって救出され、オルパシア王国貴族の重鎮となった真人の伴侶となった以外にこれといった事跡がなかった。


先だってのケルドランの戦いではメイファンの指揮官として非凡な輝きを見せはしたが、それは真人が放つ圧倒的な輝きの前には真昼の月よりもはかない輝きに過ぎなかった。


バーデルベスにとってシェラはいまだに真人に踊らされているだけの傀儡の小娘に過ぎないのだ。




だが、だからといって簡単にあきらめてしまうには大きすぎる覚悟をシェラは必要としていた。


実のところ現在の戦局を一変させてしまう切り札がシェラにはある。


しかしそれを使ってしまってはシェラはもはや今までのシェラに戻れぬ可能性が高かった。


それほどにこの切り札は諸刃の刃のような危険性に満ちたものであったのだ。


シェラにとっても、国民にとっても。




―――――志は同じだというのに、ままならぬもの




民を守れぬ王に王たる資格はない。


また民を犠牲に自らの利益を図った為政者には罰が必要だ。


そういうバーデルベスの主張にシェラも特に否やはない。


シェラも、今後旧貴族がいくら擦り寄ってこようとも、かつてと同じ権利を決して認めるつもりはなかった。


貴族の数が激減した今、メイファン王国は王と官僚を中心とした中央集権国家に生まれ変わるべきなのである。


当然王として君臨するのは夫たる真人でなくてはならなかった。


これは戦後、オルパシア王国があまりに大きな力を得て周辺各国に強圧的な態度をとらぬようするための手段として絶対に必要な条件だったのだ。




メイファン王国の解放と、ブリストル帝国の滅亡。


この大陸の歴史を揺るがす大事が二つながらオルパシア王国によって達成されたということになれば、オルパシア王国は大陸で唯一の超大国になることが可能だ。


少なくとも五大国のひとつであるブリストル帝国を併呑すればそうなる可能性は高かった。


だが、その功績の大部分をメイファン国王たる中御神真人が担っていたということになれば現実は変わる。


ブリストルの分割にメイファンが介入することでメイファン王国は新たな五大国のひとつとして再起し、大陸に新たな秩序が誕生することになるだろう。


それもこれも真人の絶対的な武がなくしては成立するはずのない空想であった。


バーデルベスを首班とするのは戦後政治を見据えたうえで決して認めることの出来ぬものなのだ。




それでなくともバーデルベスには国を動かす政治力がない。


清廉さと人望だけで国の首班となることは、それだけで国を危うくする悪となることをシェラはよく知っていた。


なんとなればシェラの父も枢機卿として人望にだけは厚い男であったからだ。


指導者としては無能のそしりを免れぬものであったが。




「現実と理想が対立するときは必ず現実を選択しなくてはならない。理想を語るものは現実と理想が対立しないだけの強さを持たなくてはならない………。そうでしたわね、お父様」




在りし日父が哀しそうにそう呟いていたのを、シェラは深い哀しみとともに受け止めていた。


シェラは真人に生きる、ということを強要している。


いつ死んでもよいというかつての真人の生き方は、尊いように見えるが実は死んだ後の問題を放棄している。


生きているということはただそれだけで尊いのだ。


しかし生きるために力と犠牲が必要なことも、この悪しき世界の真実というものなのであった。














「異国の兵たちに屈するな!メイファンの誇りは決してオルパシアの下に着くことを認めぬ!」




バーデルベスの熱弁に王都の民は歓声をあげていた。


やはりあのブリストル軍を追い払ったという実績が、バーデルベスを大きく後押ししていたのである。


さらに食料や武具が極秘裏にブリストルから無償供与されているという事実も見逃せない。


それなくして二万に膨れ上がった共和国兵をこうして戦力化することは不可能であっただろう。


だからといって簡単に連合軍に勝利できるなどとはバーデルベスも考えてはいなかった。


おそらく戦いが始まれば早々に城壁は突破され、市街戦となることは目に見えている。


だがオルパシアという新たな敵を迎えた今、王都の民もメイファンという国を守るためにむしろ率先して戦うべきだ。


バーデルベスは自らの正義を全ての民が進んで受け入れてくれることを露ほどにも疑っていなかった。




「閣下、市街での遊撃部隊、全て配置に着きましてございます」




「うむ」




バーデルベスは市街戦に引きずりこんだ連合軍を王都の各所で同時に火を放つことにより殲滅するつもりでいた。


そのための民の避退はすでに完了している。


戦場区画から遠ざけるという布告によって王都の民は中心から東よりの区画に集められていたのであった。


オルパシア王国にとっての主敵は間違いなくブリストル帝国である。


ここで甚大な損害を蒙れば本来の主敵であるブリストルとの戦いに備えてメイファンへの介入をあきらめる可能性は高い。


バーデルベスは味方の損害に構わず連合軍に出血を強要するのに躊躇するつもりはなかった。




「さあこい、愚かな王族の末裔よ。世界は貴様の思うようにはいかぬということを思い知らせてやる!」




メイファンを食い物にしながら、あっさりと民と国を見捨てた王族。


血の涙に明け暮れる民を見殺しにした愚かで無力な巫女。


いずれにしてもこメイファンの統治者には相応しくない。


誓って奴らは民の総意によって打ち倒されるべきなのだ。














「さて、どうする真人?真人が魔術で城門吹き飛ばせば勝つのは難しくないと思うけどね」




意地の悪い質問だ、と真人は思う。勝つのは難しくはないだろうが、ただ勝つだけでよいなら誰も苦労はしない。




「それで勝つのにどれほどの犠牲が必要ですか?」




ディアナは真人が事態を正しく洞察していることを理解して相好を崩した。




「まあ、少なくとも五千は持って行かれるだろうね」




そしてバリバリアの民の損害は老若男女を含め数万に達するであろう。


それはメイファン全土の国民を敵に回すことと同義であった。


今後ブリストルとの決戦を控えた連合軍が許容してよい損害ではないのは明らかである。


つまり現時点での正面決戦は下策であるということだ。


不正規戦でしかまともに戦えないような敵を相手にするにはやはり攻囲持久戦を戦うのが合理的というものであった。










「……………今、ムダに時を過ごす余裕はありません。今こそカムナビの巫女としての勤めを果たすことにいたしましょう」




悲壮なほどの決意とともに、薄絹であつらえた巫女装束に身を固めたシェラフィータが進み出たのはそのときだった。


シェラがいったい何を決意しているのかということを、ただ真人だけが熟知していた。




「………シェラ………人以上のものになるためには決意以上の何かがいる。君にそれはあるのかい?」




人外の武力を手にした真人にはわかっていた。


なんの犠牲もなしに力が手に入ることはない。そして手に入れた力はただそこにあるだけで持ち主に負担を強いるのだ。


覚悟だけでは足りない。力に押しつぶされることなく生きていくためには絶対に覚悟以上の何かが必要だった。




「不安がないわけではありません………それでもきっと後悔はしないと信じています。真人様と共にあるためですもの」




人以上の何かとなって真人を守る一翼となる。


大きすぎるその力が負担になったとしてもそれを喜びこそすれ厭うことはありえない。


今シェラに必要なのは、その負担に負けないだけの覚悟を固めることだけなのだった。




「プリムだってお姉ちゃんを助けるもん!」




もう一人の巫女たるプリムも姉の決意を本能的に感じ取っていた。


姉はメイファンの指導者以上の何かになることを決意したのだということを。








「言祝ぎ」








両軍の戦意が渦巻くバルバリアの上空に、七色の輝きとともに天上の美神が降臨した。


















「長らく苦労をかけたな、わが民よ」




寂として言葉もない。


王城のそこかしこにレリーフとして刻まれたままの見慣れた姿がそこにあった。


それはメイファンの守護神カムナビの姿にほかならなかった。




「異世界へ追放されてよりこの永きときを見守ることができなかったことをここに詫びよう。しかし、余は再びこのアヌビアへ、わが子らのもとへと帰還を果たした。


余の加護はカムナビの巫女の名の下に、あまねくこのメイファンの民へ与えられるだろう」




大陸で唯一守護神の加護がないという汚名はもはや過去のものであった。


そうと気づいた瞬間、民たちの間で歓呼が爆発した。


信仰心の薄いメイファン国民だからこそ、心の奥では確かな信仰のよりどころを求めていたのだ。




「カムナビ様万歳!」


「巫女様に祝福あれ!」


「神を取り戻したメイファンに栄光あれ!」






「静まらぬか!いったい神が何をしてくれた!?」




そう叫んでバーデルベスは怒りに任せて抜刀した。


大事なときに不在であった神が今さらノコノコと現れて支配者を気どるなどとうてい許せるものではない。


ましてその巫女があの取るに足らぬ無能な小娘だなどと。




「この戯言をこれ以上聞かせるな。歯向かうものは切り捨てて構わぬ」




バーデルベスには自信がある。


自分ほどこの国を思っているものはいない。


自分ほどこの国のために私を捨てているものはいない。


旧支配者のように薄汚れた存在は、新たな美しいメイファンの地には必要のないものなのだ。


愚かな民よ、なぜこんな簡単なことがわからぬのか。




ごくわずかなバーデルベスの腹心が、主の言葉を実行しようとしたが、大多数の部下たちは逆にそれを阻み拘束していった。


彼らにとって本当に大事なことは、メイファンを救うことのできるより大きな現実的な保障なのであった。




「しかし心せよわが子らよ。神の力は人を決して救わぬ。ただ癒し、守るのみ」




神に全てを委ねた人間に未来はない。


人を幸せにすることは人にしか出来ないのである。


そうでなくして人が生きている意味があろうか。




「詭弁を弄する愚かな神よ!ならば私がこのメイファンを救ってくれる!」




バーデルベスは絶叫した。


現実の前に神の力は無力である。


やはりこのメイファンを救うためには自分の力こそが必要なのだ。




しかしバーデルベスの決意はいかなる感銘も民のなかに呼び起こしはしなかった。


彼らにとってようやく得られた神の加護を貶めるバーデルベスの言はすでに容認しがたいものになろうとしていたのであった。


そうした不満を敏感に察したのは遅れてバーデルベスに組した義勇兵の一団だった。




「涜神の輩を討ち取ってカムナビ様をお迎えするのだ!」




ある男の叫びとともに、二万名近くにまで膨れ上がった共和国軍の実に九割以上が一斉にバーデルベスへと刃を向けた。




「目を覚ませ!またあの悲劇を繰り返したいのか!」




王族や貴族たちは必ずや善良な民を己の欲望のために貪る。


それを防ぐには民たちを代表する無私な指導者が必要不可欠ではないか。


これほどの自明の理がなぜ理解してもらえぬのか。




「何故だ!!」




悲痛な叫びが数百を超える軍兵の波に飲みこまれるまでに、そう時間はかからなかった。














「民にとって正しいか正しくないか、はそれほど大事なことではないのです………」




そう呟くシェラの声は哀惜に満ちていた。


カムナビの言葉を伝えたときからこうなることはわかっていた。


清廉なバーデルベスの主張は、その清廉さゆえに民に裏切られるであろうということは。




神に対する民の期待は過大に過ぎる。


エスカレートする欲求にシェラが応えられなかったとき、民は容易く手のひらを返すであろう。


それがわかっているだけにシェラはカムナビの巫女としての責務の困難さを思わぬわけにはいかなかった。




「人には人を救う力がある。オレがシェラに救ってもらったように…………それを信じよう」




……確かに困難な責務かもしれないが、自分にはかくも心強い味方がいる。


真人もプリムもディアナも、それは神よりもはるかに心強い存在なのは間違いなかった。




優しく真人に肩を抱かれたシェラは幸せそうに微笑んで真人の広い胸へ頬を摺り寄せた。






「そんなこと………真人様に初めてあったあの瞬間から信じています……………」







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新作 元社畜が異世界でホワイトな生活を営むために四苦八苦。幸い土魔法のチートをもらったものの、人間不信な主人公松田毅は、絶対に裏切る心配のない人造人間に心惹かれていく……。 なにとぞご愛読のほどお願いいたします! エルフに転生した元社畜は人造人間を熱望するか?
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