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第四十八話

「間に合ってよかったよ………」


真人に頭を撫でられてシェラとプリムはご満悦だった。

アナスタシアとルーシアも真人にキスを落とされて見事に腰が砕けている。

だが、そんななかで全く真人を意に介さないひとりの女性がいた。

オルパシア王国第二王女アリエノールその人である。


「厄介なことになったものだな、マヒト卿」


真人はアリエノールの言葉にうなづくほかなかった。

事態はこれで終わったわけではなくむしろ始まりなのだから。



「まさかメイファンの王族がこんなところにいるとは思いもしなかったぞ………いったいなんと言って父上に告げたものか……」


アリエノールの言葉に無視できない響きを感じてアナスタシアは尋ねた。


「陛下の保護をいただくわけには参りませんの?」


そのためにアリエノールを呼び寄せたのではなかったのか?

安易に味方だと信じてしまっていたが、アリエノールといえば王国でもその聡明さを知られた人間である。

シェラたちに利用価値を見出したとしても不思議ではない。


「少なくともこのままマヒト卿の屋敷に置いておくのは無理ね。門閥貴族もだけど、まずメイファンの残党たちが放っておくはずがないわ。下手をすれば

メイファンの残党軍がオルパシアの敵に回ってしまうでしょう。この亡国の危機に父上がそれを許容するとも思えないし………」


アリエノールに言われてみればそのとおりであった。

メイファンを復興しようとするものたちにとって巫女姫ほど旗頭に相応しいものもないであろう。

彼らにとってオルパシア王国への忠誠心などあるはずもない。

あるのはただ、援助と見返りとしての武力の提供という打算関係があるだけだった。


「………どうして放っておいてくれないんですか………!」


ようやく手に入れた幸せを阻もうとする妄執にシェラは叫ぶように言った。

どうして誰も彼もが望んでもいない巫女姫に戻そうとするのか。


「放っておかれて本当に構わなかったのか?シェラフィータ殿。巫女姫でないお前がどう扱われたか忘れたわけではあるまい?」


シェラは愕然とした表情でアリエノールを見返した。

自分たちが奴隷として余命いくばくもなかったことを、どうしてこの王女は知っているのか?

同時に気まずそうに視線をそらすルーシアがいた。

どうやら彼女が機密の漏洩源であるらしかった。


「………それでも真人様は私を救ってくださいました。巫女姫などではない私自身を」


「なるほど、そうであろう。では巫女姫であるシェラフィータは誰が救うのじゃ?」


虚を衝かれてシェラは絶句する。

巫女姫である私?

無力で偽りの仮面をかぶった私をいったい誰が救ってくれるというの?


「過去は変えられぬよ、シェラフィータ殿。お主が巫女姫であった事実は変わらぬのだ。たとえお主が将来的に巫女姫の業を捨てようとしていてもな。

巫女姫であった自分をそう拒絶せずに受け入れてやるがよい。まずはそこから始めねばお主はただの駄々っ子とかわらぬぞ」


アリエノールの言いたいことはシェラも理解できている。

だが、それを許容することは難しかった。

それを認めてしまっては今の幸せが失われてしまうとわかっていたから。


「たとえどんな者が敵に回ろうともシェラとプリムはオレが守るよ、約束する」


気がつけば真人が力強く右手を握り締めてくれていた。

この手があるかぎりなにも恐れるものはないような気がしてくる。

真人のぬくもりさえあれば………。


そう考えて唐突にシェラは気づいた。

そうか……なんのことはない、自分は真人を失うことを恐れていただけだったのだ………。

恐れていたのは………それが正しくないとわかっていたから。


わずか15歳ばかりの少女にはもう我慢の限界だった。

いや、とうに限界は超えていた。

ただ限界を超えていることにすら目を背けていただけだったのだ。


「………わかりません……どうして良いのか私にはもう………!」


真人と離れることなどもはや自分には考えられない。

しかし自分が真人の傍にいることで真人に災いが及ぶことは確実だった。

真人はなにひとつ迷惑にも思わず自分たちを守ってくれるだろうが、そのせいで真人を失うようなことになれば、シェラは自分で自分が許せない。


そしてなによりも重要なことは、シェラが巫女姫の義務を放棄して同胞を見捨てることが本当は正しくないとわかっている点にあるのであった。

自らの力不足から逃避してはいたものの、やはりシェラはメイファンの巫女姫であった。

アリエノールの言ったとおりである。

過去は決してかえられないのだ。



それでも離れたくない!

真人のぬくもりを失って残りの人生を生きていくには巫女姫の座はあまりに酷薄すぎる。

真人が好きだ。

好きで好きでたまらない。

たとえそれが正しくないことなのだとしても。



言葉にならずに泣きじゃくるシェラを真人は優しく抱きしめた。

同じく生まれてきたときから大きすぎるものを背負わされていた真人にはシェラが何に苦悩しているか朧気ながらわかっていた。

真人の誇る超絶の武力も、シェラの苦悩にはなすすべがなかったが。


号泣するシェラとの会話をあきらめたアリエノールは真人へとその矛先を変えた。


「マヒト卿にお尋ねする。メイファンのものたちがシェラフィータ殿に盟主への就任を求めてきたらいかにする?」


「シェラが望むなら手を貸そう。しかしシェラが望まぬならどんな手を使っても守る」


もちろんそこに武力が伴うのであれば手加減をするつもりはない。

今やシェラとプリムはこの異郷における唯一の家族なのだから。


「正論だな。しかしここでメイファンと内戦を引き起こせばオルパシアはもたんぞ?それはこの国の守護者たることを誓った卿の言に反するのではないか?」


古来より国が滅ぶときは内部から崩壊が始まる。

いったん始まった崩壊の流れは一個人が止めうるものではない。

もしもメイファン残党と武力衝突するようなことがあれば、門閥貴族は国を見限り、民は逃亡をはじめ、今はオルパシアに好意的な中立国も手のひらを返す

ようにブリストルにつくだろう。

アリエノールはそう言っていた。



そう言われると真人にも答えが見つからない。

戦うことでしか守護者たりえなかった真人にとって、戦いに勝つことが守ることであった。

戦ってはならないと言われて為すすべのあろうはずがなかった。


「………ではどうせよと言うのだ?殿下!」


業を煮やしたアナスタシアが会話に割ってはいる。

彼女にとっても妹に等しいシェラとプリムが政治的傀儡として扱われる未来などとうてい許容できない。

もしも暴力によってそれを強要するものあらば、アナスタシアも持てる力の全てで対抗するつもりでいた。

だからといってオルパシアの亡国を見過ごす気もない。

なんといっても彼女はオルパシアの重鎮、シェレンベルグ家の一人娘なのだから。



「王族として言わせてもらうならばシェラフィータ殿とプリムローゼ殿には王族の義務を果たしてもらわなくてはならぬ」



アリエノールは冷たく断言した。

オルパシア王国でもっとも冷徹な識見をもつと言われる彼女ならではの言葉だった。


「これが平時であれば私もこのようなことは言わぬ。しかし今はこのオルパシアの存亡がかかっており、その存亡にはアナスタシアやルーシアの命もかかっておる。それでも己の運命をがんじえぬか?シェラフィータ殿?」



アリエノールの止めとも言うべき言葉は正しくシェラの肺腑をえぐった。

国家の滅亡がどんなものであるか、シェラは不幸にしてその目撃者であった。

姉とも慕うアナスタシアもルーシアもシェリーも、オルパシア王国が滅亡すればその運命は殺されるか嬲り者にされるかのいずれかになろう。

目の前のアリエノールなどは死より汚らわしい屈辱を与えられるはずである。

その理不尽さはあらがおうとしてあらがえるものではない。



それでもシェラにも断言できることがある。

それはアナスタシアもルーシアもアリエノールも、故郷を見限って逃亡を選択したりはしないということであった。

たとえ敗北の先にどれほどの屈辱が待とうとも、力の限りあらがい王国の存続のために尽くすはずだった。

恐ろしくはないのだろうか?

いったいどうしたらそれほど強くあれるものかシェラには想像もつかない。


「どうしたらそんなに強くなれるのでしょうか…………」


自分なら耐えられない。

なぜなら自分がみなが期待しているような人間ではないと知っているから。


「守りたいものがあるのだ。愛しているものがいるのだ。弱い自分に言い訳をしている余裕はないのだよ」


アリエノールが莞爾として微笑むのを、シェラは驚きとともに見つめていた。


あれほど毅然として聡明であったアリエノールが一瞬見せたその笑顔は恋する少女そのものであった。

それは決してアリエノールが王族の義務に凝り固まっただけの人間でないことを明瞭に告げていた。


この人も愛する人を守ろうとしているのだ。

恋人を

家族を

祖国を

それに引き換え自分はどうだろう。

愛する人のために自分を犠牲にする覚悟もなしに、ただ失うことを恐れていただけではなかったか。



それに気づいたからには逃げ続けるわけにはいかなかった。

戦って真人を手に入れて見せる。

覚悟を決めた乙女ほど強いものはいないのだ。


「わかりました………もはや逃げ隠れはいたしますまい。それに………この身には最強の騎士がついていてくれますので」


「シェラフィータ殿の覚悟痛み入る。今後同盟者として決して疎かな真似はさせぬゆえご協力いただきたい」


総戦力に劣るオルパシアにとってメイファンの戦力化は是が非にも欲しいところである。

さらにメイファン解放を唱えることで大陸の各国の支援を呼び込むことも可能だ。

オズヴァルド伯爵のもとでは得られなかった明確な旗頭を得るということはそれほどに内実が異なる。

しかしここで話は終わらなかった。

アリエノールは特大の爆弾をおもむろに炸裂させたのである。



「この先シェラフィータ殿を妻に娶るものは将来のメイファン王と目されるであろう。またぞろ門閥貴族どもが政略結婚に動かれても困るのでな………ここはひとつマヒト卿と婚約しているということでよろしいか?」



一拍の間とともに絶叫が広間を満たした。




「「「「「なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」」」」」



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