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第四十五話





フェーリアスの戦死とともにブリストル帝国軍の崩壊は決定的となった。


しかし絶対数に劣るヴァーミリオンは夜明けとともに北方に向けて避退して無理な追撃を控えた。


彼らの戦略的目標は既に達成されており、いかに戦果が見込めるとしても無駄な犠牲を払わせることは傭兵の流儀ではなかったからだ。


幸運にも殺戮の夜を生き延びた帝国軍がノイシュバイン城に逃げ延びたとき、そこで彼らを待っていたのは灰燼と帰した食料庫であり、炎に巻かれた傷跡の生々しい外郭陣地であった。


傷つき果てた彼らを癒す食料も医薬品もベッドも、全ては一握の灰と成り果てている。


死者四千名、重傷者八千名を出した未曾有の悲劇はいまだ終わる気配を見せてはいなかった。








陽気な男たちの笑い声がこだましている。


ヴァーミリオンの兵士たちはフサゴデラスの街で戦勝の祝いに酔っていた。


もちろん入念な索敵と哨戒はおこなわれていたが、ブリストル軍が反転攻勢に打って出る可能性は皆無に等しかったしこういった勝利の報奨は軍律を維持していくために必要なことでもあったのだ。




それにしても空前の快挙である。


現にフサゴデラスの自治長も迂闊には信じようとはしなかった。


南部が実質的にブリストルの占領下にある以上無条件にオルパシア軍を引き込めばどんな報復を受けないともかぎらない。


しかし国籍を超えて活動する隊商や斥候の情報が入るにつれ、この異形の軍隊がブリストル軍を叩きのめしたということが明らかとなってきた。


解放と勝利を確信したとき街は歓呼の嵐に包まれたのだった。




「シラディス・レルドリン・ケルダーの街に使者を送れ!いっこくも早く解放の報を報せるのだ!それぞれの長にも早急に戦勝の挨拶に参るよう申し伝えよ!商会に祝賀の準備を急がせるのも忘れるな!急げ!」




フサゴデラス自治長フラグラス・ノイン・シュバリエは喜色も露わに盛大なヴァーミリオン歓迎の準備に入った。


このまま収穫期に入れば豊富な食糧はただ、ブリストルに収奪されるに終わったであろう。


南部の穀倉を商いの主力にしているフサゴデラスの商会にとっても死活問題であったのだが思いもかけぬ天の助けでそれも杞憂に終わりそうであった。




それにしても何たる僥倖であることか!




ケルドランの英雄の名は聞き及んではいたがまさか直接南部に赴くとは考えても見なかった。


切り札はそう容易く切られるものではなからだ。


それにブリストル軍の練度の高さと士気の高さを目にしたフラグラスの胸にはオルパシア軍がそう容易くブリストル軍を排除できまい、という予想があった。


あの精強をもってなるブリストル軍をいったいどんな魔法を使ったら四千人たらずの連隊が撃破できるというのか!


今回の戦が王国に及ぼす影響を考えた結果、フラグラスはひとつの結論を出した。


それはあの救国の英雄


不敗の指揮官にして立志伝中の人物


マヒト・ナカオカミ・ティレース・ノルド・スエレンベルグ子爵の歓心を買うのは今だ、ということであった。








街をあげての祝賀の祭典は夜になっても活気が衰えるどころか増すばかりであった。


商会の商人たちも自らを破産の危機から救ってくれた英雄に対して多少の散財は惜しむところではない。


大量の酒がただでふるまわれ、その宴に惹かれて周辺の街からも大量の人々が流入する。


フサゴテラスの街は人口に数倍する来訪者に溢れかえっていた。




「それにしても………旦那の非常識には呆れるねえ……」




傭兵の一人がエールを呷りながら笑う。


冗談にまぎらせてはいるがその声は好意と崇敬に満ちていた。




「ま、普通の人間はたった四千でノイシュバインまでいこうとは考えんわな」




ケルドランでの戦いからわずかに数週間……傭兵たちの間で真人に対する評価は最上級のものとなっていた。


本来勝手気ままで無頼なはずの彼らに忠誠心すら植え付けようかというほどに。


もっともそれは真人の圧倒的な武量や卓抜した戦術眼ばかりでなく、少年らしく純粋でひたむきな心のありかたに負うところが大きいのかもしれなかった。




そのころ主賓である真人とディアナはどうしていたかというと………




地元の名士たちから次々と歓待を受け対応に追われていた。


そんななかで偵察に出していた斥候から新たな報告を受けてもいる。


それはなんとも表現しずらい苦い内容の報告だった。




主力の撤退のため、殿を任されたマティアス率いる五千名の兵団は固い方陣を組みながらゆっくりと南下していたが、それに対するオルパシア軍の対応は拙劣の一言につきた。


まず第一に出戦のタイミングが遅れた。


突然兵員の八割が姿を消し、残り一万の軍勢が避退していく理由を疑っていたからだ。


何らかの罠があるのではないか………?


そうした疑いを捨てることができずにオルパシア軍の出戦は遅れに遅れた。




ようやく罠のないことを確信したオルパシア軍だが、今度は逆に甘く見すぎてブリストルの精兵に何の工夫もなく攻撃をし始めた。


いかに兵力に勝っていようと十分な士気を保った方陣を崩すことは難しい。


怒涛のごとき攻撃をブリストルの将マティアスは巧妙な指揮で見事に捌ききった。


それどころか、追撃の行軍で疲弊していたオルパシア軍に対して逆襲にすら転じて見せた。


油断していたところをあっさり中央突破されたオルパシア軍はあわや全軍崩壊か、という危地に立ったものの、予備隊五千がどうにかブリストル軍を押し返しかろうじて敗北を免れるという有様だった。


予備隊の全てを使いきったオルパシア軍に残された手段は総力戦以外には残されていなかった。


お互いに兵を消耗させることは承知で戦いを継続すること二日………


遂に流石のブリストル軍も軍を維持することができずに崩壊………ノイシュバイン城にたどりついた敗残兵は千名に届かなかったという。


しかし、ブリストル軍四千名の損害に対し、オルパシア軍の受けた損害というのが目を覆わんばかりのものだった。


死者四千名、重傷者六千名………死傷一万である。


今回のブリストル軍の被害が死傷一万六千であることを考えても、先の被害を足すとまだまだオルパシアの損害が上回っている計算であった。




「方陣に真っ向からぶつかる馬鹿があるかい………」




ディアナのつぶやきに真人も苦笑して首を振ることしかできなかった………。


真人なら軽装騎兵に攻撃を反復させ、長槍兵は牽制にして正面からはぶつけず弩を主戦兵器としただろう。


時間はかかったかもしれないが、それならば味方の犠牲はほとんど考慮にいれずにすむ程度のものになるはずだった。




「まこと残念なことではございますがもはや心配はありますまい。こうしてケルドランの英雄殿においでいただいたからには!」




シェラが青筋を立てて怒りそうな台詞だな………




真人にも出来ることと出来ないことがある。


しかし今は出来ると思わせておくことが、真人たちの利益に繋がるのだ………。








しきりに真人を持ち上げ歓待のかぎりを尽くした宴も深更には終わり、街にはまだ飲みたりぬ兵が徘徊していたがほとんどの人間は宿舎に引き上げて寝所に疲れた身体を横たえようとしていた。


それは真人とても例外ではない。




街一番の瀟洒な宿屋の一室に足音を殺して偲ぶ影がある。




「ぐふ、ぐふふふふ…………」




怪しすぎる笑い声を漏らしながらディアナは真人の部屋へと向かっていた。


いっそ宴席で真人に抱きつきその唇を吸ってしまいたい!と何度思ったことだろう。


もはや全身を駆け巡る熱い火照りを冷ますには真人に抱かれる意外の手段はありえない。


この際真人がどう思おうとも押し倒す覚悟をディアナは決めていた。




いかな真人でも木石ではあるまい。


シェラやシェリーのような乙女ならともかく、自分は今のところ真人をとりまく女性陣のなかではただ一人の非処女である。


ならば彼女たちとは違った付き合いかたが許されてしかるべきであった。


具体的には………むふっ……むふふふふふ////




そして今夜、ディアナの手には秘密兵器が握られていた。


ドルゴンの名酒である。


南部に名高い口あたりの甘く爽やかな酒で酔いの周りが早いことでもしられていた。


この作戦のために宴の間中、真人には酒一滴も飲まさなかったのである。


真人には悪いが葡萄の絞り汁で我慢してもらっていたのは真人のある癖をアリシアに知られるわけにはいかなかったからだ。


真人が酒乱であり、天然ジゴロぶりが爆裂するということを知っているのはシェリーと自分だけの秘密であった。


こんな美味しい情報を他の女に報せることなどありえない。


そして今この場にいるのは自分ひとり……シェリーは遠く北の彼方である。




………悪く思わないどくれ……女の戦に手加減は無用なのだからね……






真人の部屋の前に立つと下腹部の疼きが強まったように感じる。




………落ち着くんだよディアナ……狩りの基本は身体は熱く、頭は冷たくさ………






「真人〜入るよ?丁度いいもんが手に入ってね………」




一欠けらの勇気とともに扉を開けたディアナの目に信じがたい光景が飛び込んできた。




「真人様………本当に酔っていらっしゃるのですか?確かにもうずいぶんお飲みにはなられましたけれど……少しもお顔もお変わりになられませんし…………」




「酔っているさ………アリシアの海よりも深くて空よりも澄んだその瞳にもう……ずっと酔わされているよ………」




「やっ!////そそそ、そんな……真人様!ご冗談が過ぎます!」




そういいながらもアリシアは真人の肩にしなだれかかって離れようとする気配すらない。




認めがたい現実を目の前で確認しつつも、ディアナは叫ばずにはいられなかった。






「うそおおおおおおおおおおおお!!!」






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