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第四十二話



南部方面軍バッカニア・パウル・フェルド・カーマイン王国中将は王都からの指令に首をかしげていた。


現状を死守して敵の消耗に勤めよ。


王都の穀倉地帯である南部を収穫期前に取り戻すべく戦略を練っていたはずであったのに思いもかけぬ命令であった。


確かに要塞に籠もっていれば味方の損害は極限できるであろうが時の経過はこの場合敵を利するのではないのか?


秋の収穫期を今の勢力図のまま迎えれば王国は飢える。


飢えた軍隊が戦に勝つ見込みは少ないのは歴史が証明しているはずだった。


しかも申請していた援軍はおろか傭兵すらよこしてはもらえないとは何事だろうか?


バッカニアにとって傭兵は被害担当役であった。


もっとも損害の集中しやすいエリアを担当し正規軍の消耗を抑えるのが役目であり、それをよこさないということは本営では南部方面軍を捨石にする気だろうかと勘繰りたくもなってくる。




……………いったい王都で何が起こっているのだ…………




バッカニアには知る術もないことだが援軍たるべき独立混成連隊は彼の想像の埒外にいた。








ブリストル侵攻軍指令官フェーリアス大将もオルパシアの動向には首をかしげていた。


あるいはネルソンやロドネーから食料の緊急輸入でも行えば急場はしのげるのかもしれないが、このまま秋を迎えてしまえばオルパシアの国民は飢え、逆にブリストルの食料は何の不足もなくなる、というのは間違いない。


なのに手をこまねいて傍観するに任せている気がするのは気のせいなのだろうか?


フェーリアスはむしろオルパシア軍が忍耐の限度を超えて要塞から出撃してくるのを心待ちにしていた。


野戦での戦いとなれば敵が自軍に倍していようと恐れるものではない。


しかし要塞に籠もられてしまってはブリストルの誇る野戦能力も宝の持ち腐れでしかない。


オルパシアがいかに弱兵とはいえ、要塞という防御施設のなかで溢れるほどの味方と矢弾に囲まれていればそれなりの働きをしてしまうのだった。




つまらん…………座して死を待つ気か…………?




いずれにしろフェーリアスの脳裏にブリストルが敗北するという想像は欠片も存在しない。


あるのはただ、いかに美しく、あるいは華々しくオルパシアの滅びを飾るのかという感慨だけであった。










そんな感慨をものともしない人間たちがサティアの樹海の中を縦走している。


その数およそ四千人………オルパシア正規軍二個中隊五百名と傭兵部隊の総力三千五百名の混成集団だった。


出撃にあたり軍務卿ウーデットから独立混成連隊「ヴァーミリオン」の名を与えられているオルパシアの歴史始まって以来の独立運用兵団である。




「しかし真人も可愛い顔して恐ろしいこと考えるもんだよね〜」




からかうような口調でニヤリと笑って見せたのはディアナだった。


もっとも笑って見せたのは真人に対してではない。


いかに自分が真人と近しいか、というアリシアに対する牽制であった。


もちろんアリシアも過敏にこれに反応した。




「大尉、傭兵隊長の言は軍律の妨げとなりかねません。かような気安い発言は控えさせるべきと思料いたしますが…………」




「わかってないね〜私と真人の仲ってものを………」




「あなたは黙っていてください!」




行軍の始まりからこの二人はことあるごとに衝突している。


真人は困り顔を隠そうともせず、苦笑しながらアリシアをたしなめた。




「本来であれば多勢の軍を率いるものが指揮をとるのが軍法です。国王陛下の御情を賜りこうして私が指揮を任されてはいますが通常であればディアナさんが指揮を執ってしかるべき。中尉もそれを慮って礼を失することのないようお願いします」




「は!……私の配慮が足りませんでした!まことに申し訳ございません!」




がっくりと肩を落としつつもアリシアは真人に向かって敬礼を捧げる。


揺れ動く潤んだ瞳は主人の怒りに怯えるようでもあり、また懸命に許しを乞うようでもある………。


まるでその姿は主人に叱られた犬が主人のご機嫌を伺う様子を彷彿とさせた。




………というか犬そのものだぜ、嬢ちゃん………




バラールはアリシアの変貌に驚きを隠せない。


優秀な戦術家にして理想主義者


それが先日までのアリシアなら、今のアリシアは真人の忠犬としか言いようがない。


真人との会話に一喜一憂する様子はバラールの目から見ても可愛らしいのひとことに尽きた。




そうなのだ


困ったことに犬チックなアリシアは普段のクールビューティーな印象とのギャップと相まって殺人的に可愛らしいのである。


すでに傭兵たちの間でもアリシアの人気が鰻登りでありその人気はディアナに追いつき追い越さんとしていた。


アリシアに犬耳をつけたい。


尻尾をつけたアリシアを影から応援したい。


アリシアに「らめえ」などと舌をもつれさせたい。


などという倒錯的な声が聞かれ始めているが、趣味の是非はともあれバラールも気持ちだけはわからなくもない。いや、最後のはともかく。




大尉に傾倒するのは予想してたが……まさかここまでとは………




ところが当のご主人様はアリシアが目には見えない尻尾を全開で振り回していても気づく気配もない。


とことん鈍くできているくせに要所で発揮される優しい所作がまた悪魔的に性質が悪かった。




この男は女の敵だ……!




幾人の男たちが血の涙とともに真人を呪ったことだろう。


いつの間にか無数の男たちの嫉妬と怨念を一身に背負った真人は今日もまた天然ぶりを発揮するのだった。




「そう気を落とさないでくれ中尉。そんな可愛い顔で見つめられては私が悪人にでもなったような気分になってしまう」






てめえは極悪人に決定じゃああああああ!






目を潤ませて頬を上気させるアリシアを取り巻く男たちの心の絶叫が、真人に届くことは……永遠にないのかもしれない。








サティアの樹海を走破すればレナセルダ河は目の前である。


大陸各国を渡り歩く傭兵たちの中には地元民ですら知らない間道を知悉しるものがいるのを真人はディアナから聞いて知っていた。




南部地方に侵攻した敵軍そのものではなく、敵の策源地であるノイシュバイン城を陥す。




真人が作戦目標を提示したときは誰もが正気を疑ったものだった。


まず道がない。


南部に展開する主要街道はすでにブリストルの手に落ちており、敵の哨戒線を抜けて行軍することは不可能と思われた。


第二に兵力が不足している。


連隊規模になったとはいえ、その大半を歩兵が占めるヴァーミリオンには攻城兵器が存在しない。


破城槌も投石機も雲梯もない状態で堅城として名高いノイシュバイン城を攻略するなど無謀を通り越して妄想に等しい。




だからこそ、と真人は言う。


孫子勝戦計に曰く囲魏救趙………アヌビア世界の住人にはなんのことかわからないだろうが、自らも優秀な戦術家であるディアナは感嘆のため息を漏らした。




古代中国でのことである。


趙の国は魏の国に大いに攻められ国都の命運も旦夕に迫るという有様となった。


もはや望みは斉の国の援軍以外になく、これ以上の魏の伸長を望まぬ斉は援軍を送りだすことに決したが、軍師である孫?は素直に趙へ救援に赴くことをよしとしなかった。


「闘いから救おうとするなら直接加わってはいけない。要所を突き、虚を突いて、形勢を崩してやれば、糸はおのずから解けていくものだ」


と言い放ったかと思うと魏の国都へ向けて進撃を開始したのである。


魏の軍勢は驚いて国都へと帰還を急いだが、急な進軍で疲れ果てたところを待ち受けた斉の軍勢に散々に打ち破られてしまった。




真人の作戦構想はこの故事にちなんでいる。


作戦の有効性を激賞したディアナはすぐさま作戦の具体化に乗り出した。


平野部を行軍することができないのであれば森林地帯の間道を抜けていけばよい。


幸いサティアの樹海に詳しいものは傭兵部隊内に豊富にいた。


ややノイシュバイン城からは北側に抜け出てしまうがレナセルダ河を下るべく軽舟の手配はアリシアがぬかりなく行っていた。


アリシアの明晰な頭脳は必要なものを必要なだけ揃え必要な場所に運ぶという煩雑な補給に如何なく発揮された。


さすがのディアナもこの事務処理能力だけはアリシアを高く評価しないわけにはいかなかった。




攻城戦の兵器についてはいささか反則だが、真人の力を使えば十分対応が可能と思われた。


戦線の後方であるノイシュバイン城に貴重な魔術兵団が駐留している可能性は少ない。


対魔術防御が薄ければ真人の攻撃魔術だけでも攻城兵器の代用ができるはずであった。




それに無理に城を落とす必要もない………




ディアナは愛しい男の戦場にあっても涼やかな佇まいに目を細める。


自分が知る限り大陸最強の武を持つ男


しかもその男は闘神ディアナをすら瞠目させるほどの戦術家でもあった。




決して逃しはしない………獲物をしとめる駆け引きにかけてこの闘神ディアナに勝る女などいないのだから。




「………ディアナ様……よだれが出ておりますけれど………」




少々妄想が先走ってしまったようだ。


気がつけばアリシアが疑わしげな目で自分をジッと見つめている。


こうも警戒されてしまっては作戦の成就はおぼつかない。




…………こいつは真人から引き離す必要があるね………




大尉のもとを離れるのは危険ですわ………絶対に………






ここでも熾烈な女の戦いが始まっていた。







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