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第四話





真人にとってヴァンガードの賑わいぶりは驚きの連続だった。


石畳の街路、そして行き交う人々の群れ……百万の人口を飲み込む首都の喧噪は真人の想像を大きく超えている。


真人の記憶にあるものと言えば中御神家の御山にある修練場だけ………




真人を鍛えるために捕獲されてきた数々の妖魔


表情を消したまま真人の修練にあたる護官たち


神を殺すべき剣としてうちあがりの出来だけを要求される毎日……




人とはこれほどにも笑うものだったのだろうか


人とはこれほどにも騒がしく目まぐるしいものだったろうか


人とはこれほどにも生気に満ちて楽しみにあふれたものだったろうか




こんな人は知らない


真人にとって知りえるのは自分を道具として見つめる能面のような表情と、妹真砂の笑顔と泣き顔だけ…………






「……………綺麗ですね…………」






「えええええええええええ!!////」






ルーシアは真人の微笑みと賛辞の直撃を受けあえなく撃沈した………天然真人恐るべし……!












ハースバルド伯爵家はオスパシア王国きっての武門の名門である。


先祖代々軍務卿を輩出し国防の柱石として活躍してきた。


しかし近年ハースバルド家を押しのけるように軍部内に台頭する勢力があった。


クネルスドルフ子爵家である。


文官筆頭である国相マンシュタイン公爵家の庶流であるクネルスドルフ家が軍部で台頭した理由はひとつしかない。


文官勢力による軍部の掌握だ。


オスパシア王国はこの百年ほど隣国の戦乱に巻き込まれることもなく平和を享受してきたが、ここ数年でブリストル帝国との関係が急速に悪化している。


平時において絶大な権勢を揮ってきた文官勢力も乱世においては軍部の台頭を抑えきれない。ならばとりこんでしまえというわけだ。




ハースバルド家当主ウーデット・セアライン・ファル・デ・ハースバルドは憂鬱そうにかぶりを振った。


彼の手元にあるのは脅迫状………娘の命が惜しければ軍務卿を辞職しろと書かれている。


古典的な手だ。


しかし妻を失いたった一人残された娘の命は何にも代えがたいものだった。だからこそ生き残るための術を娘には叩き込んだつもりだ。


いささか勝気なじゃじゃ馬になりすぎたきらいはあるが……死なれてしまうより余程いい。


しかし今は時期が悪すぎる。今日の王室会議の紛糾具合からすると本腰を入れて人数を動員してくる可能性がある。


娘は親のひいき目なしに傑出した剣士だが……それなりに腕の立つ者が五人もいればおさえこむのは難しくないだろう。


なんといっても実戦経験が少なすぎるうえに……やはり女だ。


家人に問うと父親の心配をよそに娘は馬で遠乗りに出かけたという。


郎党を差し向けて娘を探させてはいるが、もし真実娘が誘拐されていた場合、自分は毅然として脅迫をはねつけることができるだろうか。


娘を見殺しにして国家の安寧を図れるだろうか………


ハースバルド家は国家の盾


今ハースバルドという支柱を失えばオスパシアは素手でブリストルとやりあうに等しい。


クネルスドルフなど、恫喝と媚を売る以外にさしたる才能はないのはわかっていた。




ルーシア……無事でいてくれ……




父として娘にろくに手助けできないことが狂おしいほどもどかしい。


妻が生きていたら不甲斐ない自分を嘆くだろうか、なじるだろうか………








「ただいま−!」






能天気なルーシアの声が屋敷に木霊したのはそのときだった。










「無事だったか!ルーシア!」




突然の父親の大声にルーシアの顔が驚愕に見開かれる。




「ええ……彼のおかげで無事だったけど……なんでお父様が知ってるの?」




問いに答えてもらう間もなくルーシアはウーデットのたくましい胸のなかにすっぽりと抱きしめられていた。




「……このじゃじゃ馬め!今は空気がきな臭いとあれほど言っておいたものを!」




そういわれるとルーシアも一言もない。


最近ハースバルド家の派閥の属する将校や貴族を狙った襲撃が2件ほど続いているので自制するよう父に言われていたのを気にも留めずにいた結果だからだ。




「ごめんなさいお父様…………」




「このバカ娘が……無事であったからいいわけではないぞ!心配させおって………!」






真人は羨望に胸を突かれていた。


体中で娘の無事を喜ぶ父


戸惑ってはいるものの父の愛情を正面から受け止めている娘……




真人の父は中御神家の護官の一人だったという。


真人というハイブリッドを生み出すために鬼の力をもつ母と交わったそうだ。


ただ、神を殺す剣を生み出すためだけの性交渉………それもおそらくは父以外の者とも交わっていたことだろう。


母の自分を見た瞳を今も覚えている。


…………作品の出来栄えを見る鑑賞の目………そこに愛情などあるはずもなかった。




兄妹だけでなく親子もこれほど愛情で結ばれているものだったなんて…………




改めて自分がいかに特殊な存在であったか見せ付けられたような気がして真人は肩を落とした。






それを放っておかれたせいと勘違いしたらしい。


ルーシアは慌てて真人の右腕に自分の腕を絡ませるとウーデットに向かって告げた。




「彼……ナカオカミマヒトというのだけれど……彼に助けてもらったのよ。暗殺者と魔術師の手練四人をあっという間にやっつけてくれたの!」




「暗殺者に魔術師だと?」




ウーデットは不可思議なものでも見るような目で真人を見た。


ルーシアが手練というくらいだから、実力は間違いないのだろうが……。


しかしその暗殺者と魔術師が連携した場合の戦力は一流の剣士でも一人では屈服を余儀なくされるほどのものだ。


それなのにこの目の前の少年の様子はどうだ。


十六、七ほどになるだろうか……女性に見紛うばかりの美形だが、およそ武の気配を感じさせるものはない。




もし娘のいうことが真実であるとするなら…………この少年は異常だ。




「それでマヒトは記憶喪失で行くあてもないらしいの。しばらくこの家において……できれば私の部下になってもらおうと思うのだけれど…」




ウーデットはため息をつきながらかぶりを振った。




「ルーシア、悪いがそれはできない。」







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