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第三十二話





ケルドラン城塞はただただ混乱していた。


どこからともなく現れた巨大な虎と馬が大通りへと繰り出したことで住民はパニックに陥り右往左往して追撃を阻害している。


追撃自体も散発的なものであり衛兵が捜索の手をのばしているだけにすぎなかった。




「良いか!決して逃がすな!殺すことだけ考えろ!」




怒号とともに中隊規模の部隊にアムルタートは出撃の指示を送った。


そして自分は城の宝物庫から持ち出した魔力付与長剣を装備する。


あの少年が人間であるとするならば、剣の通じぬ驚異的な防御力はおそらく魔術的な障壁によるものであり、であるとするなら魔力付与によって大幅に攻撃力を引き上げた魔剣ならばその防御力を突破できるはずだからだった。




既に城内の派遣軍の中核たる兵団は冷静さを取り戻し追撃の準備を終えている。


その中にあってオルパシア外交使節団の追撃に係わろうとしない部隊も存在した。


派遣軍指令官アウフレーベ将軍直属の一個大隊がそれであった。




「今は敵の逆撃に備えよ」




アウフレーベは真人の武量に数で対抗するべきではないと考えていた。


例えていうなら真人は一匹の竜だ。


竜を倒すのに大部隊はかえって邪魔になる。


サーガに描かれるような少数精鋭のパーティー編成こそ竜を倒すには最適な編成であるはずだった。




「………本当に追わずによろしいのですか?」




配下の士官の一人がアウフレーベに問いかける。


オルパシアの武官である真人との艶聞はアウフレーベの立場を決定的に悪化させてしまっている。


このうえ、あえて彼らを見逃そうとする意図を掴みかねての質問だった。




アウフレーベは薄く嗤った。




「確かにあの少年には命を救われた借りがあるが………私もブリストルの武人、手心を加えようとは思わんよ。ただ、私の予想が正しければ彼を倒すのは現状では不可能だろうし、オルパシアがこの事態になんの細工をしていないとも限らんのでな」




真人を脳裏に浮かべるとき胸の奥にある甘い疼きを自覚する。




………埒もないことを…………




アウフレーベにはこの淡い想いを誰に告げるつもりもなかった。


この身はブリストルの武人であり、女だてらに軍に奉職した覚悟はいささかも揺らぐものではない。


ただ…………




受けた借りはいつかきっと戦場で返す!




その機会はおそらく近いことではないだろう。


アムルタートとエイディングの暴走によるものにしろ、自分の管理責任を問われることに変わりはないからだ。


しかし今は後日の再戦を期すためにも被害を最小限に食い止めるべきだった。




「無駄かとは思うがアムルタートに言っておけ。狙うなら文官にしておけとな。あの少年も四人も守りながらではその力を十全には発揮できまい」




それでもラスネール卿や書記官たちの命を奪えるとはアウフレーベは考えてもいない。


防戦に徹しさせることができれば味方の損害を極限できると思うだけだ。


ところがそうは考えぬものもいた。


その筆頭がアムルタート・ルイン・ケルダー准将であったのは兵士たちにとっては悪夢にほかならなかった………。












「このまま街道を進んで大丈夫かね?」




馬の式神である伊佐名の鬣にしがみつきながらラスネールは真人に尋ねた。


城門の衛兵を倒して跳ね橋を下ろさせた真人たちは大陸公路をコラウル山脈に向けて進んでいる。


追っ手も式神のスピードにはなかなか追いつけぬ様子だった。


今なら街道を逸れて身を潜めることも可能ではないかと考えたのだ。




「残念ながらそれはできませんね。いくら私でも隠行しながら皆さんを守りきるのは至難の業です。それに下手をすればはぐれる人が出る


恐れもあります」




ラスネールたちの最大の安全保障は真人の傍らにあり続けることだった。


真人とはぐれた瞬間に身を守るものは運だけとなる。そんな危うい賭けに乗ることは出来なかった。




「それに…………」




真人は楽しそうに微笑んだ。




「この道を進むことには理由があるんです」










アムルタート率いる追撃部隊は歯がゆさに身もだえしていた。


真人たち使節団をようやく視界に収めたものの、なかなかに距離が縮まらない。


それもこれも全てあのミステリアスな獣のせいだった。


少年の呪文とともにどこからともなく現れた虎と馬は既に半日以上の長きに渡って疾走を続けている。


馬はともかく虎のほうはそもそも持久力のある動物ではないはずなのに。


である以上なんらかの手妻があるのであろうがそれがわからぬ今打つ手立てはなかった。


しかし………




「このまま逃げおおせると思うな!」




獣のほうはともかく外務卿をはじめとした人間のほうが限界に達するまでそれほどの時間はかからないだろう。


捕捉は夜半になりそうだ…………アムルタートはそう考えていた。






アムルタートの予測はある意味では正しい。


ラスネールをはじめとする文官たちはもはや式神の背中にしがみついていることすらやっとの状態である。


しかし既にコラウル山脈の入り口は目前にある。


太陽が西に傾き始めたことを考えれば多少速度をおとしても時間を稼ぐことはできるだろう。


真人は式神たちの速度を緩めた。




「いいですか?速度をおとした以上追いつかれるのは時間の問題ですが式神から離れなければ私が守ることができます。どんなことがあっても式神の背中から降りたり勝手に山の中に逃げ出したりしないでください。そこまでは私の手も及びませんので」




ラスネールたちは素直に頷く。


この少年がいなければ今の脱出行はない。


それにオルパシアへの道程はまだまだ遠いのだ。ここで少年からはぐれて生きて戻れるとも思えなかった。






夕陽が山の稜線の完全に沈みこむころになると、先行していたブリストルの軽装騎兵部隊が真人たちを捉えた。


半弓を構えて接近する騎兵を前に真人はゆっくりと抜刀する。




「しっかりつかまっていてください。こちらを振り返らずに頭を伏せて!」




斗浪と伊佐名が真人には目もくれずにゆっくりと山道を登っていく。


真人はブリストル兵の前に立ち塞がるようにして両手を広げた。




「さあ、中御神の戦舞………冥土の土産にとくとごろうじろ!」






流石にブリストルの正規軍は真人の威嚇にも動じなかった。


三隊に分かれた射列が微妙な時間差をつけて射撃を開始する。


剣の達者はよく矢を打ち払うが、太刀行きのスピードにはおのずと限界があるものだ。


時間差をつけた三連射は一太刀では打ち払えぬよう絶妙に計算されていた。


もちろん二太刀目をふるう時間もない。




「木行を以って戒めの弦を為す、掃え」




真人が剣をふるうまでもなかった。


両脇の木々から無数の弦が伸びて矢を次々と絡めとっていく。




「中御神流戦舞 四番 群雲」




真人は剣を頭上に高々と掲げた。


そして渾身の力とともに何もない地面に向けて振り下ろす。


ただそれだけの動作だったが不可視の斬撃は見事に敵の騎兵の一人を真っ二つに切り裂いていた。




この少年はいったい何者だ?




ようやくにして騎兵部隊に走った戦慄に真人は苦笑しながら言った。






「命惜しくば去るが良い。我はいまだ未熟者ゆえ殺さぬよう手加減すること及ばぬ」







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