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第二十五話





朝靄に包まれた王都の街路を一頭の白馬が疾走する。


馬上で揺れる赤毛がまるで湯気でも出ているようにたゆたっていた。否、噴火した火山のようにと言うべきか。




「真人おおおおおおおお!!」




ルーシアの耳をつんざくような絶叫とともに中御神家の平穏は破られたのだった。










何故か正座させられている真人がいる。


ついこの間も似たような展開になったような気がするが…………




「………ところでオレはどうしてこんな目にあっているのでしょうか……?」




「だまらっしゃい!」




ルーシアの返答はにべもなかった。




「どうして真人が侍従武官に選出されたりするのよ!確かにアナスタシアを助けたのは真人だけど真人の力は外務省には秘密にしておいたはずよ!」




「あの………侍従武官に選出っていったいどなたの?」




シェラはかつての貴族であった知識から侍従武官が貴人の護衛に派遣される軍人であることを知っていた。


もっとも傭兵がそれにあたるということはなかっただろうが………。




「外務卿ラスネール侯爵よ……夕べ急にお父様のところへ使いが来たの。そちらの中御神真人というものを侍従武官としてお借りしたいって………傭兵だと知ったら驚いてたけどそれでも構わないからって……貴方また何かしたでしょう!真人!」




大ピンチであった。


昨日アセンブラの猛虎と死合ったことは真人の多大な努力によって緘口令が敷かれている。


といってもシェリーの口止めをしただけだが。




「べ、別に何もしてないよ!だいたい初めて聞いたし、そんな話………」




「初めて聞くのは当たり前よ!今のところお父様と私しか知らないしね。誰が仕組んだかしらないけど厄介なことになったわ……」




ルーシアの言葉尻に不安を感じたのかシェラが眉を顰めた。




「外務卿……とおっしゃいましたわね……するとまさか………」




ルーシアは嫌そうな顔を隠そうともせずに頷いた。




「ブリストルの国内に行くことになるわ。しかも十中八九戦争になる」




「お兄ちゃんいっちゃうの?」




戦争と言う言葉にプリムが泣きそうな顔で真人にすがりついた。


プリムの頭の中ではブリストルの侵攻によって当たり前だった日常が理不尽にもあっという間に崩れ去った日が走馬灯のようにめぐっていた。


真人は優しくプリムを抱きしめてサラサラの金髪に指を通す。




「戦う理由があればオレはいく。でもオレはシェラやプリムをおいて死んだりしないよ。約束する」




どこまでも優しく愛おしさに満ちた声音だったが言っていることは傲慢そのものだった。


真人は決して死なない。それは真人がそう決めたからだ。この地上に真人を殺せる存在はいないのだから。




「確かに真人なら無事に戻ってこれるでしょうね………それでも問題は残るわ……それも厄介な」




ルーシアはわずらわしげに前髪を払うと続けた。




「まずラスネール卿も一緒に救いださないかぎり帰ってきても責任追及は必至よ。かといって敵中から卿を無事生還させたとなれば真人に対して注目が集まるのは避けられないわ。ただでさえ真人は正体不明で押し通すほかないのに……シェラちゃんやプリムちゃんの秘密まで嗅ぎつけられたら大事よ!最悪真人に対する強制手段として二人を狙う連中が現れても不思議じゃない………」




つい先日までは真人を表舞台に立たせようとすることに疑いを持たなかったルーシアだが考えれば考えるほど現実の非情さに背筋が冷たくなる。その舞台に真人の幸せを見出せないのだ。




「………お断りするわけには参りませんか?」




シェラが青ざめた表情でルーシアに問いかける。




「私から何度もお父様にお願いしたけど…………」




ルーシアは力なく首を振るだけだった。


ウーデットが私事で慣例を曲げるはずがないのだ。




「大道に誤りなし。ブリストルと戦になるというのならまずは一手交えよというのが天の意志とお見受けする。もとより我が友我が家族を守るため戦う志に偽りはない」




真人は既に戦う覚悟を固めていた。


おそらくはあの場でアナスタシアを助けたのが縁だったのだろう。そして縁は決して偶然ではない。


神は時として人間に選択を迫る。しかし選択するのは常に人間の意志だ。


真人は自分の守るべき乙女たちのためこの戦いを受けて立つことにした。ただそれだけのことだった。




ふと真人が顔を上げた。


親しい気配がやってきたのを感じたのだ。




「そして大道に恥じるところなくば必要なとき必要な味方にめぐりあう………」




かつての師匠の言葉を思い出す。


ならばこの邂逅も必然ということか。






「いったいどうしたんだい?ずいぶんと暗い雲行きじゃないか」






闘神ディアナの登場だった。










「真人!」


「「ご主人様!!」」




ルーシアとシェラとプリムが声を合わせてディアナを指差して叫んだ。




「「「誰ですか?この人は!」」」




一転して窮地に陥ったことを感じ取った真人だが、なぜ窮地に陥ったのかを理解していないのだから脱出する術はなかった。




「え〜と……昨日同僚になったディアセレーナさんです………」




「おや、ディアナって呼んどくれよ。もう……真人のい・け・ず♪」




ディアナが顔を赤らめながらとろけきった瞳で真人の胸に抱きつくと指向性をもった殺気がざくざくと真人に突き刺さる。




「……いいご身分じゃない。私が一人でお父様に叱れてる間に真人はよろしくやっていたってわけね………」




これでもかと言わんばかりに瘴気を噴き上げながらルーシアは拳を固めた。




「やってない!やってないったら!」




しかしディアナは真人の必死の言い訳を許さない。




「私を甘えさせてくれるって言ってくれたじゃない♪」




…………頼むからディアナさんは黙っててください。




真人としてはともに戦う仲間としてディアナを認め、ディアナが持つコンプレックスを可愛いとも感じていたが女性として特別な存在と認識したわけではない。


とはいえそれを周囲に納得させようとしてもごろにゃんという擬音が聞こえそうなほどの勢いで胸にすがりつかれた状態では到底納得できないだろうこともまた事実だった。




「シェラ、プリム……違うんだよ、これは………」




せめて妹たちだけにはわかってもらいたい……!そんな真人の希望はあえなく打ち砕かれた。


ディアナの登場からぷるぷると身体を震わせていたシェラ・プリム姉妹が爆発する。






「「お兄様ちゃんなんて大嫌い!!」」






「ぐはっ!」




アセンブラの猛虎の一撃ですらしのぎきるはずの真人であったが妹たちの叱責にはひとたまりもなく悶絶するのだった………。







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