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第二十二話







本来なら数十人の傭兵が技を磨くであろう広々とした練兵場でフィリオと真人は対峙していた。


フイリオは得意の長刀を上段に構え、真人は自然体からやや前傾姿した姿勢のまま肩口からつま先までの全身の力を抜いている。


ゆらりゆらりと左右によろめいているようにも見えるその様は謡曲弱法師の遊僧に似るが、もとをたどれば中国拳法の禹歩に行き着く。


大陸系の忍者集団である伊賀忍者が得意とする歩法でもあった。






一見隙だらけに見える。


しかしフイリオの第六感は大音声で警報を鳴らしていた。


迂闊に踏み込んだ瞬間にあの華奢な身体から自分の巨体すら吹き飛びそうな反撃がくる………そんな予感だ。




「中御神家守護司………中御神真人、参る!」




先手をとったのは意外にも真人だった。


瞬速の踏み込みでフィリオの長刀との間合いを詰める。


虚を衝かれたフイリオはやすやすと自らの間合い内に真人の侵入を許してしまっていた。




ありえない………!




こんなにやすやすと懐に飛び込まれてしまうほどフィリオの武量は安くはない。


長刀はリーチが長い分、懐に飛び込まれるともろい………であるが故にフィリオは飛び込まれないための様々な工夫をし、また自分の間合いの読みに絶大な自信を抱いてきた。


それが根こそぎ覆りかねない事態だった。




真人の抜き打ちの斬撃を、フィリオはほとんど戦場で培ってきた勘だけで防いでいだ。


これを幸いに真人の長剣を力任せに押し返していったん間合いを取る。




どう考えてもおかしかった。


真人が剣を抜いたのはわかっているはずなのに斬られる瞬間まで気づかないなどということがあり得るだろうか?


いや……気づいていないわけではない。


むしろ目に見える情報と意識の間に齟齬が生じているような違和感が…………




「フィリオ!重心だ!重心と体裁きがおかしいぞ!」




無粋とは知りつつもディアセレーナも声をあげないわけにはいられなかった。


長年の僚友が見知らぬ少年に手もなくひねられてしまうのは流石のディアセレーナも寝覚めが悪い。


女性と男性の骨格の差を利用して男性には不可能な身体の動きを切り札にしているディアセレーナだからこそ気づいたことだった。


歴戦の腕利きになればなるほどそこには経験からくる無意識下の摺り込みがある。


その摺り込みこそが反射速度を向上させ咄嗟の判断を保障してくれるのだが、経験にない動きをされた場合には反応が極端に遅れてしまうのだ。にもかかわらず真人の斬撃を受けきったフィリオはさすがは大陸に名だたる英雄だと言えるだろう。




「中御神流 戦舞 六番」




真人も素直に感心していた。


フィリオの膂力のすさまじさはいかな真人でも術を使わずには対抗しきれぬものであったし、初撃で戦舞の肝を見破ったディアセレーナには畏れすら抱いている。


フィリオがとまどっている重心のズレの秘密はガマクの使い方であった。


横腹にある滅多には使われぬこの柔らかな筋肉は使いようによっては腰の重心を見た目とはまるで違うものにしてしまうのだ。


琉球舞踊では今も頻繁に使われる言葉だが、一部は古式唐手にも伝えられたという。


そして真人は本来自由に動かせる随意筋とは違って、自分の意思では動かせぬ非随意筋を自在に操ることができる。


それが、フィリオが認識しきれぬ真人の体裁きの正体だった。




「………驚いたな……長年この世界にいるが初めてお目にかかる代物だぜ………」




この美しくも妖しい舞のような動きを自分がこの勝負中に把握しきることはない。


ならば防御は本能に任せて斬ることに全力を注ぐべきだ、


いかにも戦士らしい決断を下すとフィリオは一気に攻勢に転じた。






目にも留まらぬ速さで長刀を突く。


避わしかたが甘ければ突いた長刀をそのまま薙ぎに転じる、フィリオの得意技であった。


長刀が槍と異なる最大のものは薙ぎ技が存在するということだ。


槍でありながら刀でもある。一見便利なようだがフィリオのもつ並外れた膂力があってはじめて可能な使い方だった。




これには流石の真人も回避に徹するしかなかった。


真人といえど術の行使なくフィリオの一撃を食らえば絶命は免れない。


突き技に目が慣れて来たと見て、フィリオは今度は薙ぎ技に転じた。


動作の大きい薙ぎ技だが遠心力が働くため当たるもの全てを叩き壊す破壊力がある。


しかも懐に飛び込もうとすればその膂力をいかして、どんな体勢からでも一瞬で長刀を引き戻す。


その引き戻す行為すのものが凶悪な斬撃であり、引き戻された長刀はすぐさま突きに転じるのだ。


付け込む隙も逃げ出す隙もない。




力で勝てぬなら力で勝負を挑む法はない。


力の及ばぬところで決着をつけねばならなかった。


真人は自然に瞳を閉じ観想に入った。




右から左へと流れるフィリオの長刀の野太い音を感じる。


ひとつの円周そのものが刃であるが如き速さだ。


そんな轟々と渦巻くつむじ風のような音の中で稀に突風のような鋭い音が混じる。


フィリオが長刀を突く音であった。


音を見始めた真人はいつしかフィリオの攻撃をそよぎわたる風のようにかわし始めていた。




「…………かわすだけじゃ勝てねえぞ、小僧………」




焦りの色の欠片も見せずにフィリオが笑う。


確かに、攻め手を見出せないままなら真人の負けは動かない。


その時真人の顔面を狙って突き出された長刀に向かって真人の長剣が伸びた。




真人はずっと機を窺っていた。


フィリオの長刀が突き出され伸びきった瞬間をである。


運動エネルギーを使い切ったその瞬間が長刀にとってもっとも無防備な瞬間に他ならないからだ。


鞘に収めた長剣を鞘の中で加速する。日本刀ほどの加速は得られないが片刃の長剣を腰を切る事でさらに加速させる。


十分な加速を得た長剣はそのおそるべき切れ味をフィリオの長刀の柄に向かって存分に発揮した。






「な……んだと………」






カラン……と乾いた音を立ててフィリオの愛刀が柄の半分から先を切り落とされて大地に落ちた。


鋼鉄の芯に細かい鉄鎖を編んだ剛刀である。


あまりの衝撃にフィリオは唇を震わせた。


それは自分の技が完全に見切られたうえ、相手の技に完全にしてやられたという証に他ならなかった。




こんな自分は知らない。




こんな自分を認めることはできない。






「小僧………ハースバルドの傭兵に加わると言ったな………」




「中御神真人ですよ、フィリオ殿」




すずやかに笑いながら真人が答える。




「強き者を倒すことこそわが望み………戦場で再び相ま見えよう………!」




真人にとって……ハースバルドにとっても危険な敵が誕生した瞬間だった。



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