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第十九話





息の詰まるような沈黙が続いた。




「ご主人様が運命とおっしゃったのがわかるような気がします……………」




今にも泣きそうな声でポツリとシェラが呟いた。


内心の葛藤を隠しきれずに両手を胸の前でもむように合わせながら、やがてあきらめたように顔をあげる。




「もう名乗ることもないと思っていた名ではございますが…………シェラフィータ・ラルフ・グランデル・デ・アウストリアとあるものは呼びます。」




「……………それはもしかしてメイファン王国の………」




ルーシアが気づいたようだった。




「はい………メイファン王国枢機卿アウストリア侯爵が私の父です。」




メイファン王国………ブリストル帝国が滅ぼした三つの国の中でも最も古く豊かな国であった。


一年ほど前に味方の裏切りから王都を攻め落とされている。


その時に王都にいた王族の全ては虐殺されたという………ブリストルの野蛮性を示す事例のひとつとしてルーシアも幾度か聞かされていた。




「アウストリア侯も王家に連なる方だったと思うけど…………よく無事だったわね」




「さすがにブリストルも奴隷の身元までは確認いたしませんでしたから…………」




執拗を極める追求を逃れるため自らの娘を奴隷に売ったということか。


実際に他の王族が生きてメイファンを逃れることはなかったのだからアウストリア侯の判断は正しかったのだろうが……

昨日の弱りきったシェラを知る真人はなかなかそれを素直には認められずにいた。




「では貴女たちはメイファン唯一の王位継承者ということですか………?」




「違います!」




シェリーの問いかけを強い口調でシェラは否定する。




「メイファンは国の命数を使い切ったのです。命数を使い切った国が再興することはありませんし、王位継承者ももはや存在しません。ご主人様の信頼にかけて私は捨て去った過去のお話をいたしましたが、貴女方もご主人様の信頼を得た方なら、このことを他言の無きようお願いします。」




そう言いきったシェラの瞳から一筋の涙が伝って落ちた。




「ご主人様………私はご主人様の奴隷です。メイファンなんか知らない………どうか…お側に居させてください……」




言うまでも無いことだ。


真人は綺麗に撫で付けられたシェラの金髪を優しく梳きながら言った。




「ここに居るのは奴隷でも王族でもない。オレの家族のシェラフィータだ。それでいいじゃないか」




「ご主人様!」




感極まって真人に抱きついたシェラをプリムとルーシアとシェリーが複雑な顔をして見つめていた。








ようやく落ち着きを取り戻したシェラは名残惜しげに真人から身体を離すと恥ずかしそうに涙を拭った。




「ありがとうございます………ご主人様………」




だがシェラの告白はまだ終わったわけではなかった。


むしろこれからのほうが重要であるのかもしれない。




「私の父は枢機卿として国内の神殿を統括しておりました………そして王都に君臨する大神殿に祭られた神の名は……」




”カムナビ”




「ご主人様はさきほど運命と言われました。カムナビ様を祭る大神殿最後の巫女である私を、カムナビ様を異世界より帰還させてくだすったご主人様が助けてくれたのは偶然でしょうか?………偶然であって欲しい………カムナビ様を祭る神殿の者たちの間で信じられている教えの一つに……神界が乱れた時地上もまた乱れ、地上乱れる時神界また乱れるというものがあります………カムナビ様が帰還されたとあれば神界になんらかの異変が起こるは必定……それがご主人様の身にどんな災いをもたらすのか……巫女である私が神の思惑でご主人様を戦いに引きずり出しはしないか………心配でなりません………そんな運命なら……私は………」




「シェラ」




真人の瞳に宿る力が変わる。


それはただの真人ではなく中御神の守護司としての真人の証。




「神が人間を自らの思惑で動かそうとすることは確かにある。だが…………人間は己の思惑で己を動かすことが出来る……それを忘れるな……神は決して万能の存在ではないことをお前は知ってるはずだろう?」




そこにいるのは神をも殺す刃




………そうだ。神がいくらお膳立てを整えたからといっても決断するのは己の意志…………


真人のためなら神の意志に逆らうことなど造作も無い。




「埒もないことを申し上げました……私がご主人様のお側にお仕えするのは私自身の意志でございます。神様に文句なんか言わせませんわ!」




ニコリとシェラが笑う。


この屋敷にやってきてから初めてシェラが見せた、十四歳の娘らしい無垢な微笑みだった。










結局真人たちが傭兵を管轄する傭兵局を訪れたのは太陽も高い昼近い時間となった。


真人にかかる政治的圧力を極力低減させるために、当初付き添う気満々だったルーシアは泣く泣く家に帰されている。


そもそも軍務を放棄して真人の家にきていたらしいから、ウーデットからきついお灸をもらっていることだろう。




登録の手続きも右も左もわからないということでシェリーだけは同行していた。


シェラとプリムも来たがったのだが、荒くれの傭兵部隊にメイドを三人も引き連れていくのは流石にためらわれた。


ライバル三人を出し抜いたシェリーはご機嫌である。


ぶら下がるように真人の右腕にしがみついてシェリーを知る人が見れば目を疑うような愛想をふりまいていた。




「あそこが傭兵局の受付ですわ…………ってなんだかずいぶんと賑やかですわね……………」




砦を改装しただけの石造りの簡素な受付のまえには屈強な傭兵たちが鈴なりになって一組の男女を取り囲んでいる。


男の方は体重が百数十キロはありそうな巨躯であった。年のころは三十に届くだろうか。口元を覆うヒゲがなければ存外二十代であるのかもしれない。鋼のような筋肉とそれに見合うだけの巨大な長刀が異相を放っていた。


女の方は百九十センチはあろうかという長身で短髪に刈った見事な赤毛と黒瑪瑙のような深い輝きの瞳を持った美女であった。シェリーにも負けぬダイナマイトな体形に巻きつけられた鉄鎖つきの戦斧が静かな迫力を醸し出している。




「あの人たちが何かしたんですか………?」




この騒ぎの中心にいるのがあの男女に相違ない、とあたりをつけた真人は手近な男に尋ねると、男は馬鹿にしたような目を向けながら鼻息も荒くわめきたてた。




「これだから世間知らずは!アセンブラの猛虎と闘神ディアナだよ!あの伝説の傭兵がオルパシア側に来てくれるんだ!こんなに心強いことはないぜ!」







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