第十六話
真人が目を覚ましたのはきっかり午前四時………異世界にきても習慣は変わらないものらしい。
すぐ隣の部屋でシェラとプリムの姉妹が寝ているはずなので、足音を忍ばせてそっと部屋を出る。
もっとも二人とも泥のように眠っているだろうが………
真人がいかに治癒術にたけていようとも一年間を奴隷小屋で過ごしたストレスまで癒すことはできない。
せめて今朝の目覚めの安らかならんことを願うのみだった。
それにしても夕べは……………
思い出すのを拒否するように真人は頭を振った。
大波乱の一日の最大の衝撃は就寝間際にやってきた。
「………え…と……その……なんと申しますか……こんなことをご主人様にお聞きするのもなんだか変と申しますか……下世話なことかとは思うのですが………」
シェラの様子が激しく挙動不審だった。
よくみればプリムも太ももを擦り合わせるようにして何か妙にはにかんでいる。
真人の第六感が未曽有の危機の到来を告げていた。
「いちおう、奴隷小屋で殿方の喜ばせかたは一通り聞いてはいるのですが……実践はまだでして……いや、でも知識はバッチリですから
どんとこい!と申しますか………………もう…何言ってるのかしら私………////」
反則的に鈍い真人でもさすがにシェラがなにを言わんとしているのか理解した。
「ふつつかものではございますが…ごご…ご主人様の夜伽を勤めさせていただきます。どうか可愛がってやってくださいませ……」
「プリムはまだ何も習ってないの。ご主人様それでもいい?」
いったい何を習ったとか習ってないとか言っているのだろうか?。
………現実逃避している場合じゃないな。性的な媚術に決まっている。女奴隷の一番身近な扱われ方なのだろう。
頼むからそんな殺人的な可愛らしさで身を委ねきったような視線を送らないでくれ………////
真人とて木石ではない。
性欲も健常にあるし、というより実は豊富な性経験を持っているのであった。
陰陽道において房中術はむしろ基本である。
人が持つ気の量を増やしたければ他人から奪えば良い。気の侵奪においてセックスは非常に効率的な手段なのだが………
当然のことながら修行の一環ではなく、しかも心を許した女性との性経験など真人にあろうはずもない。
「…………おやすみなさい……」
「「ご主人様!!」」
聞かなかったことにするのは無理であるらしかった。
というよりなんでそんなにやる気まんまんなのだろう?
「オレはシェラもプリムも家族のように思っていると言ったと思うが…………」
「立場は別としてともおっしゃいました」
シェラ………君はオレにどうしろと……?
「では逆に二人に問うが、君たちにとってオレは奴隷の娘を買って夜伽をさせて悦に入るような人間に見えるのか………?」
古めかしい口調の言い回しが実は真人もかなりテンパッていることの証なのだが、そこまでは二人も気づかない。
「………わかってます……本当はご主人様がそんな行為をお望みにならぬぐらい………でも!私たちはご主人様に御恩返しがしたいんです!」
「プリムにできることならなんでもしてあげたいの!」
命を救われたのみならず、足を完治させ、さらに家族同様に遇してくれる………それだけの恩をこうむりながら己の身体以外に返すべきものをもたない二人は二人なりに必死であったのだ。
………そんなことはない。
二人がこうして傍にいてくれるだけで自分は十分以上に救われている。
真人は二人にそう告げるべきであったし、それは真実でもあった。
出会いかたは普通ではなかったけれど、これからゆっくり時間をかけて本当の家族になっていこう。
たとえ離れていても決して消えない……血の絆より濃い心の絆を結べるように………
そんな内心の決意はどうあれ、真人はむくむくと湧きあがる誘惑の魔の手を振り払えずにいた。
それは真砂との間には果されることのなかった密やかな欲望…………
プリムのような幼い娘を抱くなど言語道断だが、これくらいは許されるのではないだろうか……?
そんな言い訳を内心に言いつつ真人は決定的な言葉を紡ぎだす。
「夜伽はいらないけど………オレを”お兄様”と呼んでみてくれるかな?」
プリムの鳶色の瞳が喜色に輝いた。
「いいの!?」
「むしろこっちがお願いしている。」
「お兄様♪」
プリムが満面の笑顔で真人の腰に抱きついてすりすりと頬をすり寄せる。
兄として至福の感触に真人は酔いしれた。
ふと気がつけば、控え目ながらシャツの裾をつまむ小さな手の感触がある。
「………お………お兄様……////」
恥じらいに頬を染めながら上目づかいに潤んだ瞳を向けるシェラがそこにいた。
神さえ殺す超絶の武力を誇りながら、もう何かいろんなものに敗北してしまった真人は二人の柔らかな肢体を抱きしめながら、己の弱き心に涙するのだった…………。
真人が朝の日課をこなし終わったころ、シェラが起きだしてきた。
「おはようございます!ご主人様」
「お、おはよう………」
夕べのシェラの恥かし気に頬を上気させる表情を思い出して思わず真人はどもる。これではどこぞの危ない人のようだ。
真人の反応を敏感に察したシェラはくすくすと笑いながら人差し指を口元にあてた。
「侍女服を着ている間は、ご主人様でご勘弁くださいましね♪」
シェラなりのけじめとして、協議のすえ侍女として働いている時間はご主人様、夕食以降とプライベートな時間についてはお兄様と呼ぶという取り決めがなされていた。
それにしてもたった一晩にして精神的優位を手中に収めるとはやはり女性は強いというべきか、それとも真人が弱いだけだろうか………
「う〜ご主人様、おはようございます〜」
シェラに無理やり起こされたのか、プリムはまだ寝ぼけ眼を擦っていた。
それでもシェラとてきぱきと朝食の用意をするのはさすがというべきか。
コンコン
控え目なノックの音がリビングに響く。
「お客様でしょうか…………」
シェラとプリムが連れだって玄関へと出迎えに赴いた。
「「いらっしゃいませ!」」
ドサリ………と女性の手から朝食の材料らしい袋が滑り落ちる音がした。
もう一人の女性はワナワナと震える指でシェラとプリムを指さして口をぱくぱくさせている。
「ルーシアにシェリーさんじゃないか」
真人の呼びかけに我を取り戻した二人の口から絶叫が屋敷に轟いた。
「「真人(様)ってロリコンだったの(んですか)?」」