第十二話
檻から出たばかりの姉妹は服というのもおこがましいボロ布を纏ったようなものだった。
「シェリーの叔母さんにまたお世話になるか」
真人はシェラとプリムを伴ってもときた道を戻り始めた。
「…………いらっしゃい。……たった数時間で女を入れ替えるとは見かけによらずあんたもやるもんだね」
どうしてだろう?女主人から非難の目を向けられている気がするのは……
「ごらんのとおり二人には衣装らしきものがありませんので……いくつか見繕っていただきたいのです」
「ご主人様……あの……こんなことを申し上げるのは恐縮なのですが……侍女服もあればお願いしたいのですが……」
シェラが申し訳なさそうに真人に告げる。
真人としては二人を奴隷として扱うつもりはなかった。
むしろ二人を両親のもとに返してやろうと考えていたのだが、奴隷として登録を受け烙印を押された彼女たちにそんな自由はないのだと言う。
「それに……帰る家はもうありませんから………」
結局二人は真人の家で侍女として働くことが決まっていた。
「それじゃ侍女服のほうもお願いします」
「任せておきな。下着も可愛いのを見繕ってやるよ」
女主人の言葉にシェラとプリムの頬がパッと朱に染まった。
……そういえば女の子なんだから可愛い下着も履きたいのだろう。男のオレには気がつかないことだ。女主人には感謝しなくては。
「よろしくお願いします」
「「ががが、頑張ります!///」」
シェラとプリムがやけに気合をいれて試着室へと入っていった。
服を着るのにもなにか頑張りが必要なのだろうか………?
女主人が呆れかえったようにため息をつくといささかの軽蔑をこめた眼差しで真人を見つめた。
「あんたみたいな男はいないほうが世の女のためのような気がするねえ………」
………おずおずと恥じらいながら二人が現れる。
「いかがでしょうか…………?」
二人とも萌黄色のロングスカートにクリーム色のブラウスを着ていた。
襟元の赤いリボンがアクセントを添えている。
つい先ほどまでボロを纏っていた奴隷とも思えぬ可愛らしさだった。
「………とっても可愛いよ、二人とも」
「「ありがとうござます!」」
花が咲いたように笑い、抱き合う二人の様子に思わず笑みがこぼれてしまう。
…………ああ……こんなに自然に笑えるのはいつ以来だろう………
永い間忘れていた………これは楽しいという気持ち
一緒にいることで心が暖かくなる気持ち
真砂と過ごすほんの短い時間以外に感じられなかった気持ち………
この世界でなら取り戻せるのだろうか
武器ではない、人としての自分を……………
愛くるしくじゃれあう姉妹が急にまぶしいものに思えて真人は目を細めた。
オレは人として生きてもいいのかもしれない………
彼女たちの笑顔がそういっているような気がして真人は心からの微笑みを浮かべた。
………………姉妹は仲良く真赤になって固まってしまったが。
「ここがご主人様のお屋敷ですか?」
「まあ、今日買ったばかりの我が家だけどね。今日からはここが君たちの家だよ」
真人の甘い言葉に姉妹は陶然となってしまう。
あと半年生きながらえることができるか、と諦めかけていたのはほんの数時間前のできごとなのだ。
それが、今は美しくも優しい主人をいただいて姉妹が離れ離れになる心配もなくなった。
もしも神様がいるならいくら感謝してもしきれないと思った。
世界の片隅で鷹揚に頷く神様がいたようだが気がつくものはいない。
「………部屋のかたづけもまだなんだけど……まずはお風呂に入ろうか」
真人は純粋に姉妹の健康に気遣っただけだが、姉妹はそうは受け取らなかった。
………せめてプリムに肌を拭ってもらうのだったわ……
………うええ〜ん!売れないために身体を汚くしすぎたよ〜!
「火行を以って炎の風と為す、爆ぜよ」
一瞬で風呂に張られた水が沸いた。
こんな魔術の使い方をするのは世界中探しても真人しかいないかもしれない。
現にシェラもプリムもあんぐりと口を開けて絶句している。
「ゆっくり浸かって温まっておいで」
羞恥に顔を首筋まで赤く染めながら二人はこくこくと首を振った。
「あがらせていただきました……………」
「気持ちよかったです〜」
風呂上りの二人の艶やかさに真人は少し目を瞠った。
真人に傷を癒されたプリムは、わざとくせをつけていた金髪をさらりと伸ばしてタオルで水気をぬぐっている。
赤ん坊のようなプリプリした肌が、どうやら闊達でお転婆なプリムの本性を象徴しているようだった。
姉のシェラは寝たきりであった不健康さが抜けきっていないが、白雪のように白い肌を桜色に上気させ、腰まで伸びていた髪を結い上げた
様子は思春期特有の危うい色香を滲ませていた。
「それじゃあオレも入ってくるから二人は飲み物でも飲んで待っておいで」
自分でも理解のできない居心地の悪さを感じて、真人はそそくさと風呂場のなかに逃げ込んだ。
「……………ふう………」
大理石で造られた浴室は貴族らしい広さで、全身を伸ばしてゆっくりとくつろぐことができる。
中御神家の檜の風呂桶とはまた違った味わいだった。
ふと思い返してみれば、この世界にやってきてまだ一日もたっていなかった。
それなのに何人も知り合いができて、そのうえ女の子二人といっしょに暮らすという現状が真人は可笑しい。
初日からこの有様では明日以降はどうなることやら………
ガラリ
「ご……ご主人様……お背中をお流しいたします………////」
「流しま〜す!」
タオルを身体に巻きつけた姉妹が風呂場に入ってくるのを、真人は信じられない思いで見つめていた。
波乱の初日はまだ終わってはいないようだった………