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第十話



「さあ、妾とともに参るがよい。そして心ゆくまで甘いときを過ごそうぞ!」




「真人様は当ハースバルド家のお客人です!勝手にお連れしようとしないでください!」




「妾はシェレンベルグ侯爵家の一人娘ぞ。頭が高いわ!」






…………かなりカオスな空間が広がっていた。






当年とって22歳……豪奢な金髪を腰まで伸ばし、相手を圧倒せずにはおかぬ深い翠色の瞳が印象的なシェレンベルグ侯爵令嬢と楚々としたメイド服に身を包んだ色香の高いシェリーがにらみ合う迫力は余人の介入を許さない。




それにしても真人を白馬の王子様にして運命が定めた恋人だなんて…………




シェレンベルグ侯爵令嬢アナスタシア・ティレース・ノルド・シェレンベルグはいささか夢見がちな傾向にあるようだ。


ルーシアなら「あれは妄想癖っていうのよ!」と絶叫しそうだが。




「………真人殿と申されたか。貴方もハースバルドのような無骨なところより、優雅な我が家のほうが過ごしやすかろう?」




「そんなことありませんよね!真人様!」




「…………異国から参ったばかりゆえお話が少々わかりかねますが……私のような得体の知れぬものを置くのは如何なものでしょうか?」




自分はこの世界にとって異邦人のはずだ。


神を殺すためだけに特化された人の形をした凶器………


なのにこれほどの好意を受ける理由がわからなかった。


戦うことは我が使命………彼女の命を救ったのも成り行きの結果にすぎない。




「命の恩人を招くのになん差し障りがあろうか。それに………妾は聞いたのじゃ。真人殿こそ我が背の君だという神の言葉を」




「空耳でしょう」




シェリーが一言でばっさり切って捨てる。




「ハースバルド家は家人の教育がなっておらぬようじゃな………」




「いいえ!よく言ったわシェリー!!」




息を切らしながら現れたのはルーシアだった。


ルーシアの後ろから数人の衛兵とウーデット伯爵も姿を見せる。




「伯爵様たちをお連れしました。主様」




「ありがとう。戻れ、篝」




篝が空気に溶けるように消えていく様を見てウーデットが驚きの目を向けた。




「今の使い魔はどこへいったのかね?」




「使い魔……私の流派では式神と言いますが……。実体化していないだけで、私のそばに控えてますよ」




自分がどれだけ特殊なことを言ったか、この少年はわかっているだろうか。


この世界の使い魔とは魔力と肉体の合成物………知性があり、変形が可能であったとしても、隠しようも無く肉体が存在する。


もし、真人の言うとおり実体のない使い魔がいたなら、それは目に見えぬ武器を隠し持つに等しい。


特に武器の携帯を禁止された王宮内などに潜入した場合、それは恐るべき戦力になるだろう。




そんな伯爵の危惧をよそに女たちの争いは激化の一途を辿っていた。




「だいたい貴女、ラウンデル子爵とお見合いしたって聞いたわよ。いきなり浮気してんじゃないわよ!」




「子爵が妾に釣り合う男と思うか?冗談ではない。父上の頼みゆえ、あっては見たが到底妾の夫たる器ではないわ」




轟然と胸をそらすアナスタシアに真人は思わず首をひねる。


………夫って自分で選べるものなんだ………


中御神家では結婚の自由は認められていなかった。


結婚とはより強い血統を残すための交配作業にすぎなかったからだ。


真人も知識として恋愛の結果としての結婚を知らないわけではないが、いかんせん情報源が古すぎた。


………ただ、戦って神を殺すために生まれた真人にとって必要外の知識を蓄える情報源は基本的にない。


ごく稀に陰陽術を記した書籍の中に混じった宇治拾遺物語のような昔語りと、他家から指導にきた導師との雑談が真人の一般常識の全てだった。




ちなみにその偏った知識上、真人のなかで世界は一夫多妻制である。






「だいたいルーシア嬢のような、凹凸の乏しい女性らしからぬ体形の者では真人殿と並ぶのはいささか見劣りがするというものじゃ」




「それについては同感なのですが………」




「ちょっとシェリー!あんた帰ったら覚えてなさいよ!」




ルーシアが己の胸を抱きかかえてシェリーとアナスタシアを睨みつける。


たわわに実った二人のふくよかな果実と自分のいまだ青さの抜けぬ蕾を見比べる…………




「女の魅力は胸だけじゃないわよおおおお!」




「負け惜しみだな」




「負け惜しみですね」




「こんちくしょおおおおおおおおおお!!!」




ルーシアのただでさえ少ない忍耐力が限界に達した。


アナスタシアとシェリーに向かって飛び掛ったかと思うと、髪を引っ張り頬をつねる………完全にお子様のケンカが始まった。




頭痛を抑えるようにこめかみに手をやりながらウーデットは真人に囁いた。




「今のうちにここをでて家に戻ったほうがいいぞ。貴公がいると収まるものも収まらなそうだからな」




伯爵の言葉に真人はルーシアたち三人に目を移す。






「真人こそは妾の運命じゃ。運命を邪魔することは何人にもできぬ!」




「何言ってんのよ!真人はこれから私とオスパシアの軍を担っていくんですから!」




「真人様は私のような庶民と心穏やかに過ごされたほうが幸せだと思います!」






髪を振り乱し、擦り傷と痣だらけになって罵り合う三人の般若がそこにいた。




「お言葉に甘えさせていただきます……………」




「頭が冷えたら私からうまく言っておこう。今日はご苦労だったな…………」




「いえ…………」






神をも殺し、超絶の武量を誇る真人にも勝てないものがある…………そういえば拗ねた真砂にも全く勝てる気がしなかったっけ。




天幕を出ると、そこは王国兵が慌ただしくいきかっていたが、奴隷市自体は続いているようだった。


檻の中の少女を値踏みする男


筋骨隆々とした美丈夫の競りに興じる貴婦人たち


人を物として売買することを日常として肯定された世界………




真人の胸を黒い霧が覆い隠していく。




………ここにいてはいけない。ここは……中御神を思い出させる………




家路へと急ごうとした真人は己の耳を疑った。






「てめえみたいな粗○ンじゃ、あたしみたいなガキだって満足できないね!出直しといで!」






言っていることは無茶苦茶だが、聞き間違えようも無い。


………妹の………あの懐かしい真砂の声だった。





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