恋する乙女は、我が国一モテる騎士
騎士として名を馳せ、国中のご令嬢から町娘に至るまで、妙齢の女性から熱い視線を受けている彼女の名はジェラルディン・カレイジャス。
銀色の、まるで絹のような美しい髪を靡かせ、凛々しく、しかし中性的で端正な顔立ちの美形が真っ直ぐに王宮を歩く姿はまさに貴公子。
すらりと高い身長と長い手脚は、その所作も美しい。
先の大戦で、敵の総大将を単騎で討ち取る大手柄をたてた際の傷だと言う、美しい顔の右頬に走る大きな傷も、ミステリアスさを引き立てていて素敵だと評判である。
口数も少なく、そこが神秘的であると評する者もいる。
我が国の第一皇女であらせられるティアナ皇女も、彼女にいたくご執心であるともっぱらの噂である。
繰り返す。『彼女』、である。
我が国きってのモテ男……、違った。モテ女、ジェラルディン・カレイジャスは女性なのである。
「ジェラルディン様だわ」
「素敵ねぇ」
侍女達の囁きはジェラルディン本人にも届いているが、ここで彼女達と目を合わせてはいけない。
とたんに、黄色い悲鳴をあげてしまう。
するとそれを聞きつけて人が増えてしまう可能性がある。
さらに下手をすると、倒れてしまう者が出る事すらある。
絶対に、目を合わせてはいけない。
確かに中性的で背も高く体型もスレンダーで、顔立ちは神の最高作品と謳われる程。彫刻のような美しさは性別を感じさせない。
ジェラルディンと言う名の響きも彼女の性別を迷子にしている一因ではある。
世の女性達に男装の麗人のように扱われるジェラルディンだが、男装をしたこともないし、普段も騎士としての服装をしているだけである。他の女性騎士達となんの違いもないのだが、彼女だけ、まるで神の申し子のような雰囲気が周囲に撒き散らされてしまうのだ。
本人の意志に一切関係なく。
「わ、わたしは……!女性にモテても嬉しくないんだっ!!!!」
彼……、じゃなかった。彼女の嘆きは誰にも届かない。
彼女は無口なのではない。
騒ぎにならないように、極力、人(特に女性)との接触を減らしていく過程で、あまり話さないほうがいいと学んだだけなのである。
「おやおや、これは白百合の騎士殿ではないか」
げっ。
王宮で会いたくない人物ナンバー1にいきなり会ってしまった。
ナインハルト第二皇子。
我が国の令嬢の人気をジェラルディンと二分している、と言われているが、実際の所は3分の1が皇子の信者ならまだいいのでは?と言った比率だ。
それも皇子の立場を含めての比率なので、本当の所はお察しの通りだ。
ナインハルト皇子はジェラルディンより頭半分ほど高い視点から見下ろしながら言葉をかけてくる。
「本日はわざわざ王宮まで何用か。
まさか我が妹、ティアナに会いに来たのではあるまいな。白百合の騎士殿」
白百合の騎士。
何、白百合って。女性にモテるからって隠語的な意味含めたよねこれね。全然隠れてないからね。
これ名付けた奴、本当に許さない。絶許。
広めた奴も許さない。マジ絶許。
つまり、目の前の人物なんだけどねっ!!
ナインハルト皇子!!
将来禿げてしまえっ!!
肥えてしまえ!!
水虫になって……、いや、そこまでは可哀想かな。これは保留にしておこう。
「はっ。本日は騎士団長、ガスダード公爵閣下の命により、昨日行われましたハロコパ平原の魔物一掃討伐作戦の報告に参上致し」
「わかった、わかった」
そっちから聞いておいて話しの途中で終わらすんじゃないぃっ!!
「だったらこんな所でもたついていないで、さっさと叔父上に報告しに行け。ティアナがそなたがいる事に気づいたら面倒」
「ジェラルディン様ぁぁ~~~っ!!!」
語尾にハートマークが大量に付きそうな声で廊下をかけてくるティアナ皇女の姿が見える。
ああ……。言ってるそばから見つかった……。
王宮で会いたくないない人物ナンバー2まで揃ってしまった。ナンバー3はいないので、つまりコンプリート状態だ。
非常に嬉しくない。
おい、皇女。廊下を走るな。淑女の礼はどうした。
我が国どうなってんの。
「チッ!白百合の騎士、貴様がもたもたしているからだぞっ!!」
誰のせいだ!!引き止めたのはお前だよっ!
そんで白百合言うな!
シスコン皇子(毎回ティアナ皇女がらみで嫌味を言われているのでシスコン認定)が引き止めなきゃ、今頃はもう団長閣下の執務室に着いてたわ!
と言いたいが、悲しいかな一兵卒には、
「申し訳ございません」
と返す他に言葉がない。
「ジェラルディン様!お久しぶりでございます!!
お会い出来るなんて嬉しいですわ~!!」
息を乱しながら、全開の笑顔で抱きついてくるティアナ皇女。
ぐふっ!
本気でぶつかってくるから、抱きとめるのも結構苦しいんだよね。
これわたしが普段から鍛えてるから倒れないだけであって、普通のご令嬢だったら一緒に倒れちゃうからね?派手に。
「ご無沙汰しております。ティアナ皇女殿下におかれましては、本日もお健やかに」
「お茶を致しませんかっ!」
話しを最後まで聞かないのは王家のしきたりかなんかですかこんちくしょーーっ!!兄妹揃ってよー!!
「わたくし、これから暇ですの!是非ジェラルディン様に召し上がっていただきたいお茶がございますのよ」
貴方様がお暇であっても、わたしは任務中。
これから報告に行くの!
早く団長様にお会いしたいーーー!!
わたしにとって団長様とお会い出来るのは本当に貴重な時間なのだ!!
早く解放してーー!!!
我が騎士団の団長であらせられるガスダード公爵閣下は本当に素晴らしいお方だ。
はじめてガスダード様のお姿を拝見したのは、戦地より軍馬に乗って凱旋する凛々しいお姿だった。幼き日のジェラルディンは一目で恋に落ちてしまった。
少しでも近づきたくて騎士を目指すようになり、元々適性があったのか剣技の才能にも体格にも恵まれ、結果メキメキと腕を上げ、気づけば憧れのガスダード様と共に戦場を駆けていた。
ガスダード様は今年35歳を迎えられて、ますます男ぶりに磨きがかかっていらっしゃる。本当にカッコイイ……。
奥様を早くに亡くされてから、ずっと独り身でいらっしゃる所も一途でいらして本当に素敵だ。
だが、だからこそ諦めきれない気持ちもある。
14も歳下の、身分もずっと下で、年齢も令嬢としては行き遅れ。
しかも顔にこんな大きな傷をつけている、男勝りの大女が相手にされない事ぐらいはわかっている。
だけど、きっとガスダード様が再婚なさる時がくるまで、この淡い期待はずっと手離せないだろう。
「ティアナ様、申し訳ございませんが、わたくしは任務の最中でございまして。お茶の機会はまた後日」
「いやですわ。前もそう言っていたではありませんか!!」
ああ、本当にこのお方とガスダード様は親戚であらせられるのかー!?
この馬鹿兄妹!!偉大な叔父君ガスダード様の爪の垢でも煎じて飲めっ!
「ティアナ、白百合の騎士殿は忙しいそうだ。そんな奴は放っておこう」
「お兄様は黙ってらして。わたくしはジェラルディン様とお話し致しておりますの!」
馬鹿兄妹が騒いでる間に、もう行ってもいいかなぁー。
でも気づいたら走って追いかけて来そうじゃない?
さすがにわたしは王宮の中走れないじゃない?
また捕まる?
わー。さらに面倒くさくなる?
下手に逃げられない。けど逃げたい。
うう~~っ!!
ガスダード様ぁぁぁっ!助けて~~~~!
「そこで何をしている」
ああっ!神よ!
むしろ神がご降臨なされたっ!!
キャーーッ!やった~~!
ガスダード様だぁ~~~!
ガスダード様~~~!!
カッコイイ~~~!!
本日も素敵ですっ!!!
好き~~!!ホッント好き~~~!!はぁ~~~っ!
「またお前達はジェラルディンを困らせているのか。
彼女は任務中だ。さ、行こう、ジェラルディン」
「はっ。では、失礼致します」
馬鹿兄妹に頭を下げてガスダード様の後ろをついて歩く。
は~~。我が救いの軍神よ。
後ろ姿もカッコイイ。抱きつきたい。
嘘。本当は抱きつくどころか、ガスダード様に触れるとか無理。カッコ良すぎる無理。
はあ~~~~~っ!!
「……チッ。叔父上にまた持っていかれましたわ。お兄様が邪魔するからですわよ」
「お前が邪魔してきたんだろうが。ジェラルディンと先に話していたのは俺だ」
「どうせ、またいつものようにねちねち文句ばかり言っていたのでしょ。
いい加減、好きな子をいじめるのはおよしになったら?
いい歳して」
「ななななにを言うかっ!俺はジェラルディンをいじめた事などない!ましてやジェラルディンに惚れてなど」
「どの口が。ではわたくしがジェラルディンと付き合っても問題ありませんでしょう」
「あるに決まっているだろう!だいたい、お前達は女同士で……!」
「あら、わたくし本気ですわよ。
本気の本気の、本気ですからね!
いいですわ。お兄様はそうしていつまでももたもたしてらしたら宜しいのだわ。このままでは叔父上に取られてしまいますもの」
「それも駄目だっ!!
第一叔父上とジェラルディンでは年齢が離れ過ぎているだろうが!だったら俺のほうが!」
「ほ~ら。やっぱりお兄様だってジェラルディンを……」
「いや、それは、だったら、と仮定しての例え話しであって……!」
「けっ!!このヘタレ兄が」
ジェラルディンが久々のガスダード様との逢瀬だ!と心浮かれている間に、王宮では様々な思惑が渦巻いていた。
知らぬは本人ばかりなり、である。
「……可愛い我が団の白百合を、あいつらごとき小童どもに渡す訳にはいかないなぁ」
「え?閣下、何かおっしゃいましたか?」
「いいや?なんでも?それでは報告を聞こうか」
「はい、今回の作戦でしたが……」
一番の狸は、きっとガスダード公爵であろう。
狸はニコニコと笑い、ジェラルディンにも笑みが浮かぶ。
皇子と皇女に勝ち目はなさそうだ。
遠くない未来、ジェラルディンの恋の行く末が決まりそうである。
彼女の望む形で。
蛇足ではございますがキャラ設定を。
ジェラルディン
超絶美形な女性騎士。中性的な顔立ちでスレンダーな体型とクールさ(無口なだけ)で男装の麗人扱いを受けているが、男装した事は一度もない。実家は伯爵家。剣の腕前は戦争で手柄をあげる程。
本人も自分の造形がそれなり良いと自覚してはいるが、ガスダード公爵の好みでなければ意味がなく、女性に騒がれるのも困っている。
あまり喋らないが、心の中の独り言はかなりうるさい。
身長が男性なみにある事と、顔の傷がコンプレックス。
ガスダード様大好き、
ナインハルト皇子
好きな子に、いまだに意地悪な事を言ってしまうツン駄目皇子。
幼い時、庭園でジェラルディンにはじめてあった時、白百合の花が咲いているようだと思い、白百合のご令嬢とこっそり心の中で呼んでいた。成長した彼女は騎士になってしまい、つい人前で白百合の騎士と呼んでしまった為二つ名として定着してしまう。
ティアナ皇女
ガチ百合皇女。ジェラルディン大好き。髪の毛つやつやふわんふわん、お目目くりくりうるっうるの正統派美少女。叔父であるガスダードと兄であるナインハルトにだけは、絶対にジェラルディンを渡さないと心に決めている。
ガスダード公爵
騎士団団長にしてジェラルディンの上司。皇子皇女の伯父で元王族。
早くに妻を亡くしてから長く独り身だが、ジェラルディンが騎士団に入隊当初から、結婚相手に、と裏で着々と準備を進めている腹黒狸。策士なあたりは狸だが、見た目は狼のほうが印象にあう。
実は結構苦労人の、がっしり系ワイルドイケメン。
ジェラルディンとは両片思い状態。