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縁(香奈)


一旦家に帰ったあたしは、すぐに着替えて自転車で近所の公園、宮リバーパークに向かった。期待で胸がわくわくしている。ともすればにやけそうになる顔を必死で引き締める。

 

あたしが公園の駐車場に着いた時、佑樹はまだ来ていなかった。


駐車場の端に自転車を停めて、すぐ近くのベンチに腰掛けて待つことにした。さっき学校で別れる前のやり取りを思い出してまたちょっとにやけそうになる。



      ◆



バイク置き場で佑樹と話しているうちにいつの間にか時間が経っていて、気がつけばあたしが乗らなくちゃいけない電車の時間が迫っていた。


それで、とりあえずケータイのアドレスを交換しようって話になった。高校に入って初めてケータイを持つようになったあたしのアドレス帳に、初めて家族以外の名前が加わる。


まだ使い慣れないケータイの操作にあたしが手間取っている間に、佑樹はさっさとあたしのアドレスの登録を終えてしまった。モタモタとケータイの操作をするあたしの手元を見ながら佑樹が何気なく訊いてくる。


「そういや、香奈ちゃんは免許取ったら、バイクはどうすんの?」


「モンキーに乗るけど?」

 

ぽちぽちと名前変換をクリックしながらなにも考えずに答える。


はやみ……速見……速水。


ゆうき……勇気……有機……結城……祐樹。


「いやそれは分かっとるけどな。買うん?」

 

ポチッとな。登録完了。ケータイをスカートのポケットにしまう。


「うん。お父さんが15万円までは出してくれるって言うてくれとるから、足りない分は夏休み中にバイトして稼ぐつもりやよ」

 

この前買った【モト×もっと】に載っていた現行モンキーの値段は30万円ぐらいだったから、夏休み中に目一杯バイトを頑張って、これまでの貯金と合わせれば買えるはず。


「ふーむ」

 

佑樹はあごに手をあててなにかちょっと考えているみたいだった。


どうしたんやろ?


「香奈ちゃんは、服とか買うときに必ず新品しか買わん人? それともリサイクルショップとかも利用する人?」

 

いきなりなに言い出すんやろ?


「そのへんはあまりこだわらんかな。リサイクルショップとかネットオークションとか覘くのけっこう好きやし。でもなんで?」


「ならな、これはあくまで一つの案やけどな……」


「?」


「俺の家に壊れた旧車のモンキーが一台あるんさ」


「えっ!?」


「壊れとるっつっても直せばまだ十分使えるレベルやけどな。香奈ちゃんにその気があるんやったら試しに直してみるか? 何年も放置してあったやつやで消耗部品とかいろいろ換えなかんけど、それでも自分で直すんやったら親父さんが出してくれる15万でおつりがくるはずやに」

 

話を聞いてみれば、そのモンキーは佑樹にとってのバイクいじりの師匠の知り合いが処分すると言っていたものを貰ってきたもので、モンキーを愛用している佑樹に部品取り用として譲ってくれたものらしい。


「なっとする?」


「そのモンキー、今日見せてもらってもええかな?」



        ◇




そして、今に至る。ほんと、偶然って面白いと思う。


あたしがたまたまサーラさんの[もんちー]に一目惚れしてモンキーに乗るために免許を取ろうと思い立ち、サーラさんはあたしの制服から自分の後輩だと気付いて同じ学校に通う佑樹を紹介してくれて、佑樹とあたしは偶然同じクラスで、しかもあたしにとってほぼ唯一学校で会話を交わす相手だったわけで。


一つでも歯車が欠けていたら、あたしと佑樹は今もたまに言葉を交わすだけのただのクラスメイトだったはずで。


ほんと、偶然って面白い。


――……ブロロロロロ

 

あ、来た。エンジン音に続いて、モンキーに乗った佑樹が現れ、駐車場に入ってくる。オイルで汚れた作業用のツナギがやけに板に付いている。


「ごめん。(おそ)なった」

 

ベンチのあたしのそばで停車して彼が謝る。急に無理言ったのはあたしだから謝られるとちょっと悪い気がする。


「ええよー、あたしも今来たとこやし。汚れていい服装って言われたから着替えたけど、これでええかな?」


佑樹があたしを上から下まで一瞥する。今のあたしの格好は、髪をおさげに結んで、ボーダーのカットソーにデニムのオーバーオール。


「ん。問題なし。ほんなら俺についてきて。速すぎたら言うてな」


「うん」

 

佑樹のモンキーについて自転車で走り出す。タイヤのサイズが8インチしかないモンキーはあたしの自転車よりもかなり小さい。小学校低学年の子供用自転車ぐらいかもしれない。そんなちっちゃなモンキーに170㌢ぐらいある佑樹が乗ってるのはなかなかアンバランスで微笑ましい。


でもやっぱりモンキーは可愛ええなぁ。

 



宮リバーパークから佑樹の家までは自転車でもほんの10分の距離だった。バイクなら5分もかからないはず。元々同じ中学校に通っていたんだから別に不思議な話じゃないけど、こんなに家近かったんやなぁと驚いた。

 

佑樹の家はこの町では普通の古い平屋の一戸建てで、石造りの門に車二台用のガレージが隣接している。


佑樹は門ではなく、ガレージの方の鍵を開けてシャッターをカラカラと押し上げた。薄暗いガレージの中に車は無くて、色々な工具が壁一面に並んでいて、バイクの部品とか道具箱とかで一台分のスペースがまるまる占領されていた。

 

すごいなぁ。まるで整備工場みたいやん。


もう一台分の空きスペースがあったけど、そっちにはたぶん、家の人が使っている車が普段は停まっているんだろう。


「とっ散らかっとるけどどうぞー」

 

電灯のスイッチを入れて、佑樹がモンキーを押してガレージに入っていく。後に続いて中に入った瞬間、蛍光灯が点いて目がちかちかした。

 

目が慣れてきたあたしの目の前に、それがあった。


元の色が分からないくらい埃を被って、シートも破れてて、エンジンもチェーンも錆だらけで、タイヤは両方ともパンクしているけど、サーラさんや佑樹の愛車と同じ形のモンキーがそこに佇んでいた。


「……この子がそうなんやね」


「見ての通り、現状ではとても乗れるような状態とは言えんな。でも、倉庫の中で保管されとったやつやで直せへんほど傷んではおらんと思う」

 

あたしはそのモンキーの横にしゃがみこんでタンクをそっと指でなぞってみた。埃が指先に真っ黒に付着する。それを見て、なんだか悲しくなった。

 

走る為に生まれてきたはずやのに、何年、暗い倉庫の中で埃を被るままになっとったんやろ? 


乗り手からもその存在を忘れられ、ゆっくりと朽ちていきながら。


……もし、機械に心があったなら、どんなに辛かっただろう。


まだ走りたいよなぁ? まだ走れるよなぁ?


ずっと火の入ることの無かったエンジンは冷たく冷え切っていて、まるで、選手生命が絶たれてやさぐれていた最近までのあたしを見ているようだった。


あたしは錆びたエンジンに触れたまま、心の中で誓う。

 

あたしが、あなたをもう一度走れるようにしてあげる。そのかわり、あなたは自分の足では走れないあたしの足になる。そうすれば、あたしたちは一緒にもう一度風になれるから。

 

あたしは立ち上がって佑樹に向き直った。腕を組んでモンキーにもたれていた佑樹が顔を上げる。


「どうするか……は、聞くまでもなさそうやな」


見透かされていたことに気恥ずかしさを感じながらもうなずいてみせる。


「うん。あたしこの子がいい。直して、もう一度走らせてあげたい。……なぁ佑樹君、直すん手伝って……くれるよなぁ?」

 

佑樹がふっと口元を緩めて笑う。


「おう。その言葉待っとった。ぶっちゃけ俺もこいつを部品取りなんかやなくて一台のバイクとして走らしたりたいからな。……ほんなら、一緒に直してみよか」


「うん!」


モンキーを撫でようと手を伸ばしかけてふと気づいた。あたしが指先で埃を拭った部分がなんか金色っぽいような……。


「んー? なぁ佑樹君、気のせいかな? なんかこの子、金色っぽない?」


「え? ……まさかコイツあれか?」

 

佑樹が驚いたようにその辺にあった布でモンキーのタンクをごしごしと擦る。灰色の埃の下から現れた色は金。


「マジか。初代ゴールドメッキ仕様やんか! 1984年に数量限定で発売された奴や。珍しいもんが出てきたなぁ」

 

佑樹が興奮しているのが分かる。


「そんなに珍しいん?」


「それまでの4㍑タンクの三速ミッションから今の5㍑タンクの四速ミッションに変わった最初のモデルでな、2002年式の俺や2005年式のサーラのモンキーの直系の先祖にあたる車種やな。俺も実物見るんは初めてやなぁ」


「へぇー、そうなんやぁ。84年ってことはあたしたちよりも大分年上なんやねぇ」


「まぁそうやな。でもカブ系の4miniは頑丈やで多少古くても大丈夫やに。大事にメンテナンスしてけばこれから先も何十年だって使えるに。それにモンキーは人気車種やで純正パーツの生産は終了しとるけど社外品パーツやったらいくらでも手に入るからメンテナンスも問題なくできるしな」


「カブ系の4miniってなんなん?」


「HONDAのスーパーカブから派生した、カブと同じ4サイクルエンジンを搭載したミニバイクの総称やな。モンキー、ゴリラ、ダックス、シャリー、ジャズ、ベンリー……他にもあるけど、みんなスーパーカブのエンジンをベースにした4サイクルエンジンを使っとるんさ。まぁ詳しい説明は……しても分からんやろから省くけど、モンキーに積んである4サイクルエンジンはとにかく頑丈で壊れへんのやわ」


「へえ」

 

やっぱり詳しいんやなぁと佑樹の知識に感心する。あたしも勉強して佑樹と同レベルで会話できるようになりたいなぁ。


学ぶべきことはたくさんある。なんだかワクワクしてきた。

挿絵(By みてみん)


――……ブロロロロ


あたしの耳が、聞き覚えのあるエンジン音が近づいてくるのをとらえる。

 

あれ……この音、もしかして……。

 

あたしがガレージから顔を出すとやっぱりそうだった。


あたしの目の前で[もんちー]が停車して、ヘルメットを脱いだサーラさんがあたしを認めてにっこりと笑う。


「あら香奈ちゃんやん。昨日の今日でもう家に遊びに来とるなんて、なかなかすみに置けへんなぁ」

 

そう言いながら[もんちー]を押しながら当たり前のようにガレージに入ってくるサーラさん。


「はぁい、ユウ君。ノブさんがくれたモンキー、香奈ちゃんに使わせることにしたん?」


「……なるほど。香奈ちゃんを俺に接触させた狙いはそこやってんな」


「うふ。察しがええやん。だって、せっかく壊れたモンキーがあって、整備できる人がおって、乗りたい人がおるんやもん」


「あんたにゃ敵いませんわ」

 

佑樹が降参とばかりに両手を挙げる。

 

この二人、どういう関係なんやろ? 同じチームなんは分かるけど、それにしても仲良(なかえ)えよなぁ。実は年の差カップルとか?


そんなあたしの視線に気付いた佑樹が肩をすくめながら言う。


「なんか勘違いしとるっぽいから紹介しとくけど、サーラこと沙羅(さら)姉は俺の三つ年上の姉貴やからな?」

 

「はぁっ!? 今日、一緒にお弁当食べとった時はそんなこと言っとらんかったやん!」


「あー、あん時は姉貴がなに考えとんのか分からんかったから、話の流れに乗ってみたんやけどな」


「え、なんなん? もう一緒にお弁当を食べちゃったりするような仲なん?」

 

沙羅さんがにやにやしている。


「は、はいっ! 食調名物の出し巻き卵を一切れもらったです。めっちゃ美味しかったっす」


「え、なんなん? もうおかずを交換しちゃうくらいラブ度高めな仲やったん?」

 

沙羅さんに意味深に問われて顔がかぁっと熱くなる。


「あ、いや、そうゆうわけやなくて……。おかずの交換はしたけど、佑樹君とは友達で……」


「ふんふん、おかずの交換は肯定なんやね。そんでそんで?」

 

佑樹君、助けてぇ! と視線を送るが、彼は自分のモンキーにもたれたまま片手で頭を押さえていた。





結局、今日あったことのほとんどを白状させられてしまった。別に知られて気まずいようなことをしてたわけっちゃうけど。あ、でも握手したくだりはちょっと恥ずかしかった。

 

そして、夜になった今、あたしは何故か速水家のダイニングキッチンでテーブルについている。


「香奈ちゃん、ご飯はどんぐらい食べる?」


「んー、お茶碗に軽く一杯で」


「ほい。こんなもんか?」


「うん。ありがと」

 

佑樹がよそってくれたご飯のお茶碗を受け取る。


「味噌汁は葱入れる?」


「うん」


「ほい。味噌汁」

 

佑樹が味噌汁のお椀に刻み葱をちゃっちゃっと入れてあたしに差し出してくる。


「……お、おおきんな」


あまりにも手馴れてる佑樹にあたしは引き気味だ。普段からやってないとこうはいくまい。今まで家で家事を一切手伝ってこなかったあたしは軽く凹む。


なんか、あたしって佑樹に何もかも負けとる気が……。


これからは家でも少しは家事を手伝おうと密かに決意する。



ちなみに長い髪をアップに纏めた、エプロン姿の沙羅さんは、二つのコンロを同時に使いながら、同時進行でいくつも料理を作っている。こちらは動きが速すぎて参考にすらならない。レベルが違うってことだけは分かった。


「ユウくーん、深めの大皿2つ出しとってぇ。小分け皿もね」


「はいよー。大皿はレタス敷いとこか?」


「うん。お願ぁい」

 

テーブルの真ん中に大きな丸皿が2つ置かれ、三枚重ねの小皿も準備される。佑樹がレタスをちぎって大皿に並べていく。


「でーきたっと。熱いの通るからちょっとどいてなぁ」

 

沙羅さんが片手に一つずつフライパンを持ってやってきて、テーブルの上の2つの大皿それぞれに流し込むようにして同時に盛り合わせる。


おおお!? なにこれ!? こんなん家庭料理で簡単に作れるもんなん!?


中華料理屋さんそのままな湯気が立ち昇る海老チリとチンジャオロースーがあたしの食欲を刺激する。


「すごーい! めっちゃ美味しそうやん!!」


「あとこれは香奈ちゃんスペシャルやよ?」

 

そう言いながら沙羅さんがあたしの前にてんっと置いてくれた小皿に乗っていたのは出し巻き卵。

 

……なにこの至れり尽くせり。てか、これで食べようとしたら目が覚めたってオチとかマジやめてな? 大丈夫やんな? 


そっとほっぺをつねってみたら痛かった。


「うふふ。夢っちゃうにー?」

 

うっ……。しっかり見られとった。

 

佑樹と沙羅さんも席につき、その時になって、このテーブルには初めから席が三つしかないことに気付いた。


「なぁ、ところで家族のほかの人はおらんの?」


何気なく投げかけた質問に佑樹の表情が翳る。


「うちさ、親父がおらんからおかんが一人で働いとるんさ。せやで週末以外は大体いつも姉貴と二人なんさ」


「あ……ええっと」


どうしよ。なんかまずいこと聞いちゃったっぽい。フォローの言葉を捜すあたしに沙羅さんがにっこりと笑う。


「せやから香奈ちゃんがこんな風に食事に加わってくれると食卓もにぎやかになってうちらも嬉しいから、これからもこんな風に一緒にご飯食べようねぇ?」

 

沙羅さんの笑顔に釣られてうなずく。


「はい」

 

胸の中に温かいものが広がっていく。なんだか不思議。今、ここでこうしていることが。こんなに普通に笑えてる自分が。


「……なんてゆうか、偶然ってすごいね。まさか、沙羅さんや佑樹君とこんな風に一緒にご飯食べる日がくるなんて思いもせんかったよ」

 

「うふふ。なぁ香奈ちゃん、こんな風に偶然が続くことをなんていうか知っとる?」


「え? なんていうんです?」


「それをね、縁があるっていうんやに」

 

あ、なるほど。なんかすごくしっくりきた。そっか、縁があったんや。この二人と知り合えて、仲良くなれてほんとによかった。

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