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梅雨入り(佑樹)

先生が黒板にチョークで書き込む音。ノートにペンを走らせる音。絶え間なく降りしきる雨の音だけが聞こえている静謐とした教室。


今日は雨……ってどっかで聞いたフレーズやなぁ。


そんなことを考えながら僕は頬杖を突いてぼんやりと窓の外を見るともなしに見ていた。しとしとと降る細かい雨が隣の校舎の輪郭を曖昧にしている。


なんか、本格的に梅雨やなぁ。放課後までには止まんかなぁ。雨ん中バイクで帰るとかまじ萎えるし。

 

窓際の一番前の席に目をやれば、同じくノートを取り終わったらしい浅野さんがセミロングの髪の先端を指先でいじっていた。

 

そういえば、最近全然話してへんな。

 

最後に話したのが、梅雨に入る前に玄関で偶然一緒になった時だったから、もう一週間以上前になる。お互い、同じ中学出身という以外に取り立てて共通点もないから、教室でもわざわざ話しに行くような間柄でもない。

 

あーでもなんか……最近ちょっと雰囲気変わったかな?

 

話をしていないからどうとも言えないのだが、なんとなくちょっと明るくなってきたような?




やがて、四限目の授業の終了を告げるチャイムが鳴り響き、先生が出て行った途端にざわつき始める教室。仲のいい者同士で席をくっつけ合って弁当を取り出す者。大きく伸びをしてあくびをする者。購買にパンを買いに行く者。持ち込みのマンガ本を片手に一人で黙々と弁当を食べる者。


大抵の生徒にとって、昼休みが一日のうちで一番楽しみな時間であり、僕もまた例外ではない。とりわけ姉貴に弁当を作ってもらった日は。……ってシスコンちゃうわ!! 姉貴は料理が上手いからそれだけのことやっちゅうに。


窓が開けられないために色々な匂いの混じりあう教室の中、いそいそと教科書やノートをしまって弁当の包みを取り出した僕の机の上に、そばに立った誰かの影が落ちた。


「ん?」

 

僕が顔を上げると、そこには自分の弁当箱を持った浅野さんが立っていた。


「なぁ速水(はやみ)君。ちょっと話があるんやけどええかなぁ?」


ほー珍しいこともあるもんだ。僕の記憶にある限り、浅野さんの方から僕に話しかけてくるのはこれが初めてのはずだ。


「おー、ええよ。なっとしたん?」


「……とりあえず、一緒に食べてもええかな?」


――ざわっ


「ちょ、聞いた?」「浅野さんが男子に自分から近づいてったで!?」「あの一匹狼の浅野さんが速水を誘った?」「マジでか? いつの間にそんなに仲良くなったんよ?」「てか、なんで速水?」

 

背後のひそひそ話が聞こえてくるが、いやいやちょっと待て。その理由は僕が知りたい。周囲からの好奇の視線とこの状況に困惑する僕の前で、浅野さんがちょっと困ったように首を傾げる。


「ごめん。迷惑やったかな?」

 

慌てて首を横に振る。


「いや、全然! ちょっと驚いただけやって。どうぞどうぞ!」

 

同級生の女子とさしで向かい合って弁当を食べるなんて、年齢=彼女いない暦な男子高校生にとってはかなり憧れるシチュエーションなわけで。


当然僕に断る理由はない。


「そんなら、ちょっとお邪魔するね」

 

浅野さんが近くから椅子を拝借してきて僕の向かいに座る。いきなり本題に入るのもあれなので、とりあえず弁当の包みを解き始める。ちらっと浅野さんを窺えば、彼女も別に急ぐ話ではないらしく自分の弁当の蓋を開けつつあった。


僕の弁当箱よりも二まわりは小さいその中身は、ふりかけご飯にミートボールとポテトサラダとプチトマト。


それを見て激しく違和感を感じる。そして理由に思い当たる。そうだ、中学時代の彼女の給食は常に男子顔負けの特盛りだった。


「浅野さんにたったそれっぽっちじゃ足りんやろ?」


「え? ……あーそっか。速水君はあたしの昔の食事量知っとるんやったね」


「ご飯は必ずマンガ盛り。余ったおかずの争奪戦は必ず参戦しとったよな」


「そうそう。あの頃はあれだけ食べても全部燃やし切ってたんやよねぇ。いつもお腹ペコペコやったし。……陸上を辞めたらもう前みたいには食べれやんようになったから今はこれだけでええんやけど」


「そういうもん……か」

 

言われてみればそれも道理だが。


僕も自分の弁当箱の蓋を取る。ご飯の上にはオカカと海苔が敷かれてその上に鮭フライ。おかずのスペースには、レタスとポテトサラダとプチトマト、玉子焼き、タコさんウインナーが彩り良く詰め込まれている。さすがはプロの犯行といったところか。


「わっ! すごいやん。そのお弁当!!」


「あーこれな。ちょっと姉貴の頼みを聞いた見返りに作ってもらったんやわ」

 

昨日の夕方、ひとっ走り近くのガソリンスタンドまで[もんちー]の給油に行っただけだが。


「ほぇー。料理上手なお姉さんなんてええなぁ。あたしは一人っ子やし」


「まあ、うちの姉貴は食物調理科の卒業生やから料理は得意中の得意やしなぁ」

 

うちの高校は公立校なので普通に文部科学省管轄下になるのだが、食物調理科だけは厚生労働省管轄下の調理師養成施設ということになっており、卒業と同時に調理師免許が取得できるうちの高校の名物学科だ。本当は僕も行きたかったのだが競争率が厳しくて無理だった。


「あ。食調のOGなら納得やわ。……じゃあ、もしかしてアレですか? その玉子焼きは食調名物のふんわりとろける出し巻き卵ってやつですか?」

 

浅野さんの目がキラリ。


「うん。食べる?」


「ええのっ!?」

 

二切れ入っていたそれのうちの一つを浅野さんの弁当箱に移籍させる。


「やった。ありがと! あ、じゃあ、あたしのミートボールを一個かわりに」

 

つつがなくトレード成功。


このやりとりでなんとなく僕らの間に漂っていたぎこちなさが取れる。


なんかこういうのもいいなあとしみじみしつつ、姉貴にひそかに感謝しつつ、浅野さんと一緒に弁当をつつく。


「あ、やば。この玉子焼きマジウマやん!」


玉子焼きを頬張った浅野さんが驚いて口許を押さえる。最近、彼女が醸し出すオーラがそこはかとなく明るくなってきたような気がしていたのはやはり間違ってはいなかったようだ。理由まではわからないが、目の前で玉子焼きに舌鼓を打つ彼女からはちょっと前までの無気力無関心な感じは見受けられない。


「そんで、話って?」

 

なかなか切り出す様子がないからこっちから振ってみた。


「うん、そうそう。速水君さ、バイクに詳しいんやんな?」


「まあ、そこそこな」


「ならな【もんきーず 】ってチームのサーラさんって知っとる?」


「……っ」って危うく吹きそうになった。あなたが今頬張っている玉子焼きを作った人やがな。

「……そりゃ、知っとるけどなんでなん?」


「実はな、あたし、今原付の免許取ってる途中なんさ」


「マジか? この前は興味ないってゆうとったのにどういう心境の変化よ?」


「それがなー、運命の出会いってゆうか、どうしても乗りたいバイクに出会ってしもてこれはもう免許取らなと思って」


ああ、その理由なら納得や。むしろその理由で納得できないバイク乗りはほぼ皆無だろう。


「それはしゃーない。そんで?」


「うん。講習はもう車校で受けて、免許センターに二回筆記試験受けに行ったんやけど二回とも落ちちゃったんさ。そんで、パン屋のサーラさんに相談したら、速水祐樹って知っとる? って訊かれたからクラスメイトですーって答えたら、その子がバイクに詳しいから相談に乗ってもらったらええよって言ってくれて……」

 

あー、ちょっと前に姉貴が「子分ができたぁ」とはしゃいでいたこととか、浅野さんが明るくなってきたこととか、いきなり一緒に弁当を食べようと言ってきたこととか、色々と謎が解けた。


……しかし、姉貴の奴、何企んどるんやろ? この話の流れからして、僕が弟だってことも伝えてへんみたいやし。


……まあええか。とりあえず話合わせとこ。


「おけ。サーラの紹介やったら断れんな。俺にできることやったら助けになるよ」


「やった。ならさ、とりあえず交通法規、教えてくれんかな? 今のあたしやと○×試験の問題のどこが正しくてどこが間違っとんのかが分からへんから、このまま試験受け続けとってもあかんかなって感じなの」


「ええよ。明日、問題集持ってくるよって、それを見ながら説明するってんでどうやろ?」


「助かったぁ。おおきんなー速水君」

 

浅野さんがにっこりと笑った。


健康的に日焼けした小麦色の頬にえくぼが出来て、口元からチャーミングな八重歯が覗く。


――ざわっ


「あの鉄面皮の浅野さんが笑っとるで!」「マジで!? 笑うんやあの人」「速水すげぇ!」「……ってか笑ってる浅野さんって実はかなり可愛いくね?」「ああ、やべぇな」

 

ほとんどのクラスメイトたちにとってはおそらく初めて見る浅野さんの笑顔。かくいう僕も、もう一年振りぐらいに見る彼女の笑顔に不意打ちを喰らい、不覚にもかなり動揺してしまった。


無表情な浅野さんにすっかり慣れてしまっていたけど、彼女にはやっぱり笑顔が似合っている。笑顔の浅野さんは、なんというかその、すごくいい感じなのだ。








本人は絶対に認めないでしょうが、佑樹はシスコンだと思うんですよねぇ

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