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モンキーガール、風になる【旧版】  作者: 海凪ととかる@沈没ライフ


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23/24

好敵手(香奈)

貸しきり状態の宮リバーパークのサイクリングコースでしばらく練習しているうちにだいぶ陽が傾いてきて、公園内の芝生に落ちる木の影も長くなってきた。


暑さに盛りの時間が過ぎたので日課の散歩をしにやってくる近所の年配カップルの姿がちらほらと見受けられるようになり、ランドセルを放り出して遊具で遊ぶ学校帰りの子供たちや、買い物帰りの主婦たちがベンチに座って井戸端会議に花を咲かせている様も見て取れる。


響子先輩に並走してもらって公園内を一周して駐車場に戻ってくると、[しるばー]はあるのに佑樹の姿が見当たらなかった。


「あれ? 佑樹君どこに行ったんやろ?」

 

ヘルメットを外して辺りを見回した響子先輩が公園の駐車場から階段を上った道路沿いある自販機を指差す。


「あそこにいるね」


「あ、ほんまや」


見れば、佑樹が自販機のところに立ってなにかゼスチャーしているのが見えた。

 

あたしたちもあそこまで行った方がええんかな? と考えているうちにあたしのポケットの中でケータイが振動し始め、つけたままのハンズフリーキットのイヤホンから着信音が流れ始める。通話ボタンをポチッとな。


「あ、はいっ。もしもし?」


『お疲れ~。香奈ちゃんの運転ももう問題なさそうやし、そろそろ人も増えてきたし練習も終わりにしよか。のど渇いたやろ? 何にする? あと響子さんにも訊いたってや』


「あ、うん。……響子先輩、佑樹君が飲み物は何にする? って」


「んー、じゃあホットのブラックで」

 

一瞬、目が点になる。


このくそ暑いのにホットのブラック!?


「……ほ、ほんまに?」


「冗談だ。緑茶か麦茶の冷たいやつで」

 

だんだん分かってきた。この人は真顔でしれっと冗談を言うんだ。


「あ、佑樹君? 響子先輩は冷たい緑茶か麦茶やって。あたしはスポーツドリンクがええかな」

 

今のあたしたちのやり取りが聞こえていたんだろう。電話の向こうで佑樹が笑いをかみ殺しているのが分かる。


『くくっ……。了解了解。響子さんはホットのブラックやな。きっちり飲み干してもらおか』


「ええー!? ちょっと!」

 

ブツッと電話が切られる。


まさかほんまに買ってきたりせんよな?


「祐樹、なんだって?」


「響子さんにはホットのブラックをきっちり飲み干してもらうんやって」


「ぷっ、あっはははは! やっぱり祐樹は面白いな! あははははっ」

 

ツボにはまったらしい響子先輩が大爆笑する。


やがて、笑いの発作のおさまった響子先輩が、自販機を操作している速水君のほうを見ながら急に改まった口調で言った。


「……正直さ、これでもかなっちに申し訳ないって罪悪感はあるんだよ」


「え? なにが?」

 

聞き返すあたしの方に向き直り、あたしの目をまっすぐに見据えながら響子先輩が言葉を続ける。


「空気読めないわけじゃないからさ、二人の邪魔をしてるって自覚はあるんだ。かなっちの練習に付き合いたいなんてもっともな理由つけてるけど…………結局のところ、あたしは祐樹に会いたいんだ。祐樹のそばにいたいんだ。……祐樹のことが好きだから」

 

……!! とうとう言われちゃった。

 

響子先輩の告白に胸がぎゅうっと締め付けられる。


響子先輩、やっぱり気付いとったんや。あたしが佑樹のこと好きって事。でも……。


「……うん。分かってる。……あたしこそごめんなさい。でもあたし、やっぱり佑樹君のこと好き。ごめんなさい! あたし、佑樹君のこと諦められへん」

 

あたしが響子先輩には女として到底敵わないってことぐらい分かってる。でも、だからって佑樹への想いを断ち切ることはできない。

 

案の定、響子先輩が今にも泣きそうな、困りきった表情を浮かべ、あたしの胸がズキンと痛んだ。でも、それに続く響子先輩の言葉は意外なものだった。


「そんな、なんでかなっちが謝るんだよ! かなっちが謝る理由なんてないじゃん! むしろ謝らなくちゃいけないのはあたしの方で。あたしが祐樹を諦めればすべてが丸く収まる話なのに、あたしが余計な波風を立ててるから!」


なんで? なんでそんなこと言うん? 


その言い方やと、響子先輩と付き合っている佑樹のことが好きになったあたしの方が正しくて、自分の彼氏を譲らない響子先輩が間違っとるみたいやん! それは違うやろ! とあたしの中のモラルが叫ぶ。


「響子先輩は間違ってへん! あたしが響子先輩の立場だったらきっと同じようにするはずやもん! 好きな人のそばにおりたいって思うんは当たり前やし、好きな人が他の女の子と仲良くしとったらやっぱり嫌やし、自分の方を選んで欲しいって思うし。……先に好きになった早い者勝ちなんて言われてもあたし納得できやんもん!」

 

響子先輩の目から大粒の涙がぽろぽろと溢れ出す。


「……なんで、なんでそんなに物分りがいいんだよ! あたしに対して怒ればいいじゃないか! あたしを罵ればいいじゃないか! 祐樹に近づくなってあたしにはっきり言えばいいじゃないか! かなっちにとってあたしは恋敵なんだから!」

 

そんなこと言えるわけないやん。あたしはそこまで恥知らずで傲慢な女になりたくない。しかもそんな、自分が言われたらどんなに辛いか分かってる言葉を、嫌いでもない人に言えるわけがない。


そう、あたしは決して響子先輩が嫌いじゃない。響子先輩が優しくて、誠実な人だって知ってるから。


彼女は佑樹に会うための建前だと言っているけど、筆記試験の対策を手伝ってくれた時も、今みたいに練習に付き合ってくれた時も、佑樹が見ている見ていないに関わりなく、一生懸命にあたしの為に自分にできる最善を尽くしてくれた。


彼女は、中学時代のあたしの友達――あたしが走れなくなった途端に手のひらを返すようにあたしから離れていった娘たち――とは違う。どこまでも正直で純粋で裏表がない、ある意味不器用な愛すべき先輩。

 

そんな人を嫌いになれるわけがない。


もちろん、響子先輩が速水君を喜ばせようと一生懸命努力しているところとか、速水君の言動に一喜一憂するところとかは、見ていて心中穏やかではいられないけど、それでもあたしには彼女の気持ちが分かりすぎるぐらいよく分かってしまうから、彼女を憎むことなんてどうしたってできそうにない。


「……無理やよ。あたし、響子先輩のこと嫌いになれやんもん。佑樹君のことは諦められへんけど、響子先輩に嫌われるのもいややもん。………めっちゃ勝手なこと言っとんのは分かっとるけど、あたし、響子先輩のことも大好きやもん!」

 

あたしの本音に響子先輩が目を大きく見開く。


「あ、あたしだって、かなっちのこと好きだよ。……ごめん。ほんとうにごめん。あたしが祐樹のことを好きにさえならなければ……」

 

何度もごめんと謝る響子先輩に申し訳なさで一杯になる。


「……なんで自分をそんなに悪者にしようとするん? ……悪いのはあたしの方やのに」


「かなっちは悪くない! 悪いのは、祐樹とかなっちが付き合ってるって知ってて祐樹の気を惹こうとしてるあたしの横恋慕なんだから!」


「違う! 悪いのは響子先輩と付き合ってる佑樹君のことを好きになっちゃったあたしの方やし!」


………………。


………………。


「……あれ?」「……ん?」

 

同時に相手の発言の不自然さに気付いてあたしと響子先輩は顔を見合わせた。


響子先輩がおずおずと口を開く。


「……ねえ、なんかおかしくないか?」


「う……ん。あたしもそんな気がする」


「念のために訊くけどさ、祐樹とかなっちって付き合ってるんだよね?」


「付き合ってへんし。響子先輩こそ佑樹君と付き合っとるんちゃうの?」


「付き合ってない。そもそも、祐樹と初めて会ったのってかなっちと初めて会った日の朝だし」


………………。


………………。


「……ぷぷっ」「……くっくっく」

 

はじめは呆然とし、そのうちどちらからともなく口元がひくつき始め、とうとう堪えきれずに吹き出し、お腹を抱えて爆笑する。

 

なんのことはない。あたしたちはお互いに、自分こそがお似合いのカップルの邪魔をする悪役だって思い込んでいたのだ。

 

あほやん。


ネタが割れてしまえばどうしようもない茶番劇だった。


「なんだよこの馬鹿げた展開。真剣に悩んでたあたしっていい面の皮じゃないか」

 

すっかり涙の引っ込んだ響子先輩が脱力しながらぼやく。


あたしも全く同感だった。


やがて、両手に3本のペットボトルを抱えて小走りに戻ってきた佑樹は、あたしたちを見て一瞬不思議そうな表情を浮かべた。


「どうしたん?」


「……いや。なんか二人とも妙にサバサバした顔しとんなーと思ってな。

自販機の所からやとなんか二人が言い争ってるように見えたんやけど、気のせい……か」


「うむ。気のせいだ。な、かなっち?」


「そそ。気のせい気のせい。ね、響子さん」

 

あたしと響子さんは一瞬視線を交わして、お互いにだけ理解できる含み笑いを浮かべた。

 

負けないよ、と響子さんの目が言っている。

 

あたしやって負けへんし、という意思表明を込めて見返す。

 

佑樹は怪訝そうにあたしと響子さんを交互に見たが、気にしないことに決めたようだ。


「ふうん。ま、ええわ。ほい、これは響子さんの麦茶。第一希望のブラックのホットは時期が時期だけにさすがに置いとらんかったわ」


「そっか、残念だ。あたしは夏はホット、冬はアイスと決めているんだけど、ないなら仕方ない」


相変わらずの響子さんの調子に佑樹は若干呆れ気味だ。


「……ほんまにブレへんなぁ。覚えとくでな? で、これが香奈ちゃんのスポドリな」


「ありがと。なぁ佑樹君!」

 

ペットボトルを受け取った体勢のまま、佑樹の目をまっすぐに見つめる。


「なに?」


「あたしたち、友だちやんな?」

 

唐突なあたしの問いに佑樹は迷うことなく即答する。


「もちろん! てか何を今更?」

 

そう。これが今の現実。あたしは心を落ち着かせるために一度深呼吸をした。

 

いつか彼の一番になれるかどうかは、今はまだ分からない。だから、まずは最初の一歩を踏み出そう。


「じゃあ、あたしはこれから君付け無しで祐樹って呼ぶから。ゆ、祐樹もあたしのことを、か、香奈って呼び捨てでええからね!」





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