エンジンブレーキ(佑樹)
宮リバーパークの駐車場の入り口が見えてきたのでアクセルを戻し、惰性で走行しながら香奈に次の指示を出す。
「香奈ちゃん、ギアを一段階落としてエンジンブレーキかけるで」
『エンジンブレーキって?』
「今の四速で出しているスピードを三速で出そうとしたら、かなり回転数を上げないかんのやけどな、逆に回転数を上げやんと三速に落としたったら、その時の回転数で出せるスピードまで勝手に落ちるんさ。それがエンジンブレーキ」
『うーん? なんかよう分からへん』
「やってみたら分かるに。そのままギアを一速落としてみ?」
言いながら僕もクラッチを切ってチェンジペダルを一回踏み込んで四速から三速に落とし、すぐにクラッチを繋ぎなおす。
繋いだ瞬間、ブォンッ! と一瞬だけ回転数が跳ね上がるが、アクセルを吹かしていないのですぐに下がり、それに合わせてぐぐっとエンジンブレーキがかかってスピードメーターの針が下がってくる。
自分でもエンジンブレーキを体感した香奈の納得した声が届く。
『あー、これがエンジンブレーキなんやね』
「ん。このエンジンブレーキを、前後輪ブレーキと併用する癖をつけとけば効率的にスピードを落とせるでな」
『うん。わかったー』
チカチカとウィンカーを点滅させて宮リバーパークの公園の駐車場に入っていく。
真夏で、しかも平日の昼間だからほとんど車は停まっていない。
そんながらがらに空いた駐車場の一角、葉の生い茂るクスノキの造り出す日陰に響子さんの白いゴリラが停まっていた。ヘルメットを膝の上に乗せ、シートに横すわりしていた響子さんが笑顔で手を振ってくる。
今日の響子さんは頭にロゴ入りのキャップをかぶり、首元から下げた民芸風の木製ビーズのペンダントが形のいい胸元で揺れている。ベージュのTシャツの上にインディゴブルーのデニムジャケットを羽織り、細身のジーンズとローパーブーツがその脚線美を包んでいる。
初めて会った時、Gジャンの似合う帽子美人を目指していると言っていたが、響子さんの今日のいでたちはまさにそんな感じで、かなりいい感じだ。
「おっす響子さん、お待たせ。私服姿めっちゃカッコええやん」
僕が努めて平静さを装いながら言うと、響子さんは嬉しそうに口元を綻ばせた。
「ふふっ。そうかい? あたしはやっぱりこういう服装が好きなんだよ。親はもっと女の子らしい服装をしろって言うんだけどね」
「自分がええって思う服装が一番やに。そのカッコも響子さんにめっちゃ似合っとるしな」
「よかった! なんて言われるかちょっとドキドキしてたんだけど、なんかホッとしたよ。……で、それがかなっちのモンキーなんだ。うわぁ、可愛いなあ!」
ゴリラのシートから立ち上がった響子さんが歓声を上げながら香奈の[メッキー]のそばに寄っていく。
「へぇー、初代ゴールドメッキ仕様かぁ。本物は初めて見たけどかなりいいね! 乗り心地はどうだい?」
「う、うん。すごくええ感じ……かな」
[メッキー]を褒められた香奈がちょっと困惑気味に照れ笑いする。
「ふむふむ。やっぱりモンキーは可愛いなぁ。女の子が乗るんだとやっぱりゴリラよりモンキーの方が合ってるね」
「あ、でも、響子先輩のゴリラやってモンキーとおんなじ大きさなのにモンキーにはないワイルドさがカッコええし、先輩の雰囲気にもぴったりやし」
「相棒のことをそう言ってもらえると嬉しいな。でも、このモンキーだってかなっちの雰囲気とマッチしてるよ。かなっちみたいに可愛いし」
香奈が目を白黒させながら両手をぶんぶん振って否定する。
「……か、かわいくないしっ。あたしなんて全然っ」
「ん~? 祐樹~、カノジョこんなこと言ってるよ~? かなっちって普通に可愛いよね?」
響子さんが悪戯っぽく僕に振ってくる。
えぇ!? ここでこっちに振るとかマジか?
にやにや笑う響子さんと、真っ赤になって上目遣いに僕を睨みつけている香奈の二対の視線に顔が火照ってくるのを感じながら、僕はちょっと視線を外して答えた。
「……うん。まあ普通に可愛いと思うで」
「あう……」
香奈が茹でだこのようになってうつむく。そんな香奈の反応を見て、何故か火付け役の響子さんがぷうっと頬を膨らませる。
「むうー。あたしって道化? なんか間違えた気がするぞ」
なにを指して間違えたと言っているのかはわからないが、僕は心の中で突っこんだ。
響子さんよ、今回に限らず、あなたの発言は大抵どこか間違っとる。
あと2話で完結です。明日と明後日で連続投稿します。




