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バイク乗りの特権(香奈)

佑樹は悪くない。彼女が来るのを止める理由なんてないもの。

 

響子先輩が悪いわけでもない。彼氏がほかの女の子と一緒にいたら気になるのは当然だもの。

 

悪いのはあたし。


友達としてなら佑樹のそばにいられるって自分に言い聞かせながら、彼の気を引くためにポニーテールにしたり、二人きりの時間を邪魔されたことに憤慨したりしている厭な子のあたし。

 

でも、それでも、好きな人と一緒におりたいって願うこの気持ちは本当にいかんことなん?

 

さっき、佑樹が響子先輩からのツーリングの誘いをあたしのために断ってくれて嬉しかった。でも、そのあと響子先輩をあたしたちの練習に呼んだことはちょっと傷ついた。

 

あたしの願いが理不尽な言い分だっていうのは分かってる。……だけど、あたしの本音としては響子先輩が来るのを断って欲しかった。


佑樹が好き。彼の一番になりたい。

 

もうこれ以上、この気持ちを友情なんて言葉で誤魔化せない。誤魔化したくない。あたしはただの女友達としてじゃなくて、彼女として彼のそばにいたいんだ。

 

でも、佑樹にとってのあたしは、あくまで友達で、彼があたしに対して抱いている感情はたぶん純粋に師弟愛でしかなくて。


……これから先もずっとそのままなん? あたしにはまったく望みがないん?


佑樹の背中に向かって心の中で問いかける。

 

なぁ佑樹君、あたしはどうしたらええの?



『……ちゃん。香奈ちゃん! 俺の声聞こえとる?』

 

イヤホン越しに伝わってくる佑樹の声ではっと我に返る。


「あ、ごめん。ちょっと考え事しとった。聞こえとるよ」

 

あたしの前を[しるばー]で走っている佑樹とサイドミラー越しに目が合う。


『熱気に当てられて体調が悪いとかっちゃうよな?』


「ううん。ほんとに大丈夫」


『そんじゃ、そろそろ四速に上げるでな』


「うん」

 

佑樹の左足首がちょっと動いてギアチェンジペダルを跳ね上げた。


あたしもアクセルを一瞬緩めてクラッチバーを握り、チェンジペダルを跳ね上げてギアを三速から四速に上げる。


『チェンジできた?』


「うん。ちゃんと入った」


『おっけ。じゃあ、こっからはしばらく見通しのいい一本道やで四〇㌔ぐらいまで加速するでな。スピードメーターは見やんでええで俺のスピードに合わせてついてきてな』


「うん」


佑樹の[しるばー]が加速を始め、あたしも遅れまいと[メッキー]のアクセルをひねって加速を始める。ハンドルを握る袖口から流れ込んでくる風が火照った体に気持ちよく、前を走る[しるばー]の排気ガスの匂いがかすかに鼻腔を刺激する。

 

目を落とすと、[メッキー]の燃料タンクに映るあたしの顔があった。

 

それに気付いた瞬間、あたしは、自分と[メッキー]が今確かに一つになっていると唐突に実感した。

 

あたしの操作に[メッキー]が応える。まるであたしの肢体の一つであるかのように忠実にあたしが思うとおりに。アスファルトの凹凸がまるでマンガの効果線のようになり、周りの景色がコマ送りのように後方に流れていく。


近くにあるものが瞬く間に流れていくので、自然と視点が遠くなって視野が広がり、今まで視界に入っていなかった景色に気を配る余裕が生まれる。

 

青々とした稲の絨毯は、その上を通り過ぎてゆく風によってまるで海のように波打っている。町を囲むように連なる山々は植林された針葉樹の濃緑に覆われ、遠くなるにつれて深緑、青緑、納戸色、藍色と次第に青さを増してゆく。頭上から降ってくるピーヒョロロロという甲高い笛のような鳴き声に顔を上げてみれば、上空で円を描いて飛ぶ鳶の姿が見え、その向こうに入道雲がもくもくと立ち上がっていく様が見て取れた。

 

あたしと[メッキー]は一つになって、この大空と大地の間を疾走する一陣の風になっている。

 

思わず口元が緩むのを感じた。


なんだろう、この爽快感。あたしの中でどろどろと渦巻いていた嫉妬とか独占欲とかコンプレックスとかが訳も分からず霧散していき、なぜか心が軽くなる。


そう、まるで閉塞された部屋の澱んだ空気が全部流れ出して、換わりに新鮮な空気が流れ込んでくるかのような、すっきりした気持ち。


あたしは妙に楽しくなって佑樹に話しかけた。


「なぁ佑樹君。なんか今、めっちゃ気持ちいいやけど! なんか部屋の空気入れ換えてるみたいな感じ。なんなんかなー? この感覚」


『風と一体化してるような……そうやなぁ、癒されてるような感じ?』


「それや! そんな感じ!」

 

癒されてる。その言葉がすごくしっくりきた。


そっか。癒されとるんや。あたしの心を自然が浄化してくれとるんやね。


『それがな、バイク乗りだけに許された感覚なんやんな。バイク以外の乗り物じゃ絶対分からへん、バイク乗りだけが理解できる最高の快感』


「あー。なんか分かる気ぃする」


『バイクって車に比べると危険やし、不便なところもある不完全な乗りもんやけど、実際に乗ってみればそんなんどうでもようなるやろ? でも、こればっかりは口で説明しても絶対分からんでな。この良さがバイク乗りにしか理解できんってーのがもどかしいけどな』


「……うん。沙羅姉さんも前に似たようなこと言っとった。バイクの良さは乗ってみなくちゃわからへんって。ほんとにそうやね。あたしも今、自分で[メッキー]を運転してみて心底納得した」


『香奈ちゃんもいよいよバイク乗りの仲間入りやな。ええもんやろ?』

 

そっか。あたしはもう、佑樹君や沙羅姉さんと同じ場所におるんや。同じ価値観を共有できるようになったんや。

 

胸の内になにか温かいものが湧き上がってくる。こみ上げてくる喜びを噛みしめながら、あたしは今の正直な気持ちを口にした。


「もぅ最高っ!!」







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