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ハンズフリーキット(香奈)

香奈は初めのうちこそエンストしたりウィリーしたりと、見ていてハラハラするような状態だったが、持ち前の飲み込みの早さですぐに半クラッチの感覚を掴み、危なげないスムーズな発進と停止ができるようになった。

 

半クラッチで発進して、一速で二〇㍍ぐらい走ってUターンで戻ってきて、停車してニュートラルに戻すということを三〇分ぐらい繰り返した所で一旦休憩にする。


「ふぅ……。暑かったぁ……」

 

ガレージに入ってきて、ウィンドブレーカーとヘルメットを脱いだ香奈の顔は真っ赤に上気していて、汗で額や頬に髪が張り付いていた。


「ほい、お疲れ~」


「……」

 

僕が差し出した、氷と冷たいお茶の入った大きめのグラスを無言で受け取り、喉をごくごくと鳴らして一気に飲み干す。


惚れ惚れするようないい飲みっぷりだ。


「…………っぷっはぁ!! 生き返るぅ!! ありがと!!」


「おかわりは?」


「欲しいっ!」



三杯目を空にしてやっと落ちついたらしい。グラスを手にしたまま壁に背中を預けてそのままズルズルと座り込む。


そんな香奈の手からグラスを取って近くの作業台の上に置き、お疲れの様子の彼女の横に腰を下ろす。


「だいぶ発進と停止は上手くなったな。どや? 念願のモンキーに乗った感想は」


「……うん。最初はやっぱり難しかったけど、楽しい! むっちゃ楽しい!!」

 

八重歯を見せて満面の笑みで楽しいと繰り返す彼女は今までで一番溌剌としていて、僕も嬉しくなった。


「そっか。そんなら、もうちょっと休憩してから今度は宮リバーパークまで走ってみよか? 公園内の遊歩道の散歩コースは練習するんにちょうどええからな」


「あ、ええなー! 中学の時は毎日ジョギングしとったし」


「うん。そんならコースも慣れたもんやな。……で、その時はこれを付けたって」

 

僕が香奈に差し出したのはスマホ用のBluetoothタイプのハンズフリーキット。


「どうすんの? これ」


「バイクで走りながらやと、エンジン音と風切り音とヘルメットに邪魔されて声が届きにくいんさ。ハンズフリーキットを使えば運転中でも会話ができるから」


「あ、なるほどー。でもこれプラグついてへんけどどうやって使うん?」


「香奈ちゃんはBluetooth(ブルートゥース)は使ったことなかったか。えーとな、ちょっとケータイ貸して。設定したるで」


「はい」


香奈のケータイの設定画面を開き、Bluetoothのペアリング設定をしてハンズフリーキットを使えるようにする。


「ほい、これで終わりや。ハンズフリーキットを耳につけてみ」


片耳用のハンズフリーキットを香奈がイヤホンの要領で装着したところで、僕が香奈のケータイにコールする。


「あ、イヤホンから着信鳴ってきたけどどうやって取ったらええん?」


香奈の手を取って通話ボタンに誘導してやる。


「このボタン押したら通話になるから。通話切るのも同じボタンな」


「あ、あわわわ、わ、分かった!! ……もしもし?」


僕のケータイのスピーカーから香奈の声が聞こえてくる。僕もケータイに向かって話しかける。


「あーあー、テステス。どう? ちゃんと聞こえとる?」


「おぉ、ちゃんと聞こえるね。ワイヤレスって意外と普通に使えるんやね」


「音量はどうやろ? スマホ本体でもハンズフリーキットの方でも音量調節はできるけど」


「……は、ハンズフリーキットでの音量調節はどうするんかなっ?」


なにかを期待するような目の香奈の手を取って音量調節ボタンに誘導してやる。


「この縦に二つ並んでるボタンな。上が音量増加で下が音量減少。耳に付けてると目で見ながら調節出来んから指で触った感覚で覚えといてぇな」


「うんっ! ふふっ♪ おおきんな(ありがとう)!」


なにやらずいぶんとご機嫌のようで香奈がニマニマしている。とりあえず気にしないことにして僕も自分のケータイ用にハンズフリーキットを準備し始めたところで僕のケータイに着信が入る。


――プルルルル……プルルルル……


「んー? 電話かな?」


「せやな。誰やろ? ……ああ、なんや響子さんか」


「む……!」

 

香奈が一瞬眉根を寄せるが気にせずに電話に出る。ちょっとした悪戯心を起こす。


「はい。こちら三重県警。事件ですか? 事故ですか?」


『……すいません! あたし、人をバイクで撥ねてしまったんです! ……ってなんでやねーん!!』


「おお! ノリツッコミ。さっすが響子さん。ええ反応やなぁ!!」


『……祐樹はあたしをなんだと思ってるんだい? ……ま、いいや。暇だったらちょっとツーリングに行かないかい?』


「あ、ごめん。いま香奈ちゃん来とるから暇ではないわ」

 

そう答えながら横目で香奈を見れば、なぜか表情を強張らせていた。


ややあって響子さんの返事が返ってくる。


『…………例のかなっちが乗るっていうバイクの整備かい?』


「そう。今日で整備が終わったもんで、今は乗り方の練習をしとるとこやな」


『ふむふむ。……その、なんだ、かなっちさえ良ければだが、あたしもその練習とやらに付き合ってもいいかな? いや、あたしも今暇だし、たまたま、そうたまたま祐樹たちの町までゴリラで来てるからさ』


「んーちょっと待ってな」


ケータイのマイク部分を手のひらで押さえて香奈に訊ねる。


「響子さんも合流したいって言うてるけどどうする?」

 

香奈がついっと目を逸らして唇を尖らせる。


「……そんなん、なんであたしにわざわざ訊く必要があるん? 佑樹君が呼びたいんやったら呼んだらええやん」

 

なんか妙に不機嫌そうな香奈の様子に戸惑いを感じつつも、響子さんに答える。


「ええよ~。今から二人で宮リバーパークに行くけど場所分かる?」


『うん、大丈夫。今から向かうよ』


「おっけ。んじゃまたあとで」

 

電話を切って香奈に目を移せば、ぷうっと頬を膨らませていた。


「もしかして……香奈ちゃんって響子さんのこと嫌いなん?」


「そんなことないけどっ! この理不尽な怒りはむしろ佑樹君に向いとるかも」


「え、俺? なんで?」


「正当な理由がないから理不尽なの!」


「わけわからんし」


「わからへんならもういい。あーもう、ごーわく(ムカツク)!!」

 

そのままぷいっとそっぽを向いてしまう。

 

うーん。女の子は難しいな。



腹が立つことを三重弁で『ごうわく』といいます。たぶん漢字を当てるなら『業沸く』となるのではないかなと思います。

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