ポニテ(佑樹)
玄関のチャイムが鳴ってドアが開く音が続く。
「佑樹くーん! 来たよ――!」
……また、えらく早いな。僕はまだ今しがた帰ってきたばかりだ。
「とりあえず上がって! 俺まだ飯食ってへんから!」
「はぁい。お邪魔しまぁす!」
勝手知ったるなんとやらで、廊下をとすとすと歩いてくる気配が近づいてきて香奈がダイニングに入ってくる。
「おぉ、なんか中華鍋でめっちゃガチでチャーハン作っとる男子高校生がいてるし!?」
ガスコンロの強火力で自分の昼飯用のチャーハンを炙ってる途中の僕は振り向かずに尋ねた。
「えらい早かったけど、昼飯は食ったん?」
「うん。沙羅姉さんとこに寄ってパン食べてきたよ」
最近、香奈は姉貴のことを沙羅姉さんと呼ぶ。……というか姉貴がそう呼ばせている。
「まー香奈ちゃんの楽しみな気持ちは分かるけどな。でも俺もついさっき帰ってきたばかりやもんで、昼飯食い終わるまでちょっと待っとってぇな。あ、コーヒー飲む?」
「うん、ありがと。そんなら、佑樹君が食べてる間にあたしが豆挽いとくよ」
「サンキュ。……じゃ、これ宜し……」
ガスコンロの近くの棚からコーヒーミルと豆を手に取って香奈に渡そうと振り返った僕はそこで言葉を失った。
最近すっかりおなじみのオイルや塗料で汚れたオーバーオール姿にショルダーバッグ。尻ポケットから軍手がはみ出しているのもだいぶ板についてきた。
そんなことより、僕の目を惹いたのは彼女の髪型。
後頭部の上のほうで一つに結んだ、いわゆるポニーテール。自然な感じにウェーブがかった髪が尻尾みたいにゆらゆら揺れている。普段は降ろしてある髪で隠されている、すらりとした首筋があらわになっていて、そこにかかるおくれ髪が妙に色っぽくて……。
やばい。なんかめっちゃ可愛い。
「えへへ……。ポニテにしてみたんやけど似合う?」
小首をかしげて照れたように笑う香奈がかなりいい感じで、僕は自分の動悸が早くなるのを自覚しながら慌てて何度かうなずいた。
「う、うん! めっちゃええやん! すっげー似合ってる!! でもなんで急に?」
「え、えーと、深い意味はないんやけどねっ? ほら、暑いやん? 髪を下ろしとると首がムレムレになってあせもになっちゃうし?」
なぜか焦ったようにワタワタと手を振りながら言い訳じみたものを口にする香奈。すごく似合ってるんだからそんなに必死に弁解しなくてもいいと思うのだが。
えっと、今何しとったっけ?
ショックで直前の記憶がフリーズしてしまった。やりかけの作業を思いだそうとした僕の鼻腔を刺激するほのかな焦げた匂い。
はっ!? やばい! チャーハン火にかけっぱなしや!!
「ごめんっ! じゃこれ宜しく!」
「わっわっ!?」
コーヒーミルと豆を香奈に押し付けて、慌ててコンロの火を消してフライパンの中を木杓子でかき混ぜる。ちょっと焦げたけどかろうじて致命傷は回避した。
「大丈夫やった?」
「ん、まあギリギリセーフやな」
中華鍋のチャーハンを皿に移して蓮華スプーンを添えてテーブルに置き、細口のケトルにコーヒー用の水を満たしてコンロにかけてテーブルに戻る。
「もぐもぐ」
「ちょ、なにしとん!? それ俺の昼飯」
見れば、香奈が僕のチャーハンをつまみ食いしている。
「ちょっとあ・じ・み。だって佑樹君の作ったチャーハン美味しそうなんやもん」
「……でっ、美食家の先生の御口には合いましたかな?」
諦め気味に訊くと、香奈は満面の笑みでうなずいた。
「うん! このパラッとしたご飯が香ばしくて実に旨いアルね。今度、あたしにも作ってほしいアルよ?」
「……」
悪びれずに言う香奈にちょっとむっとしたので、彼女が使った蓮華スプーンを取り上げて、洗いもせずにそのまま使って食べ始める。
「あっ!! そ、そのスプーン……」
「このスプーンがなんなん?」
「あう……。そ、その……」
香奈が真っ赤になって目を白黒させるが、知らん顔をして食べ続けた。どうせ間接キスとかそんなことを気にしてるのだろうが、姉貴で慣れてる僕はそんなことは気にしない。
一人っ子め、せいぜい気まずい思いをすればいい。食い物の恨みは恐ろしいのだ。
……とはいうものの、やっぱ恥ずかしいなコレ。
お互い異性と意識しないから姉弟同士だったら平気なんやなと今更ながらに悟った。間接キスと認識した上であえて同じスプーンを使うのがこんなに気まずいとは。
しかも、僕が食べているあいだずーっと、香奈は赤い顔でうらめしそうに睨み続けているのだ。
……なんか、晒し者にされとるみたいや。
かといってここでスプーンを取り替えるのも、意識してるのを悟られそうであれだから結局そのまま最後まで食べきったが、正直、味なんか感じる余裕はなかった。




